348話:勝つのが好きなんだよ!
今日は2月7日土曜日。あいも変わらず陸上競技場で練習中、今日は20キロを一人延々と走っていた。ポンポコさんはこの調子で練習を続けていればいいって言ってくれてるんだけど……俺ってほんとに伸びてんのかなあ……。
「ヤス兄、お疲れ様ー」
そう言ってタオルを渡してくれるサツキ……サンキューです。
「まじ疲れたあ……1人で練習ってきつすぎっすよ」
「ヤス兄って大体どれくらい走ってるの?」
「ええと……1日平均15キロくらいかなあ。月間にすると400キロくらい。ほんとにスピード練習はほとんど無くて、ただ長い距離を延々と走る練習が多いなあ」
「5000メートルの練習って言うより、マラソンの練習してるみたいだねー」
……確かに。マラソンに出てみたら意外といい記録出たりしないかな。
「そろそろ2年生だし……後輩で誰か陸上経験者が入ってきてほしいよな」
「どんな子が来てほしい?」
「ううんと……そうだなあ。俺の要望だと、俺よりちょっとだけ足が遅くて、だけど練習相手、もしかしたらライバルになりうるかもしれないんだけど、やっぱりギリギリのラインで俺には勝てないちょうどいい実力を持った部員とかが理想だな。まじで来年1年生でひょんな事で入ってきたりしないかな?」
「自分より弱い相手を見つけようとしてる所がヤス兄だね。そこは嘘でも『自分より強い相手が欲しい』って言う所でしょ?」
「いやあ、だって自分より強いやつ入ってきたら、肩身狭いじゃん」
長距離は不真面目部員が多いため、ただでさえ肩身狭いのに。
「ヤス兄のファンが5人は減ったねー」
……俺にファンなんていねえよ。
「それにさ、自分よりちょっとだけ遅いやつが入ってきたときにさ、『俺も高校に入学したての頃はへっぽこだったよ……それもお前みたいに才能もなくてさ、5000メートルも20分切るなんて夢のまた夢だったさ……でもな、1年間練習すれば俺みたいなやつでもここまでになれるんだ! 頑張れ』みたいに後輩に偉そうに講釈たれたいじゃん」
「ヤス兄、そこは嘘でも『後輩を励ましてあげたい』って言ったほうが好感度は高いよ」
ううん……なぜゆえそこまで建前を使わなければならないんだろう。人に好かれるってめんどくさいなあ。
「ちなみにサツキだったらどっちが好感度高い?」
「私? 私は面白ければどっちでも。どうせなら『てめえなんぞ才能の欠片もねえんだよ。ざまあみやがれ!』って言ったヤス兄が1月後に完膚なきまでに負ける姿をみたいねー」
……サツキ、黒いな。黒すぎるよお前。ちょっと前に俺に『心根真っ黒だね』って言ったけど、絶対にサツキのが黒いと思うよ。
「というかさ、そもそもヤス兄、ライバルとか現れて燃えたいとかそういう青臭いセリフは言わないの?」
ライバルか……ライバルねえ。
「サツキ、お前は知ってると思うけど……俺、闘うのは好きじゃないんだ……勝つのが好きなんだよ!!」
「今、ヤス兄のファンが30人くらい消えてなくなったねー」
だから俺にファンなんかいないから。
「でもさでもさ、一生懸命練習してさ、頑張った身につけた走力でさ、弱者を完膚なきまでに負かす瞬間ほど快感なことってなくない?」
「ううん……弱い人をいじめるのはあんまり面白くないんだよねー」
そうか、ちょっと意見が違うなあ。
「それよりも自分と同じくらいの実力持った人だけど、体力だけは私のほうが上で、じわじわとなぶっていって勝つって言うのが最高だよね」
50歩100歩だけど……絶対にサツキのが俺より黒い。
「ほんとに弱い人だと試合が始まる前から負けを認めてるけど、『この試合は勝ってやる』って気持ちでいる人が『もうダメ……』って心が折れた瞬間の顔ほど胸がすっとするものはないよ」
……ま、まあそうかもな。
「漫画でさ、『ダイの大冒険』ってあるじゃん。俺さあ、ポップが一番好きだけど、その次にフレイザードとバーンは好きなんだよね。むしろ、ダイの『汚いぞフレイザード、正々堂々と戦えないのか……』とか、ありえないと思うし」
「まあ、そこは同意だけどね。わざわざフォアが得意な選手相手にフォアばっかり打つテニスプレーヤーなんていないもんね。苦手なところを見つけたら徹底的にそこをついて、どこまでも勝ちにこだわるのが本当の正々堂々だよね」
だろ? 戦なんだからどんな卑怯な手段を使ってでもとりあえず勝たなきゃダメだろ。織田信長だって源義経だって奇襲で敵を打ち破ってるんだから。負けてもいいから正々堂々なんて、そういうウソっぱちスポーツマンシップを教えちゃあかんてば。じゃあ正々堂々って一体どういうのが正々堂々なんだって聞きたいぞ。だいたいダイの大冒険、後半になってくると『ミナカトールを使えばバーンの力を半減させることができる……』とか……おい、フレイザードとやってること一緒やん。ダメじゃん正義の味方どもめ。何が正々堂々だよ。
……まあ、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、戦いというのは勝者が正義だからな。
「そういや陸上で汚い技ってどういう技を言うんだろ?」
「さあ? 長距離だったら肘打ちとか服をつかむとかそんな感じじゃない?」
ううん、陸上はあんまり汚い技ってなさそうだな。投擲種目とか、駆け引きなんてまったく無くて、自分との戦いが全てになるもんなあ。
「ま、何はともあれ、『相手を落としてでも勝つ』なんてことが出来ない種目を選んじゃったんだから、頑張ってねヤス兄」
あいあい、頑張りますたい。
こんばんは、ルーバランです。
選手宣誓で『スポーツマンシップにのっとり正々堂々と闘うことを誓います』とありますが、正々堂々ってどんなのを言うんだろう? としばしば思います。
それでは今後ともよろしくです。