424話:インターハイ地区予選、2日目
今日は5月9日土曜日。インターハイ静岡東部高校陸上競技対校選手権大会2日目。
今日大山高校の主な選手が出場する競技は、男子800mでケン、男子400mハードルでボーちゃん先輩、男子100mでマー君先輩、女子400mハードルでキビ先輩、女子100mでユッチの計5種目5人。
今は大会が行われる陸上競技場へ、ケン、ユッチ、サツキ、アヤ、俺の5人で電車に乗って向かっている。
「サツキはいよいよ明日、1600mリレーだな。緊張はしてないか?」
「んー……別に? でっかな大会なんてのは、中学時代にソフトテニスでたくさん経験してるしねー。私は自分に出来ることを一生懸命やるだけだし。もう私は中学のときのような、緊張して体が動かない、なんて二の舞は演じないよ」
「ま、そか」
サツキは緊張するような瞬間はたくさん経験してきたもんな。別にそこまで心配する必要はないか。
「ぐー……ぐー……」
ケンはもうすぐ試合だというのに、全く緊張していないのか、電車に揺られながら席に座ってグースカ寝ている。まさに鋼の心臓。
昨日も布団に入ったと同時にすぐに眠ってしまった。その性格はうらやましい。
「あああ、大丈夫かなあ……ボク、すっごい緊張してきたよお」
対するユッチは、さっきから席を立ったり、座ったりと全然落ち着きがない。ユッチ、お前は中学時代から経験者だろう。ちょっとはケンやサツキを見習え。
「あああ、もう、ボク、結局昨日も全然眠れなかったし……大丈夫かなあ」
ブツブツとずっと何かしらをつぶやき続けている。いい加減落ち着いて、ケンみたいに座っていてほしい。ユッチがつぶやいている言葉が耳につくのか、周りの人がずっとチラチラとユッチ含む俺たちを不気味そうに見ている。
ユッチとは無関係を装いたいのだけど、いかんせん5人そろって全く同じジャージを着ているもんだから、関係ないですよ、みたいな顔も出来ない。
「なあサツキ、ユッチってさあ、昨日眠れなかったのか?」
「ううん? 私よりも先に寝てたよー。布団に入ってから、ずっとずっと『あああ、眠れないよお……ドキドキして眠れないよお……眠れない……眠れない……くー』みたいな感じで、30秒くらいで寝息が聞こえてきたー」
だよなあ……クマも出来てないし、眠れなかった顔じゃないもんな。起こしに言ったときも最後までクークー眠ってたし。
「ねえヤス、ボクを落ち着かせるために、何かいつもみたいに面白くない話をしてよ」
……こらユッチ、誰の話が面白くないって?
「ユッチ、そんな事を言って、話をするやつはいないぞ」
「いいから何でもいいから話をしてよお。1人で黙ってると、試合で負けちゃったとか、フライング2回やっちゃったシーンばっかり想像しちゃって、ほんとダメなんだあ」
「知るかい。というかユッチ、さっきから1秒たりとも黙ってないぞ」
「そんなことはどうでもいいからあ!」
……ユッチ、どんな話でもいいから話をしてくれというフリは、実はとても大変なんだぞ。何を話せばいいか全然わからないし。
「ええとな……昨日さ、アオちゃんとメールしてたんだけど」
「なんでボクの知らないところで2人でメールしてるんだあ!?」
……なんでアオちゃんとメールするのにわざわざユッチに断りを入れなきゃいけないんだよ。
わざわざ返事をするのもめんどくさかったのでほっといて、話を続ける。
「んで、まあ『みんなが見てる前だったんで気恥ずかしくて、言いにくかったんだけど……おめでとう!』ってリレーで県大会出場できたことお祝いメールを送ろうとしただけなんだけど」
「ふんふん、それでえ?」
「送ってから気づいたんだけど、『みんなが見てる前だったんで気恥ずかしくて良い肉買ったんだけど……おめでとう!』になっててさ」
「はえ?」
「アオちゃんから、『今日はヤス君の家はステーキでもやるんですか? 奮発したんですね』って返事が来てしまって……いやあ、恥ずかしかった。そんな恥ずかしさに比べたら今日の100mに対する緊張はたいしたことないさ。頑張れ!」
「ふぇ? ……ええと、どういう事なんだあ?」
……話のオチをつけたはずなのに、全くオチに気づいてもらえなんだ。こういうときはどういう反応をすればいいんだろう?
「てやっ」
「いたあっ! こらヤスう! いきなり何するんだあ!」
話を変えるためにビコッとユッチのおでこにデコピンをして、とりあえずお茶を濁しておいた。
「今のデコピンでなんとなく緊張が解けただろ?」
「こんなことで解けるわけないじゃんかあっ! ヤスのバカあ!」
「バカだもーん。バカで何が悪い、というわけで俺バカだからもう1回やるから」
「いたあっ! も、もうボク怒ったんだからあ! ヤス、覚えてろよお!」
「……ヤス兄、ユッチ先輩、声、大きすぎ」
サツキの声にふとわれに返り、周りを見てみると、電車に乗っている人が全員シーンとなって、こちらを見つめている。
ガタンゴトンという電車の音以外は何も聞こえないような状況。
「……ごめんなさい」
……とても恥ずかしくなってきた。
「うぅ……ボク、すっごく恥ずかしいよお。穴があったら入りたいい……」
「この恥ずかしさに比べたら、競技の試合の緊張なんてたいしたことないさ、頑張れユッチ」
「う、うん……」
そんな風に、電車から降りるまでずっとずっと小さくなっていた俺とユッチだった。
こんにちは。
ずいぶんの前の話ですが、フライングが1回で失格になるように変わってしまいましたが、この作品の世界はまだ2009年ですので、しばらくはフライング2回で失格のルールで進みます。
それでは今後ともよろしくです。