414話:シングアソング
今日は4月29日、水曜日。みどりの日ならぬ昭和の日。
「なあユッチ、どうせ改名するんだったら昭和の日なんて名前じゃなくてさ、平和の日って名前の方がよくないか?」
「ええ? なんでなんでえ?」
「そもそもユッチって、4月29日がどういう日か知ってるか?」
「ううん? 全然しらなあい」
まあ、俺もたまたま知っただけだし。
「昭和天皇の誕生日。だから昭和の日なんだって。安直すぎじゃね?」
「そうだねえ、安直だねえ」
……と他愛もない会話をユッチと2人でずっと歩き続けている、昼下がりの午後。午前中の部活が終わった後に、ちょっくら2人で町まで出向いてきた。
昨日、リレーメンバーに選ばれなくて大泣きしたけれど、まだなんやら心でぐずぐずとくすぶっているようだったので、パーッと騒ごうという話になり、ユッチと2人で出かけるという話になった。
……ユッチの鬱憤晴らしに付き合うのは俺1人だけど。
「ところでユッチ、今からどこに行きたい?」
「ううんとねえ……どこでもいいよお」
……なんかなあ、ユッチの声がさっきからずっとずっと暗い。いつもだったら『ボーリングにいきたあい!』ぐらいのおっきな声で元気に言ってくれるのに。
「喫茶店にでもいこか?」
「うん、いいよお」
「映画館にでもいこか?」
「うん、いいよお」
……なんかこいつ、何を行っても『いいよお』って言いそうやなあ。
「ゲームセンターに行って、シューティングゲームでバカスカとゾンビを殺しにいこか?」
「うん、いいよお」
「公園にでもいって、ベンチに座って鳩にえさあげようか?」
「うん、いいよお」
「北海道に行って、牛の乳絞り体験でもやろか?」
「うん、いいよお」
「秋葉原に行って、メイド喫茶にいこか?」
「うん、いいよお」
「ラブホテルにでもいこか?」
「うん、いいよお」
「いいのかよ!?」
「へ? な、何があ? い、今ヤスってどこへ行くって言ったんだあ?」
……あかんこいつ。全くもって俺の話し聞いてなかったんじゃん。ただただ相槌をうっていただけじゃんか。昨日アレだけ泣いたのに、まだずっとボケッとしちゃって……ほんとにリレーメンバーに選ばれなかったのがショックだったんだなあ。
こういう落ち込んだやつを笑顔に変えるには……何をするのがいいかなあ……ボーリング……ガーターばっかりだったらへこむだけだしなあ。ビリヤード……ユッチ、あんまり得意じゃなさそうだ。ダーツ、バッティングセンター……だめだめ、俺が苦手。うん、やっぱりあそこしかないよな。
「ユッチ! カラオケに行こう!」
「へ? い、いいよお。ボク歌うの好きじゃないもん」
「いやいや、今のユッチにはカラオケが一番! レッツシングアソング!」
そう言ってユッチの手をとり、思いっきり引っ張る。
「ちょ、ちょっとちょっとお。も、もお……ヤスってば強引だあ」
「男はちょっとぐらい強引な方がいいんだって! さ、行くべ行くべ!」
「というわけでやってきました! カラオケ店! ただいま俺とユッチは『好きだから・カラオケ悠遊処』にいます! パチパチパチパチ!」
「ヤスう……元気だねえ」
「さっきからお前はどこのおばあちゃんだよ! 風っ子ユッチはどこへ行った! というわけでどんどこ歌うぞ! 叫んで叫んで叫びまくろうぜい!」
「もお……ぼ、ボク、歌うの好きじゃないって行ってるのになあ。ほ、ほんとにヤスってば強引なんだからあ」
そんな事言って、顔がちょっとにやけているぞ。それに目がリモコンにしっかりいっている。何か歌いたくてしょうがないんだろう。
「それでは記念すべき第1曲目! オレンジレンジで『イケナイ太陽』!」
「あっ! それボクも大好き! ボクも歌う歌うう!」
「はいはい、マイクな」
マイクを手渡そうとしたら奪い取るように俺の手からとり、それからずっとマイクを握り締めてずっと離さないユッチ。歌う気満々じゃんか。
『ふーぅーぅーぅ、いけないタイヨーウ! ナーナーナーナナナーナナ!』
……。
「第6曲目はボクの番だあ! バンプオブチキンで、『天体観測』!」
「うあ! それ俺が歌いたかったのに!」
「あ、いいよいいよお。ヤスも一緒に歌おうよお!」
「サンキュー、ユッチ!」
「午前2時、踏み切りでー♪」
……。
……。
「第11曲目はHYでAM11:00! ユッチ、女性パート歌える?」
「歌える歌える! 男性パートのラップの部分だって歌っちゃうよお!」
「そこは俺の見せ場なんだから、ユッチは見とけって!」
「もお、しょうがないなあ!」
さっきから楽しくて仕方がないのか? 顔がにやけっぱなしだぞユッチ。
……。
……。
「第15曲目! モーニング娘で『ラブマシーン』!」
「うっわあ……ヤスってばそれはないよお」
「なんでだよ、男がラブマシーン歌ってもいいじゃんか。うっはーうっはーってさ」
「それは別の曲だあ!」
……。
……。
「第20曲目! ボクのターン! スピードのゴーゴーヘブン!」
「ふっるー! ユッチってばふっるー!」
「いいじゃんかあ。スピード最高なんだからあ!」
「キビ先輩もそういや好きだったな、スピード」
「……やっぱりパボの『恋のヘキサゴン』でいこお!」
うあ、ここまではじけてても、まだリレーメンバーの名前を言うのは禁止なんすね。……ユッチって思ってた以上に根に持つなあ。
……。
……。
「しゅうじ!」
「あきら!」
『俺たちはいつでも2人でひとつだった!』
「青春アミーゴ!」
『イエーイ!』
ハイターッチ! テンションがあがりすぎて、何がなんやら分からなくなってきた。
……。
……。
「ユッチってアニソンはいけるクチ?」
「有名どこしか知らないよお? 『残酷な天使のテーゼ』とか、『ポニョ』とかかなあ」
「ふうん……それだったら、『創世のアクエリオン!』」
「しらなあーい」
……なんでやねん。同じくらい有名だろが。
……。
「ユッチ、俺たちは何だ!?」
「アスリートだあ!」
「そうだ! アスリートだ! アスリートならば、必ずこの曲を歌わなくちゃいけない!」
「おお、よく分かってるねえヤスは。さあ、歌おうヤスう! 『金太の大冒険』!」
「……なんでやねん」
……。
……。
「ユッチ、もう一度聞く、俺たちは何だ!」
「アスリートだあ!」
「そうだ! ならば、必ずこの曲を歌わなくちゃいけない!」
「おお、ほんとよく分かってるねえヤスは。さあ、歌おヤスう! 『青いスポーツカーの男!』」
「また……ユッチお前何歳だよ」
青色7なんていまどきの高校生、知らないんじゃないのかなあ……知ってる俺も俺だけどさ。
……。
……。
「ユッチ、これがラストチャンスだ!」
「おお、いいねえ。サムシングエルスだねえ!」
……それを言いたかったわけではない。けど歌おう。
……。
「……ユッチ、まことに残念なことに、そろそろ18時だ。家に帰らねばならない時間だ」
「ううう……まだまだ歌いたいのにい。全然歌い足りないよお」
「ユッチ、いつでも歌いにいこうや。俺ならいつだって付き合ってやんぞ」
「だったら今から、朝まで歌いつくそうよお」
……それは無理だろ。大人がいないと、高校生だけじゃ20時くらいまでしかいられなかった気がすんぞ。
「朝帰りはまずいだろ。そうじゃなかったらいつだって行くからさ」
「……じゃあ、また明日も行こうねえ!」
……あ、明日? さ、さすがにそこまでれんちゃんでカラオケ行くのはきつい気もするんだけど。明日学校あるし。
「え? ダメなのお?」
「や、全然いいっすよ! 明日もまた行こう! 明日もまた歌いまくろう!」
「うん、歌おうねえ!」
……ユッチってばはっちゃけたのはいいんだけど、はっちゃけすぎだよ……。
「さて、最後のしめはユッチは何がいい?」
「そんなん決まってるじゃんかあ! ヤス、ボクたちはなんだあ!?」
「……アスリートだ」
「だったら歌う曲はただひとつ! 爆風スランプ『ランナー!』」
「……だな! さあ、歌うぞ!」
「はあ、いっぱい歌ったねえ、ヤスう……」
「う゛だっだなあ……」
かれこれ4時間? 5時間くらいは歌ってたんだもんなあ。
おかげで、完全に声が枯れている。歌っている最中は全然気づかなかったけど。
「あっははあ、ヤスってば変な声だあ! 明日になってもそんな変な声でいちゃダメだぞお!」
……まあ、ユッチが笑うようになってくれたからいっか。
「明日もそんな感じで笑って学校に来いよユッチ」
「うんっ! もっちろん! じゃあ帰ろ! ほらほら、早く早くう! ねえヤスう、今日の夕ご飯はあ?」
……なんで俺の家に帰る気になっているんだろうか? まあいいけどさ。かえろかえろ。
こんばんは、ルーバランです。
いやあ……これだけはっちゃけられるカラオケ仲間がいたら、絶対楽しいです。
ちなみに、『青いスポーツカーの男』は私が高校の時に、陸上部のテーマソングっぽくなってました……どんな部活だ(^^
大学の頃、関東の某大学は新入生歓迎の時に必ず『金太の大冒険』を陸上部全員で熱唱すると友達が言ってました。ほんとなのか……。
それでは今後ともよろしくです。