351話:バレンタイン、そのに
「はふぅ……」
ああ、ようやく声が出せるようになった。
……ポンポコさん、どんなキッツいメニューを組むんだよ。やるほうの気持ちにもなってくれよ。
「ヤス兄、お疲れー」
ありがとっす、サツキ……あれ?
「なんでもう着替えてんの?」
「ヤス兄、練習終わるの遅かったんだもん。練習終わってからもずっと倒れてて動かないし」
しょうがないやん、しんどいんやもん。
「もうアオちゃん先輩とゴーヤ先輩は用事があるからって先帰っちゃったよ」
……なにい? 薄情なやつらめ。ちょっとくらい待ってくれててもいいのに。
「ん? 他の人は待っててくれてんの?」
「うん、これからみんなでお昼ご飯食べにファミレス行く予定だから。ヤス兄も行くでしょ?」
「ん。もちろん」
んじゃダウンして、行きますかー。
今から昼飯一緒に行くのはキビ先輩、ユッチ、ポンポコさん、サツキの4人……バレンタインに何にも予定のない寂しいカルテット軍団。
「ヤス兄、今何かすっごく失礼なこと考えたでしょ?」
「考えてない考えてない!」
……まったく、サツキはすぐに俺の顔見て考えてることを読もうとするんだから。おちおち変なこと考えられない。
「んでさ、どこ行くの?」
「今『ジョナる』派が2人、『デニる』派が2人なんだよ。ヤスはどっちがいい?」
「……キビ先輩、『じょなる』ってなんすか?」
「え!? ヤスってば聞いたことないの!?」
……そんなに有名な言葉なのか? 初めて聞いたぞ。
「えっへっへえ、ヤスってば知らないのお?」
……くそ、ユッチに馬鹿にされるのは悔しすぎる。これは絶対に分からないとダメだ。
「待ってくださいキビ先輩、きっと聞いた事がありますから……ええとええと……『ジョンソンになる』を略して『ジョなる』」
「ヤス、ジョンソンとは誰だ?」
……くそ、違ったか。
「ええと……『ジョ、ジョ、ジョジョジ、ジョジョジの庭は』かな?」
「ヤス兄、それを言うならしょじょ寺だよ?」
くそ、これも違ったか。
「あ、分かったぞ! 『ジョジョる』の変化形だろ。『ジョジョる』ってのは『ジョジョの奇妙な冒険やろうぜ』だぞ」
「ヤスう、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄あ! 大外れえ!」
ユッチのやつ……ノッてくれたのは嬉しいんだけど、なんかすごくムカつくわあ。
「ヤス、時間切れー。『ジョナる』ってのは『ジョナサンへ行く』の略で、『デニる』は『デニーズへ行く』だよ」
キビ先輩……じゃあそう言えばいいのに。訳の分からない略しかたはやめてくれよ。
「ヤス兄、どっち?」
「んじゃ『デニる』で」
ふぅ、食べた食べた、思いっきり食べた。
デニッた後の帰り道、サツキと俺とユッチの3人で歩いてる。ユッチは今日も家に泊まるらしい。ほんとに親御さん、心配してないのかね。
「ヤス、今日はバレンタインだよね? チョコもらえたあ?」
「……1日中一緒にいたユッチがそれを言うか? もらえた瞬間をユッチは見たか?」
さっきのデニーズの中でもしかしてサツキかキビ先輩かユッチからもらえたりしないかなーと期待したけど、誰もくれなかった。寂しくなってついチョコレートパフェを頼んでしまったぞ。
「そうですよユッチ先輩、ヤス兄は誰からももらえてないですよ。しっかり見てたじゃないですか」
……サツキ、わざわざ繰り返して言うなよ。自分で自虐するのはなぜだか平気なのに、サツキに言われたら、なんだかすごく寂しくなったぞ。
「それじゃあヤス、ボクがチョコあげようかあ?」
「……なに、ユッチくれんの?」
ちょっとだけニヤッてしてしまった。もう今年はもらえないんだなあと思ってたから。
「聞いてるのはボクなんだから! ボクの質問に答えてよお!」
……なんだ? 何でそんなに必死?
「くれるなら欲しい……かな?」
「何だよその言い方あ! ヤスってばほんとにほしい? すごくほしい?」
「……や、そこまですごくほしいかと言われると……」
念押しされてしまうと、何故だか『いらない』ってついつい言いたくなってしまう。
「欲しいなら欲しいって言ってよお、そしたらあげるから」
「……んじゃ、欲しいです」
やっぱりもらえるものは嬉しい、そう思って欲しいと返事した俺。するとユッチがバッグからごそごそとチョコが入った箱を取り出して俺に差し出した。
「はい、ヤス。ボクのバレンタインチョコだあ」
嬉しそうに笑って差し出してくれるユッチを見てたらなんかすごくかわいく見えた。
……ほんとにいつもより3割り増しくらいでかわいく見える……なんだか自分の目、おかしくなったかな?
「ありがとユッ「はい、あげたあ!」
俺が手を出してチョコを受け取ろうとした瞬間、チョコを持った手を上げるユッチ……ムカつく。
「あははあ! ひっかかったあ!」
……ああ、なるほど……『かわいさあまってにくさ100倍』とはこのことを言うんだな。
「ヤス、ばかだあ、あっははあ!」
…………とりあえずユッチを後で殴っとこう。いや、今殴っとこう……ゴチンッ。
脳天から拳骨をくらい、うずくまるユッチ。
「……いったあ! 何するんだよお! ヤスう、暴力反対!」
「なんかすごくムカついたから」
「そんな適当な理由があるかあ!」
いいじゃん、殴る理由なんてそこに頭があったから。それだけだ。
「何でヤス、怒るんだよお? 『はい、あげた!』って言って手をあげる遊びやるだろお!?」
「高校生になってやってるやつは始めて見た」
「ふんだ! ちょっとしたお茶目じゃんかあ! 何が悪いんだよお!」
「何もかもが悪い」
「ううう……ばかばかばかあ! ほんとはほんとにこのチョコ、ヤスにあげるつもりだったんだけど、もうヤスには絶対にあげないんだからあ!」
「ああ、いいよいいよいらないよ」
「ふうんだ、後で後悔しろよお! サツキちゃんと2人でヤスの前ですっごくおいしく食べるんだからあ!」
……いやな仕返しだな。勘弁しろよ。
家に帰ってきて、もう夜……ああ、1日が終わる。なんだか踏んだり蹴ったりな1日が……もうちょっといい1日を期待してたのになあ……。
「ヤス兄、結局チョコもらえたのー?」
うるさいサツキ、もらえなかったよ。目の前でずっと見てて知ってるくせに。というか俺の目の前でユッチとチョコをパクパク食べておいて何言ってやがる。
「しょうがないなあ……ヤス兄、はい」
「んあ?」
1個の小さな包みを渡してくれたサツキ。中にはユッチと作ってたチョコチップクッキーじゃなくて、チョコのトリュフが入ってる……。
「私から、ヤス兄へのバレンタインチョコだよ。ヤス兄のだけ特別だからね」
「……まじ?」
サツキから今年はもらえないかと思ってたので、すごく嬉しい……ああ、今日のいやなこととかしんどかったことが全部吹き飛んだよ。
「うん、まじまじ。ホワイトデーは3倍返しを期待してるからねー」
ラジャ! 楽しみにしとけよ、サツキ。
こんばんは、ルーバランです。
『はいあげた!』、私はやられるほうだったなあ……。
それでは今後ともよろしくです。