36話:靴を買いにいこう、約束
集団宿泊研修から帰った後、日曜日まで潰れる宿題を抱えてきた俺にサツキはめちゃくちゃに怒った。
当然だ。いままで日曜は、家族で過ごす日と決めてたのに、これじゃ、俺は参加できない。
でも、日曜日当日、反省文を書いている俺の為に、サツキはコーヒーを持ってきてくれたり、肩揉んでくれたりとかいがいしく世話を焼いてくれ、母親は誤字チェック、父親は内容チェックと、家族全体でサポートしてくれた。
この家族に産まれてよかった……と思った瞬間だった。
……終わったと同時に、全ての人が見返りを要求しなかったらな!
なんだよ、サツキの宿題手伝い1ヶ月って……。宿題は自分でやらないと身に付かないんだぞ!
両親も結構な事を要求された。……ちょっと悲しかったな。
そんな事もあって、4月28日月曜日、100枚の反省文を無事提出。
学年主任もまじで書いたのか……とびっくりしてたが、一応許してもらえた。
授業も部活も終わって、さあ着替えて帰ろうと言う時にウララ先生が1年生を集めた。
「ウララ先生、用ってなんですか?」
マルちゃんが代表して聞く。
「うーん、ほんとはもっと早くに言わなきゃいけなかったんだけど、言うの忘れてて。みんな、ちゃんと陸上用の買ってないじゃない?今履いてるのは通学用の普通のウォークングシューズでしょ?ユッチだけは中学の時から陸上やってたから、ちゃんとしたシューズを履いてるけど」
そう言われれば、先輩達はシューズを履き替えてたな。
「ちゃんとしたシューズを履いた方がタイムも伸びるし怪我もしにくいから、出来るだけ早めに買いにいってください。スパイクも将来必要になってくるけど、今はまだいいわ。私からはそれだけ。じゃあ、また学校で」
スパイクって陸上にもあるんだ、野球のじゃ駄目か?
……駄目に決まってるだろうな。
「ウララセンセ!さよーなら!」
「うん、ケン君またね」
挨拶されたくらいで有頂天になるな、ケン。
着替え終わって、部室を出る。
俺はケンと相談して一緒に行く事にした。でも、どんなのがいいのか2人とももちろん知る訳が無い。
……やっぱり、ここは陸上経験が長いやつに聞くべきだよな。まあ、ケンもその意見に賛成してくれるだろ。
……学校の最寄り駅のホームに着いた。お、ちょうど目的の人物がいるし。
「ユッチ!」
「ボクの名前をお前なんかが呼ぶなあ!」
え!!?俺どんだけ嫌われてんの?
「いや、ちょっと頼みたい事があるんだけど……」
「無理!絶対やだ!」
「せめて聞いて!」
「聞きたくない!声を出すな!息をするなあ!」
俺に死ねと!?俺、ユッチにそんなに嫌われるほど、話しした事ないよ。
「だめだな、ヤス。お前の頼み方が間違っている。俺が頼んでやる」
「さすがはケン、後は頼む」
「任されよ!」
ケンが頼もしく見える。
「ユッチ。明日は暇か?」
「え?うん、暇だよ」
ユッチ!俺とケンとの反応の差はなんだ!?
「じゃ、デートしよう」
「は?え、えと、ボクと!?」
何誘ってんだよ!?そんな事頼もうと思ってねえよ!しかもウララ先生はどうなった!?
ユッチも顔を赤らめんな!
「ああ、ユッチとヤスが」
「なんでだよ!?」「絶対嫌だ!!」
俺とユッチが同時に叫ぶ。……別に俺もユッチとデートしたくなんて無いが、そこまで精一杯否定されると傷つくぞ。
「ん?ヤス、違うのか?俺はてっきりお前がユッチをデートに誘おうとしてるのかと思ってたんだが」
「違うわ!俺はユッチに靴を選んでもらおうと思ってたんだよ!」
「何でお前なんかの靴をわざわざ見繕ってやんなきゃいけないんだよ!お前なんかには今のそのぼろ靴で十分だよ」
「ユッチ、これは俺の大事な靴だ。馬鹿にするのは許さん」
サツキが選んでくれた靴だぞ!世界中探しても見つからない最高のボロボロ靴だ!……2000円だけどな!
「……ヤス、それはデートじゃないのか?」
「違うだろ?大体、お前だって一緒に行くんだから」
陸上用のシューズを一緒に買いにいこうってさっき話したばかりだろ?
「いや、お前いくら恥ずかしいからって初めてのデートに友達を連れて行くなんてのは止めた方がいいよ」
「だからデートじゃないって!それに初めてって言うな!」
「でも、行った事無いだろー?ククッ」
「…………ノーコメントで」
いじるな、俺を!
「ケン、ボクもう帰っていい?」
放っとかれたユッチがケンに話しかける。ちょうどユッチが乗る電車が来たみたいだ。
「ああ、同じ方向みたいだから、一緒に乗ろう。もうちょっと楽しみたいし」
お前の都合かよ!自己中め!
「……しょうがない、わかったよ」
ユッチは渋々ながら従ってくれた。おお、意外といいやつだ。
「で、結局ヤスは何が言いたかったんだ?」
「……ああ、今日ウララ先生に陸上用の靴を買った方がいいって話があっただろ?で、その時に経験者がいた方が、色々アドバイスしてもらえるんじゃないかって思ってさ」
「……なんだ。ほんとにデートじゃないのか、つまらん」
「何でお前の楽しみの為に俺がデートしないといけないんだ!……と言う訳なんだけど、ユッチ、明日俺とケンと一緒に行って、陸上用の靴選びをしてくれないかな?」
俺とケンの話を聞いて、黙っているユッチが答えるのを待つ。
「……そうだね、一緒に行ってあげるよ。変なの買って、まるまる損するのもったいないしね。でも、長距離用のはほとんど知らないからあんまりボクに期待しないでよ」
「ああ、助かる」
それでもいるのといないのとではずいぶん違うだろう。
「そうだね……明日は大体10000円くらい持ってきといてね」
「え!?そんなにすんの?」
びっくりだ。もっと安いかと思ってた。
「いいのだともっと高いんだけどね。初心者ならそこまで良いの履かなくてもいいかって。……もちろん、一番高いのを買って、これに見合うランナーになるんだ!って考えならそれでもいいよ、それなら多分20000円くらい必要になるんだけど、それでもいい?」
いや、俺にはそこまでのプロ根性は無いっす。
「俺はそこそこの値段のでいい、そんなに金ないし。ヤスは?」
「同じく。むしろもっと安くならないか?」
「安すぎると、作りが雑だったり、クッションがちゃんとしてなかったりするのがあるんだよね。掘り出し物探すのは難しいし、ボクはある程度の物を買っておいた方がいいと思うよ」
「そっか……わかった」
経験者の意見と言うのは大切だ。失敗しない為にも、言う事は聞いておこう。
「じゃあ、ヤス、ユッチ。明日は学校の駅前で集合でいいか?時間は13時で」
「学校の近くはスポーツ用品店がないからこっちの駅にして、時間はOKだよ」
そう言って、ユッチは1つの駅をさす。俺達の住んでる駅からは大体4駅ほど離れてる所だ。
「わかった」
「あ、ヤス!あんたは明日だけだからね!明日が過ぎたらまた10メートル以内に近づかないでよ!」
「まだその設定生きてんのかよ!どうせ毎日破られてんだから、もうそろそろ破棄しちまえよ!」
「うるさい!ボクの視界に入るなあ!この変態野郎!」
「なんだと!このチビ助が!」
「ぼさぼさ頭!」
「色黒出っ歯!」
「ボクは出っ歯じゃないやい!このシスコン!」
「シスコンの何が悪い!」
「開き直るなあ!」
罵りあってたら、俺たちの降りる駅に着いた。
「じゃあな、ユッチ、また明日」
俺は一応挨拶したんだが、予想通り無視された。
まあ、明日手伝ってくれるってだけでも御の字だな。
そう考えといて、家に帰っていった……。