389話:深夜、サツキと
「ヤス、春合宿の企画やら、練習やらお疲れー」
「サンキュ、ケン、んじゃお休み」
そう返事をしたと同時に、布団にこもってみんなに背を向けて眠る俺。ああ、この布団に入った瞬間が一番気持ちいいなあ。
合宿4日目の夜。残すは最終日のみ。短距離陣もへとへとになっているけれど、明日で終わりと思うと、ちょっと元気になるみたい。
「おい、まだ19時だろ? 夜はまだこれからだぞ」
……寝ようと思ったのに、即座にケンにひっぺがえされた。
……眠いんだ。寝させてくれよ。50キロも走ったらケンもこうなるから。
「ヤス、さっき女子が最後の日くらいみんなで集まって何かしよーって話してたぞ。寝たらそれに参加できないぞ」
「いい、俺は寝る」
「なんかこう……ヤスってマイペースというか……ゴーイングマイウェイだよなあ」
そのセリフ、そっくりそのままケンにかえす。ケンの方が絶対にゴーイングマイウェイだろ。
「ケン、人間に3大欲求というものがある。ひとつめ、食欲。ふたつめ、性欲。みっつめ、睡眠欲。みんなで集まって何かをしても、食欲や性欲が満たされるわけではない。だが、ここで布団に入って眠れば、睡眠欲はしっかり満たされる。ならば俺がとる行動はひとつのみ。寝ること。んじゃお休み」
「みんなで集まってお菓子食べれば食欲は満たされるし、サツキちゃんの浴衣姿を見れば性欲も満たされるんじゃね? 1つ満たされるより、2つ満たされた方がお得だぞ」
「ついさっき夕飯食べたから食欲は既に満たされてる。サツキの浴衣姿なんか見たら、ドキドキしちゃって余計性欲のやりどころに困るだろ?」
「なんつー屁理屈を……ヤスってそこまでひねくれてたか?」
「それだけ寝たいってことっすよ。ほっといて寝させて」
……ケンもようやく諦めてくれたのか、声をかけるのをやめてくれた。
はぁ……4日間、ほんと疲れたあ……。
「ヤス兄、今からみんなで宴会するから、ヤス兄も来てー」
……zzzzZZZZ。
「ありゃ、完全にヤス兄、寝ちゃったのかー。それじゃ、しょうがないか。お休みー」
「ふわあああ……」
よく寝たあ……ええと、時計時計……あ、今2時かあ。また中途半端な時間に起きちゃったなあ。みんなで集まって何かやるって言ってたけど、さすがに先輩達もケンもヤマピョンも、もうみんな寝てるなあ……。
「ん……んん……」
ん? 何で女の子の寝声が聞こえるんだ?
「あれ? 何でサツキ、ここで寝てんだ?」
ここ、どう考えても男子部屋だろ? 何でサツキがいるんだろ?
「……はてなあ……考えてもよう分からんなあ」
まあ、いいか。こんな中途半端な時間に起きてもしゃあないし、また寝るか? ……あ、携帯になんかメール来てる。
なになに? 『ヤス兄が起きたら私も起こしてねー』……? ま、いいや。起こすか。
「サツキ、起きろー」
「……んー……あと100年」
100年て……長すぎだろ。お前は『眠れる森の美女』か。
「王子様のキスで目を覚まさせるぞー」
「ヤス兄は王子じゃないから無理ー……」
サツキ、実は起きてるだろ。
「サツキは俺にとっては唯一のお姫様だよ。俺は王子様になれないか?」
「きもいー……無理ー……」
……この野郎。
「サツキ! さっさと起きろい!」
今までは言葉だけで起こしていたけれども、頭をペシペシとたたいて起こし始める。
「にへへへえ……もっとなでなでしてえ……」
……なんやらものすごく嬉しそう。サツキにとっては『頭をたたく=なでなでする』になるのか。初めて知った。
「うらうら、起きろ」
今度はサツキのほっぺをぐにーと伸ばして、ビヨンと外す。サツキのほっぺ、ものすごく伸びるから面白い。起きるまで何度も何度も繰り返す俺。
「もうっ! ヤス兄、いい加減にやめてよ!」
「あ、起きた?」
「ほっぺたずっとぐりぐりされたら起きるよ」
だって、なんかサツキのほっぺ気持ちよかったんだもん。ちょっとやりすぎちゃったのか赤くなっちゃってるけど、そこはご愛嬌ということで。
「……ふわ、ヤス兄、今何時?」
「んー……2時半。みんなで集まって何かやるって話は結局何をしたんだ?」
「別にー。ただお菓子を持ち寄って、ジュース飲みながらおしゃべりしてただけだよ。私も20時には寝ちゃったから、その後どうなったか全然知らない」
まあ、まだ明日もあるしな。みんなも疲れてるだろうからすぐ寝たんじゃないか?
「そう言えば、何で俺が起きた時に自分も起こして、なんて言ったんだ?」
「だって、きっと春合宿はヤス兄が一番頑張ってたって私思うのに、ヤス兄1人だけ宴会に参加できなかったんだもん。やっぱり、頑張ってた人にはご褒美あげたいもん。だから、2人だけでも宴会やりたいなーって思って」
「……………………」
「ど、どうかしたの? ヤス兄」
いや、なんだかすごく嬉しくて……言葉にならないんすよ。
「ありがとです、サツキ」
「どういたしまして。といってもお菓子もジュースも何も用意できなかったんだけどねー」
いやいや、その気持ちだけで十分です。ありがとです。
「まだ明日もあるから、今日はちょっとだけの宴会ね。家に帰ったら盛大にやろうねー」
「あいよ。しっかり準備したるから、楽しみにしとけよ」
その後、20分くらいだけ、のんびりとサツキと合宿の事を話した。きつかったことばっかりだったけど、なんでか振り返ると笑い話に早変わり。
20分がもっと続けばいいのになあと思いながらも、また寝床についた。サツキのおかげで明日がんばる元気ができた……ありがと、サツキ。明日、また、頑張ろ。
こんばんは、ルーバランです。
甘い……こんな兄妹っているかなあ……(汗
それでは今後ともよろしくです。