352話:ビターチョコ
今日は2月16日月曜日。
今日もいい天気だ、1日頑張っていこう、オー!
「…………はぁ……」
なんだよアオちゃん、せっかく自分が盛り上がってる時に、そんな盛大なため息ついたりして……これ、話しかけたら絶対面倒な話を聞かされたりするんだろうなあ……話しかけたくないんだけど、話を聞いてくれってオーラがびんびんに出ているんだけど……どうしよ……うん、無視しよう。
「…………はぁ……」
……いやいや、やめてくれよ。隣でため息つかないでよ。困りごととか面倒ごとは俺の見えないところでやってくれよ。
「…………はぁ……」
「ええと、どうしたのさアオちゃん」
負けた……アオちゃんのため息に負けた……くそお、無視するって決めたのに、つい声をかけちゃったよ。
「ヤス君、聞いてくれますか?」
聞くも何も、話しかけてくれって雰囲気をずっとかもし出してたじゃんか。
「先日彼と別れたんですよ」
「おお、それはそれは、なんて面白そうなネタ」
「……今何か言いましたか?」
いやいや、何も。恋愛話で一番面白いのは痴話げんか。それを対岸の火事で聞くこと。芸能ニュースだってそうやん。誰と誰が離婚したって話のほうが誰と誰が結婚したってネタより大々的に放送されるだろ?
「それでそれで、いつどこでどんな顛末だったん?」
「……なんだかとてもノリ気ですね」
そりゃ、面白そうだもん。
「……まあ、いいですよ。聞いてくれれば。私の元彼ってすごく嫉妬深かったんですよ。私のケータイって元彼以外の男ですと、ケン君のだけ登録されてるんですけど、それ認めてもらうのにもすごく苦労したんですよ」
「はあ、そりゃすごいっすね」
ちょっとくらい嫉妬されるっていうのは愛されてるなあって思えてうれしいらしいけど、嫉妬深さもそこまで来るとうざいだけ。
……あれ? そういや、俺もアオちゃんにはケータイのアドレス教えたはずだから、俺のアドレスも知ってるはずなんだけど……。
「ケータイに登録してるってだけでも、怒るんですからヤス君と交換日記してるって言う話でも、すごく怒りそうだったんですよね。だからいろいろ面倒になったのでヤス君のことはやすこちゃんって事にしちゃってました」
いやいや!? ダメだろ! やすこちゃんって何さ!?
「で……一昨日のバレンタインなんですけど…………あのですね…………」
ありゃ、かなり言いづらい内容なのか……なんだろ?
「あいや、分かったアオちゃん、みなまで言うな。言いづらいならば俺が当ててやろうではないか……ええと、『ありがと、アオちゃんからもらったこのチョコとっても甘いよ……でも、これからもっとあまーい時間を過ごさないかい?』みたいなキザなセリフをはかれてうざかった、だろ?」
「ヤス君がうざいですね」
……一刀両断しないでくれ。
「ええとだな、じゃああれだ。『ちょっと大人の味のチョコにしてみたんですよ』ってアオちゃんが言ったら『ああ、ありがと……じゃあ、お返しにもっと大人の時間を過ごさせてあげる』って言われて、結局苦い思い出に終わったみたいな」
「ヤス君、大人の時間ってどんな時間ですか?」
「あ、ええと、あ、うん……ほら、ビルの屋上のレストランで夜景をみるとか……公園のベンチではとにえさをやるとか……」
「……ヤス君、子供ですね」
……うわあ、すごく馬鹿にされた気分だ。
「じゃあじゃあ、大人なアオちゃんたちはこういう会話だろ!? 『私、あなたが喜ぶ顔がすっごく好きなんです』ってアオちゃんが言う。そしたら元彼が『じゃあ、今からホテル行こうぜ、それが一番喜ぶんだ!』って言って喧嘩別れした」
「ヤス君、セクハラです。死んでください」
……うう……大人になれって言うから大人になったつもりな発言をしたのに。
「別に、やすこちゃんが実は男だったってばれて、大喧嘩しただけですよ」
……なんか、そんな言い方されると別れた原因が、もんのすごく自分な気がしてならないんですが。
「やすこちゃんの家にもお泊り行ったって話も何度かしてましたからねー」
……俺か? 俺が悪いのか? 何もしてないのに。
「まあいいですよ。何度も待ち合わせには遅刻しますし、メール送っても全然返って来ませんし……私のほうもちょっと疲れちゃいましたし」
はあ……そんなもんですか……。
「チョコあげる前にやすこちゃんのことがばれたので、おかげでバレンタインチョコあげそこねちゃったんですよね。捨てるのももったいないですし、もしよければヤス君、いかがですか?」
「……はあ」
ええと、こういうのはなんていうんだろ? 義理チョコ? 本命はずれ?
「結構自信作ですから、食べちゃってください。それですっぱり全部忘れますから」
はあ……喜んでいいのかどう反応すればいいのか良く分からないけれど……。
「ありがと、アオちゃん。いただきます」
そう返事して、アオちゃんから箱をもらい、ひとつ口に含む。
……アオちゃんが作ったチョコは、なんだかひとつの恋の終わりを連想させる、ちょっぴり苦いビターチョコだった。