370話:卒業式
今日は3月19日、サツキの卒業式。
こっそり父さんのスーツを借りて、卒業式に参加している俺。
……まあ、別にばれないだろ。スーツを着込めば社会人には見られるはず。こういうときに限っては老け顔でよかったなーと思う。
学校には風邪って事で休みの連絡も取ってあるし。抜かりはないな。
「開会の辞。一同、起立!」
がたがたと椅子を揺らしながら席を立つ。
「本日はみなさまご多忙のところ、また遠路をお集まりいただきまして、あつく御礼申し上げます。ただいまより、第47回、御殿場西中学校の卒業式を始めます」
……第47回かあ……何も思いつかん。俺のときは第46回だったからよ(4)ろ(6)こびの卒業式だねーとか話してたけど。
「卒業生入場」
司会の先生の言葉とともに、胸に造花をつけた卒業生達がぞろぞろと入場してくる……サツキはどこだ。人数が多すぎてサツキが見つからん。くそお、クロちゃんとサキちゃんは見つけたのに、サツキだけが見つからない。
「……くっそ、結局見つからなかったなあ」
次に見つけれるのは卒業証書授与の時に、サツキが呼ばれるときかなあ……。
「国歌斉唱、一同、起立!」
……ち、つまらん。全員起立してしまった。教師の誰かが起立しないで大目玉くらって裁判沙汰を引き起こすとか、目の前で見てみたかった……いや、ああいうのは新聞で『うわ、こんな教師ありえねー、教師ってのはダメ教師ばっかだな』って思うくらいがちょうどいいよな。実際問題自分の前で裁判沙汰になるとか、あんまり見たくないな。
君が代も歌い終え、次は卒業証書授与。卒業生が1人1人卒業証書を受け取る瞬間だ。サツキが校長先生から卒業証書を受け取る瞬間こそはデジカメにおさめねば。
「卒業証書授与」
さあ、来い来い来い来い!
「卒業生、起立!」
……は? 去年とやり方違うよ? 全員いっせいに起立されたらサツキが見づらいじゃん。自分が証書を受け取る時だけ立っててよ。
「卒業生代表、3年1組、青山幸平」
「はい!」
……はぁ? 今なんていった? 代表って言わなかったか? 去年みたいに1人1人卒業証書を受け取る形式はどこへ行った?
「卒業証書、青山幸平殿。あなたは本学において中学校の課程を修めその業を終えたことを証する。第7055号、平成21年3月19日御殿場西中学校長、安藤康孝」
左手をそえ、右手をそえ、左脇に卒業証書を持つ青山幸平。
「一同、礼!」
立っている卒業生がきちんとそろって礼をする……ちょい待て。まさかこれで終わりか!? サツキの晴れ姿をデジカメにおさめようと思っている俺は一体どうすればいいんだ!?
「着席!」
……終わった。終わってしまった。サツキをデジカメにおさめることが出来なかった……。
「去年、卒業式がダラダラとしてて長いってクレームが入ったらしいわよ?」
「ああ、だから省略したのね」
後ろからおばさんたちの小声の雑談が聞こえた……いや、省略するところが間違ってるだろ!?
こっから校長式辞、PTA会長祝辞、祝電披露って続くんだろ? 省略するのはそこだろ?
校長式辞なんて好調なのは校長だけだし、祝辞なんて聞いてるほうは呪いを聞いてる気分だし、祝電披露なんて祝電疲労って言った方が正しいだろ。
このへんだけで去年は1時間くらい延々と聞かされたもんなあ……顔を見たことない人の祝辞を聞いたり祝電をもらったりしても誰がうれしいんだっつーの。
……そう思いつつも、長々とした校長の式辞やPTA会長の祝辞が延々と読み上げられる。
ふぅ……ようやく終わった。次は祝電披露かあ……そもそもだな、俺は祝電というのは廃止すべきだと思うんだ。祝電というのは『忙しくて出席できないけれど、せめて祝いの言葉くらいは送りたい』というのが建前だけど、実際のところは『お前らの式なんて出席したくないけど、名前だけは売っときたい』っていうのが本音なんだぞ。祝電送ってるのも本人が文面を考えてるんじゃなくて、その人の秘書か部下に考えさせて書かせているに決まっているじゃないか。
というかな、わざわざ卒業式に参列してくれた方々は紹介すらなく、形式ばった祝電を送った方のは中身も読まれて、名前も売る事が出来るっておかしいと思うんだ。
うだうだとした祝辞もようやく終わり、在校生の送辞、卒業生答辞と続く。全く知らない人たちが送辞答辞を読んでいるから、俺にはさっぱりわからない。
やっぱりサツキが読んでくれるのが一番見る気になるよなあ……せめてクロちゃんとかが読んでくれればいいのに。
送辞、答辞を読んでいるときになると、ちらほらと泣き始める人たちが現れる……。うらやましい、そんな風に泣けるなんて。俺の卒業式のときなんて、送辞を読んでいる人から1本鼻毛がぴょこっと見えるのを発見してしまい、延々と笑いをこらえるのに集中していたのに。
……あ、終わった。答辞を呼んでいる女子生徒は最後のあたり嗚咽をもらしながら読んでいた。そこまで感極まるものなのか……。
それより、サツキはどこだ!? サツキを見つけないと俺はこの卒業式に参加した意味がない。
「卒業生、合唱。卒業生、起立!」
あああ、全員立ってしまったらでっかい男どもに小さなサツキは隠れてしまうじゃないか。どこにいるんだサツキ。
「白い光の中に、山並みは燃えて、はるかな空の果てまでも、君は飛び立つ」
サツキのことばかり考えてたけど、ふと歌を聴いてみると、なんだかいい曲を歌っている気がする。
「限りなく青い、空に心震わせ、自由を書ける鳥よ、振り返ることもせず、勇気を翼に乗せて、希望の風に乗り、この広い大空に、夢を託して」
なんか、いい曲だね。
「懐かしい友の声、ふとよみがえる、意味のない、いさかいに、泣いたあの時、心かよったうれしさに抱き合った日よ、みんな過ぎたけれど、思いで強く抱いて、勇気を翼に乗せて、希望の風に乗り、この広い大空に、夢を託して」
……何で俺のときは『My graduation』だったんだろう? いや、別にSPEEDが悪いとかそういうわけじゃないけどさ、男声で『本当に、愛してた』とかハモって歌うって……一昨年は、ええと……、武田鉄也の『贈る言葉』だったかな。いいな、今年の歌、こういう歌がいいよ。
「今、別れの時、飛び立とう、未来信じて、弾む弾む若い、ちからちから信じて! この広い、この広い、この広い、この広い、大空へ!」
見える範囲でも、卒業生の半分くらいが号泣している。指揮者も伴奏者も、男でも女でも関係なしに泣いている……そうだよな、こういうのが卒業式だよな。別れを惜しみ、けど、それぞれの道へ旅立っていく……これが卒業式だよな。けっして『遠いクリスマスイブ、永遠を誓ったキス』って恥ずかしがりながら歌って赤面するのが卒業式じゃないよな。
……結局、卒業式の間中サツキを見つけることは出来なかったけど、最後のあの歌が聞けただけでもよかったな。
こんばんは、ルーバランです。
卒業式……そろそろヤスの高校1年生が終わりですね。
読者のみなさま、こんな長いのを読んでくださりありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。