388話:5キロ×8
8時半、ご飯も食べて、今から練習場へ行く。
……なんだかんだ言って今から40キロも走るんだよなあ……何でマラソン選手じゃないのに、試合では5キロ走ればいいだけなのに、1日50キロ走らなきゃいけないんだろう?
あああ、元気よくオーケーしちゃったけど、だんだんと憂鬱になってきた。
「ヤス、何をやっているのだ? すぐに行くぞ」
「ういっす、了解っす」
憂鬱な気分を吹き飛ばすために元気に返事をする。
「ヤマピョン、いこか?」
「…………」
ついでにヤマピョンにも声をかけてみたのだが、返事がない。
「ヤマピョンも、何を突っ立っているのだ? すぐに行くぞ」
「…………うん」
なんでやねん。何でポンポコさんの言葉にだけ反応するんだ? や、違うか。俺の言葉にだけ反応しないのか……ま、今は気にしないようにしよう。
練習場までジョギングで行き、そのまま10分程度ストレッチと流しをする。土のグラウンドだけど、きちんと整備されていてそこそこに走りやすい。
そんなことをしていたら、そろそろ9時だ。
「それでは練習を開始する。最初の5キロ、位置について、ヨーイ」
パン、というポンポコさんの合図とともに、俺とヤマピョンが走り始める。ヤマピョンと俺、お互いに快調なペースで走る。ヤマピョンは俺の真後ろについて走る。
はっはっというヤマピョンの息遣いとタッタッという足音が聞こえ、いつもよりリズムよく走ることが出来る。
……いかんいかん、ペースはあげすぎないようにしないと。まだ5キロ×8の1本目だし。
「ヤス、この400メートルのタイム……93秒! いいペースだぞ」
おし、このペースでいくか。
1本目、終了。タイムは19分43秒。まあまあのタイムだ。
「ヤス、ヤマピョン、お疲れ。次は10時からスタートだからな。ずっと休まずに、10分前程度になったら、きちんと体を温めておくこと」
「ラジャっす」
「…………うん……」
ヤマピョンってば、息、切れてねえ。久々の練習のはずなのに、すげえなあ。
しばらくの間、ひぃ、はぁ、と息を整えていたら、アップ中のサツキが俺のところによってきた。
「ヤス兄、お疲れー。今日の練習は楽そうだねー」
「サンキュ、サツキ。けど、まだ8分の1しか終わってないし」
「あれ? 今ので午前練習終わりなんじゃないの?」
いやいや、そんな訳なかろう。ポンポコさんがそんな楽なメニューを作るわけないじゃないか。
「午前中は残り10時からと11時からに5キロ走るんすよ。午後は12時からと13時からと14時からと15時からと16時からそれぞれ5キロ、後全部で35キロ走らなきゃいけないっす」
「げ。私には無理だー。ヤス兄頑張れー」
ういっす。頑張るっす。
「ところでヤス兄、昼ごはんはどうするの?」
あれ? そう言えばどうすればいいか知らないや、どうするんだろ。
「きっとこっちで弁当でも食べるんだと思う。ポンポコさんのことだからきっと何か考えてるよ」
「そっかな? ポンポコ先輩って結構抜けてるからねー。きっと何も考えてないよ」
うわ、サツキ、ひでえ。
「今のサツキのセリフ、後でポンポコさんに言ってやろかな」
「でも、ヤス兄もそう思ってるでしょ?」
「まあ、確かにその通りなんだけど。ポンポコさんってどっか抜けてるんだよ。メニューを組んでる時にもさ、毎日毎日同じメニューをやってたら飽きるからって出来る限り毎日別メニューをやるようにって言いつつ、次の日になったら昨日のメニューを忘れてて、全く同じメニューをさせられたりね、今日はキッツいメニューをやるぞ。と言いながらメニューをこなした後に、『ヤス、お前は今日は何でそんなきついメニューをやっているのだ? 今日は軽めに流す日だろう?』とかね、ひどすぎじゃね?」
「……ふむ、ヤスは今までそういう風に私のことを思っていたのだな」
……こそーっと後ろに近づいてくるのはやめてほしいなあ、ポンポコさん。
「さてヤス、次の5キロをはじめようか」
「ええ!? 10時まで後10分あるよ!?」
「反対は認めない、位置について、ヨーイ……」
パン!
うええぇ!? ぽ、ポンポコさん、ひでえ!
慌てて走る俺と、前もってこうなることを予想してたのか、すでに準備しているヤマピョン。
「ヤス兄、ナームー」
「サツキ、変な声上げんなー!」
くっそ、後で覚えてろ。ポンポコさん、サツキ。
2本目、終了。タイムは19分52秒。さっきよりちょっと落ちたけど、まだまだオッケーなタイム。
だけど……なんだかスタートの仕方が悪くって、結構しんどい。
「ヤス、お疲れ」
「……あ、あんたのせいやろうが……」
ポンポコさんめ……他人事みたいに……。
「次は当初の予定通り11時から開始するからな。きちんと準備しておくこと」
さっきのも最初の予定通り10時スタートにしてくれよ……。
サツキやケンを見ると、もう短距離メニューを開始している。くっそ、一言サツキに文句を言ってやりたかったのに。
「そういやポンポコさん、昼ご飯はどうするの?」
「ん? 帰って食べればいいのではないか?」
「……」
ポンポコさん、やっぱり抜けてるやん。
「12時からと1時からに5キロ走るのに、民宿に戻って食べるって無理なんじゃん?」
「ふむ……確かにそうだな。後で私がコンビニで弁当でも買ってこよう」
……ラジャです。なんだか文句を言うのもめんどくなってきたので適当に流しておこう。
時刻は14時。思っていた以上にこの練習はきつい。ついでに昼に食べた満腹弁当というのも腹に堪えている気がする。
くそう、ポンポコさん、よりにもよってなんでそんなもんを選ぶんだよ?
「ヤス、5キロ6本目、位置について、ヨーイ」
パン!
ポンポコさんの合図で、走り出す俺。
ヤマピョンはポンポコさんと相談して、12時、13時、14時はカットすることになったらしい。
くそう、いくらヤマピョンが久しぶりだからと言って、ポンポコさん、ヤマピョンに甘すぎじゃないのか?
タッタカと走っていたら、なんやら、短距離が午後錬へやってきた。
短距離が食事に帰っている間もずっとこの練習場で延々と練習をし続けている自分を見ていると一体なんなんだろなあと思ってしまう。
「ヤス、ファイトー!」
ありがとです、キビ先輩。そういってくれるのはキビ先輩くらいです。
そう言ってもらえるだけで頑張れます。
「……はぁ……はぁ……」
後ラスト開始まで10分、そろそろ準備をしないといけない時間だ。
「ヤス、自分でも分かっていると思うが、タイムが徐々に落ちている。6本目が20分14秒。7本目が20分30秒だ。きついのは分かるがラスト1本は20分切れるよう頑張れ。ヤマピョンにきちんと見本を見せてやるように」
……ううう、頑張ってるよ。俺、これでもポンポコさんの期待にこたえられるよう頑張ってるよ。
これ以上何をどう頑張れって言うんだよ。ヤマピョンなんて名前を出すなよ。
どうにか息を整えようとしている時、ちょうど今、休憩中のサツキが近づいてきた。
「ヤス兄、ナームー」
「はぁ……はぁ……」
うるさいサツキ、どっか行っててくれ。話しする余裕がないっす。
「ありゃりゃ、完全に南無三状態になってるね、ヤス兄」
「う、うるさい……」
「あんまりきついようだったら頑張らなくてもいいんじゃない? ヤス兄」
「う、うるさいっす」
「あららー、強がっちゃって。ヤス兄、やめたほうがいいんじゃない? 今終わっても、私はヤス兄のこと頑張ったねーって言うよ?」
「そ、そんなん嬉しくないし」
「じゃー、そんなに頑張らないでね。とりあえずナームーって言っとくよ」
「う、うるさい……俺はやる」
サツキに頑張るなって言われたら、逆に頑張りたくなってしまう。それが兄心。絶対頑張ってやるっす。
「ヤス、ラスト1本! ……位置について、ヨーイ」
パン!
合図とともに、走る。
「ヤス、頑張れー!」
「ヤスう、ファイトお!」
……頑張ってまーす。
「キビ先輩、ユッチ先輩、今のヤス兄にはそんなセリフ言ってもダメですよ。今のヤス兄にはこう言わないと」
サツキ……キビ先輩とユッチに何を吹き込んでるんだ?
「ヤスう、ナームー……」
「ヤスー、ナームー」
……後で覚えてろ、サツキ。
「残り100メートル! タイム、19分42、43、44、45、46、47……」
『ヤスー、ナームー』
ま、負けるかあ。絶対に20分を切ってあいつらの鼻を明かしてやる。
ラスト、フォームも格好もなりふりかまわず、全力でゴールを駆け抜ける。
「19分55、56、57、58……! ラスト8本目、19分58秒。ヤス、お疲れ。ぎりぎり20分を切れたな」
「……はぁ、はぁ……」
ゴールとともに倒れる俺。も、もう動けない。
「ヤマピョンもお疲れ、よく頑張ったな」
「…………うん……」
くっそ、全然息切れてないやん。ほんとに疲れてんのか。
「ヤス兄、お疲れー」
「さ、サンクス」
「それにしてもヤス兄、『頑張れー』って言うと、スピードが下がって、『ナームー』って言うと、スピードが上がるから面白かったよ」
「……………………」
俺って天邪鬼やなあ。まあ、確かに『ナームー』って言われて『こなくそっ』って思ってたもんなあ……。
ま、そんな事もどうでもいいか。これで春合宿も4日終わった。後、ラスト1日……何とか乗り切ろう。
こんばんは、ルーバランです。
ポンポコさんのセリフ
きついメニューを指示され、こなした後に
『お前、何でそんなきついメニューをしてるんだ?』
とは、私が高校にいた時の長距離顧問の先生が言ったセリフです。
……なんでや、と思いました(^^;
それでは今後ともよろしくです。