422話:インターハイ地区予選、1500m
ふぅぅぅ……はぁぁぁ……。大きく深呼吸して、リラックスさせようと試みている。
とうとう俺の番が回ってきた。男子1500m予選。応援席にはサツキが、1500mのスタート地点には自分のラップタイムを図るためにポンポコさんがいる。
この前の男子400mリレーも43秒77の好タイムを出して、組で3位、全体でも8位の結果となり、無事決勝に進出、県大会出場も決めた。
女子400mリレー、男子400mリレーと好成績を残し続けている。ここは俺もいい結果を残していかないと。
ああ、ほんまに緊張してきた。もうあと5分もしたら、俺はスタート地点についていて、銃声とともに走り出している。
「ヤス兄、リラックスリラックス。緊張を楽しめってポンポコ先輩には言われたらしいけど、限度があるよ? 気負いすぎたらいい結果は残せないよ」
サツキが俺の緊張をほぐそうと、応援席から声をかけてきてくれた。
「ああ、わかってはいるんだけど。やっぱり試合前って緊張しちゃうじゃん」
けど、サツキに何を言われようと、なかなか緊張をほぐすことは出来ず、相変わらず俺のノミの心臓はバクバクしっぱなしだ。
試合があるたびにこんなに緊張してたりして、ほんとに自分、大丈夫なんだろうか。
やっぱり、1500mを走るのは初めてだから、勝手が全然わからん。最初に飛び出していいのか、後ろについていくのがいいのか。
「ヤス、ヤスは最初から思いっきり行け。まだ駆け引きなんて考えられないだろう? そんなことを考えている暇があるのなら、最初から思いっきり行って、自分の力を出し切ったほうがいい」
「あ、うん。了解」
自分が考えていることがわかったのか、ポンポコさんが走りについて、アドバイスをかけてきてくれた。
うん、自分なんぞがあれこれ何か考えたって、うまくいかないよな。思いっきり走ってくるだけだよな……。
ふぅぅぅ……はぁぁぁ……。
もう一度大きく深呼吸して、自分の気持ちを抑える。
「それでは1500m1組目の出場者の人、呼ばれたら返事して、レーンに並んでください」
審判員の人が出場者の人たちに呼びかけた。
……と、とうとう出番がきたか……。
1番から順々に声をかけられ、内側から順々に並んでいく。どいつもこいつも俺よりはやそう……何でこいつらはみんな俺より早そうな顔をしているんだろう。ほんとに嫌になってしまう。
「23番、近藤君!」
「あ、はい!」
とうとう俺の名前が呼ばれた。今まで俺は1500mの記録を持っていないから、組の中で一番外側から走ることになった。走りやすいといえば走りやすい。
「頑張ってね! ヤス兄」
「ヤス、頑張れよ」
「ありがとさん、頑張るっす」
サツキとポンポコさんに励まされながら、俺は1500mのスタート位置についた。
「1500m一組目、位置について!」
スターターの声とともに、全員がスタートの構えを取る。
…………ざわざわとしていた応援席から、声が消えて、静かな時間が流れる。
ドン!
銃声とともに、23人が一斉に走り出す。腕を使って、前に出ようとするもの、いったん後ろに下がるもの、さまざまだ。
俺はそんな中、ポンポコさんのアドバイスどおり思いっきり前に出て、全力で走る。
スタートとともに、静かだった応援席から、怒鳴り声のような応援の声がワーッと上がる。
「ヤス兄! ファイトー! 負けるなー! かっとばせー!」
他校の応援が織り交ざって、ポンポコさん、アオちゃん、ケンの応援の声は全然聞こえなかったけれど、サツキの声だけはよく聞こえた。
……だけど、かっとばせは陸上の応援じゃないと思うぞ、サツキ。
200m通過。最初に飛ばしたおかげで、先頭集団にくっつくことが出来た。
こいつらより前に行こうかとも思ったけれど、自分の肺と足はこのペースで結構きついと言っている。ここはこの集団にひたすらついていって、みんなが落ちていくのを待つしかない……。
他のランナーのタッタッと言う足音とはっはっと言う呼吸音が聞こえてくる。
……というか、速い。先頭集団の人たちはこのペースで1500mを走りきるのか?
……ようやく1周、400m通過。すでに自分の呼吸ははぁ、はぁと荒れてきている。
「ヤス! この400m、68秒! いいペースだ! そのままついていけ!」
こ、このペースをずっと維持しなければいけないのか。そ、それはきつすぎるだろ。
けれど、先頭集団のランナーたちはペースを落とす様子もなく、しかもほとんど息も切れる様子もない。
……こ、こいつらにとってこのペースは余裕なのか?
「ヤス兄! 頑張って! 練習は嘘つかないよ!」
……サツキ、そんなセリフが言えるほど、俺はスピード練習はしてねえよ。ひたすら距離ばっかり走っていただけだよ。
あかん、そんなこと考えた瞬間、めっちゃきつくなってきてしまった。
「ヤスう! 負けるなあ! 頑張れえ! 一緒に県大会行くんだあ!」
はぁ……はぁ……ユッチか。そ、そうだよな。そんな約束はした覚えはないけど、も、もうちょっと頑張らないとな。
2周、800m通過。かなりきつくなってきたけれど、意地でついていっている。
「ヤス! この400m、70秒! いい調子だ! ファイト!」
先頭集団のペースがほとんど落ちねえ……普通は1周目から2周目にかけてペースが落ちそうなものなのに……。
も、もしかして、このペースは先頭集団にとっては普通なのか?
現在、先頭集団は俺を入れて9人。誰も彼も、落ちる様子がない。その中で俺は集団の真ん中で走っている。
1500mは4組4着プラス4だから、この中で4位以内に入らないと決勝進出確定の切符はもらえない。9位になってしまったら、そもそも決勝進出の可能性すらなくなってしまう。
1000m通過。まだ、誰1人として落ちる様子がない。これはこのまま1400mあたりまで、この調子ですすんで、ラスト100mの勝負になるのか?
……はぁ……はぁ……き、きつい。だ、誰か本気で落ちていってくれないか。
1100m通過、ラスト1周400m。ガラガラと、ラスト1周の鐘が鳴る。
と、それと同時に先頭集団の一部が、一気にペースが上がった。な、何だよ? こっからまだペースが上がるのかよ?
やばいやばい、このペースについてかないといけないのか!? あ、足が持たない……。
飛び出したのは計5人。取り残されたのは俺を含め4人。ま、前のメンバーについていかないと決勝に進出できないってのに!
「ヤス! この400! 70秒! 全力でついてけ!」
やっぱり、俺のペースが落ちてるわけじゃないのか。周りが一気に上がっただけなのか……け、けど。こ、このペースについていくなんて無理だろ!?
すでに先頭集団からは15mくらい離されている。と、とにかくがむしゃらに走るしかない。
「ヤス兄、ファイトー!」
サツキの懸命の応援にも答えることができずに、どんどんと先頭グループからは離されていく俺。
はっはっはっはっ…………はぁ……はぁ……。
ぜ、全然追いつけない。なんだかあきらめの気分になってきてしまった。
気持ちが切れそうになった瞬間、ユッチの叫び声が聞こえてきた。
「ヤスう! 負けるなあ! 最後の最後まであきらめるなあ!」
……そ、そうだよな……頑張らないとな……さ、最後の最後まで。
ラスト100m。飛び出した5人とはかなり距離が離れてしまい、もう追いつくことは出来なさそうだけど、残り4人の集団の中でトップになれば、もしかするとタイムで決勝進出できるかもしれない。
腕をがむしゃらに振って、とにかく前へ前へと走る。俺を含む残り4人は、完全に横1列になって走る。
1人、前にぬきんでた。あいつより前に出なければ、決勝進出の可能性がぐんと下がってしまう。
前へ前へ。一歩でも前に、前に……はぁ……はぁ……ま、負けたくない……。
抜けた人と、また俺は横に並んだ。
「ヤス兄! 負けるなー!」
……はっはっはっはっ……う、動けねえ。まさに精も根も尽き果てたという感じだ。
ど、どうだったんだ? ち、着順は? ……ほぼ同時にゴールしてて、争っていた人に勝てたのか負けたのかさっぱりわからなかった。
「ヤス兄、お疲れー」
「ヤスう、お疲れえ」
「し、しばらく……は……話しかけないで……ば、ばてばて……」
こ、声を出すのがつらい……。
「ヤス、お疲れ」
だ、だから声をかけないでというのに。ポンポコさん、人の話を聞いてくれよ。
「黙っていていいから、ヤスのタイムだけ言うぞ。4分20秒54。着順は7位。1周目が68秒、2周目が70秒、3周目が70秒、ラスト300が52秒。残念ながら最後の争いでは、負けてしまったようだ。タイムは相手が4分20秒51。ほとんど差はなかったのだが、残念だった」
「はあ……はあ……そっすか……」
そっかあ……負けちゃったかあ……。
「もしかすると、他の組がスローペースで展開されれば、決勝に進めるかもしれん。次のレースもしっかり見ておけよ」
ら、ラジャっす。
……結局、残念ながら、他のレースで自分よりいいタイムを出した選手がいたために、決勝に進むことは出来なかった。総合順位は23位という結果。
初めてにしてはそこそこのいいタイムだと思ったけど、決勝に行けなかったのは残念だ……。