385話:1分走
「海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だ海だあ!」
「……ユッチ、うっさいっす」
そこまではしゃがなくても。体が重いせいで、気分も一緒になって重くなっている俺にとっては、そこまではしゃげるユッチを見ていると、なんだかムカッとしてしまう。
「何だよヤスってば、気分をへこませるようなこと言ってさあ。海だよ! 海なんだよ! さあ、海だあ! 海は広いな大きいなあ、の海だよ! なんでそんなにテンションが低いのさあ!」
……だって、これからやる練習を考えたらさあ。なんだか暗くなるじゃん。
3日目の午前練習。今日の午前練習は海で短距離と合同練習……憂鬱だ。それでもそんな気持ちを多少は払拭できるかなとストレッチをしながら、ユッチをしゃべっている。
「レッツラ海! ビバ、海! 海水浴の海! 潮干狩りの海! サーフィンの海! タコ、えび、イカ、さわら、ぼら、マグロ、カツオ、たい、ふぐ、アユの海だよお! もっとテンションあげていこうよお!」
「ユッチ、アユは川魚だぞ」
「う、うるさいなあ! いいじゃんかあ! ちょっとくらい間違えたってえ!」
ちょっとか? まあ、別にいいけど。
「ああああ、水着があったら絶対に泳ぐのになあ! 泳ぎたいなあ、海。ヤスも泳ぎたくない?」
「まあ、ちょっとは泳ぎたい」
「何だよその微妙な反応はあ! もっと心の底から泳ぎたあい! って気持ちを出さないとダメだろお!」
「んー……そこまで泳ぎたいという気分ではなかったりするし。どっちかっていうと、浜辺でごろんと寝転んでたい。」
まあ、なんせ春だし。まだ朝や夜はちょっと寒いくらいだし。暑かったら泳ぎたいって気分になるかもしれんけど、今はまだそこまで泳ぎたい気分じゃない。ユッチみたいに頭の中が春だと、泳ぎたいって気分になるのかも知れんけど。
「なんでヤスってば自分に正直じゃないのかなあ……あ、もしかしてヤス、ボクの水着姿を見るのが恥ずかしかったりするんだろお?」
「や、全然」
なんでそうなんねん。
「なんでだあ! ドキドキしろお!」
……ドキドキして欲しいんかい。
「そこの2人、いつまでも雑談していないで、そろそろ練習を始めるよ」
「はあい!」
「……はい」
ウララ先生に声をかけられて、ストレッチを終わり集合する俺とユッチ。
「さて、今日の練習メニューは100メートルダッシュです。短距離は50本、長距離は60本。ただしヤマピョンはまだいままで練習していなかったから、ちょっと少な目の40本を目標に頑張ってね」
ウララ先生が再度、今日の練習メニューを説明する。ヤマピョンが60本やらないってことは、60本メニューをやるのって俺だけやん……俺だけ多いってなんだか悔しい。
「スタート地点にポンポコさん、100メートル地点にミドリちゃんが立ってるから、全員が1列になってそこまで全力疾走して駆け抜けること。1本の間隔は1分。速く走れば休憩時間は長いよ」
……100メートルを1分かけて走るのが1番楽な気がするんだけど……。
「あ、ちなみに100メートルを1分かけて走るなんてことを考えたらダメだからね。それじゃ練習の意味ないから」
くそっ、ウララ先生に俺の考え読まれてた。
「スタートまで後10分だから。きちんとアップしといてね」
ラジャっす。
入念にアップをして、定位置に並ぶ。
「それでは位置について、ヨーイ……」
パン!
一斉に全力疾走を始める部員達……ザザザザッと砂を蹴る音が海岸一体に響き渡る。は、はええ。短距離陣、めっちゃ速いんだけど。
女子の短距離部員とほとんど横一線になって走る俺。女子と一緒なんてなんてやるせないんだよ!
「10、11、12、13、14、15、16……」
……はぁ、はぁ……。1本でここまでばてるのか。あかん、60本も出来る気がしない。
「2本目、残り、5秒前!」
も、もう5秒前なんすか!? ミドリちゃん、数え方速くないかい? 休む暇、全然ないじゃないっすか!
「4、3、2、1……スタート!」
また全力疾走をする俺たち陸上部員……男子短距離陣と、スピードでここまで雲泥の差があるって言うのはなんだか悲しい。
「10、11、12、13、14、15……」
……ご、ゴール……残り58本……。
「25本目、5秒前!」
……最初らへんは元気だったユッチやケンといった他の短距離も、ぜーぜーという、荒い息しか聞こえなくなってきた。
……た、短距離陣はこれで半分なのに、俺だけまだ半分に到達してないのか……なんか泣ける。
「4、3、2、1……スタート!」
……ダダダダと走る音だけが聞こえる。なんかもう、女子には負けるかと10本目ぐらいまでは頑張ってたけど、そのあたりからはこなすこと最優先になってきた。
「ポンポコさん、なんかこれ、ゲルマン民族の大移動みたいだねー」
「そうですね」
……なんか、メニューを組んだウララ先生とポンポコさんの2人がそんなどうでもいい会話をしていることが異常に腹が立つ。
「11、12、13、14、15、16……」
……よ、ようやく半分は過ぎたけど……早く終わりてえ。砂浜なせいで、足をとられて、スピードでないし……もう2度とこんなメニューなんてやりたくねえ。
「ヤマピョン、無理はするな。今日はここまでにしておけ」
「…………う……ん……」
はぁ……はぁ……ヤマピョン、脱落か。ってかポンポコさん、ヤマピョンには優しくないか? 俺には厳しいのに。差別だ……。
「33本目、5秒前!」
くっそ、もう次かよ。
「4、3、2、1……スタート!」
「……ああああ! 終わったあ! つっかれたあ!」
……ケン、とりあえず後で殴る。俺はまだ10本あるというのに。
くそお、ここからは1人旅かあ……。
「ヤス! 51本目行くぞ! 5秒前、4、3、2、1……スタート!」
……1人だけの足音が響き……あれ? なんか別の足音もする。
「……」
「……」
チラッと横を見ると、終わったはずのサツキとユッチが一緒になって走ってる。
「11、12、13、14、15、16、17……」
……はぁ、はぁ……あ、あと9本。
「サンキュ……サツキ、ユッチ」
「ボク、走り、たい、だけ、だあ」
「右に、同じ」
あいあい、ありがとさん……。
「52本目! 5秒前」
……あと9本……頑張るぞ。
「60本目、ラスト、ヨーイ!」
パン! とミドリちゃんが合図すると同時に俺とユッチとサツキの3人が全力疾走する。
……こ、これが最後……長かった……。ダッダッダッダッという足音が響く。最後だけあって、全員の足音も、ついさっきまでと比べるとかなり軽快だ。
「……11、12、13、14、15、16……」
ゴール!
お、終わったあ……長かったあ……。
「……サツキ、ユッチ、お疲れ……」
「ヤスも、お疲……れえ」
「…………」
サツキはもう返事が出来ないくらいばててるみたいだ。首だけでコクコクとうなずいて返事をしてる。サツキもありがとさん。
……も、今日は走れないっす……。
こんばんは、ルーバランです。
なんだか久しぶりにまともに陸上の話を書いた気がします(^^;
それでは今後ともよろしくです。