332話:バージンロード
ユッチの家から徒歩5分、こじんまりとしてるけど、とても綺麗なレストランについた。
内装はユッチたちの結婚式用に変えてあるのか、参列者用の丸テーブルが3つと新郎新婦用の四角いテーブルがおくに1つ。新郎であるユッチのお兄さんらしき人が既にいる。
白いタキシードに薄めのピンクのネクタイを着けて、背筋をピンと伸ばして新郎席に座ってる。
ってかがちがちに緊張してるのか、すっごい無表情……いや? 怒っているのか?
「あれがボクの本当のお兄ちゃんで、トオルおにいちゃんなんだあ。やっぱり嬉しいみたいだねえ。ものすごい笑顔だあ」
……どこが!? 俺にはどうみても口を真一文字に結んでいるようにしか見えないぞ!?
「口のはしっこをじっと見てみると良く分かるよお? それとボクのお兄ちゃんってすごく笑うことを我慢しようとするんだあ。それで目と目の間にしわが出来るんだけど、しわが増えれば増えるほど喜んでる証拠なんだあ」
……ええ、ユッチに嬉しいときの判別方法を教えてもらったけど……さっぱり分からん。やっぱり無表情に見える……ユッチみたいにもっと感情を表に出してくれ。
「それで今日の結婚のお相手はアキラおねえさん」
……ふむふむ。
「ユッチのお姉さん夫婦の名前ってなんだったっけ?」
「マコトおねえちゃんとカオルおにいちゃん」
ええと、ユッチの本当のお兄さんがトオル、義理のお兄さんがカオル、本当のお姉さんがマコト、義理のお姉さんがアキラ……。
「……ユッチの家って絶対に名前聞いただけじゃ男か女かわかんないな」
「あ、そう言えばそうだねえ」
ユッチの父さんと母さんは絶対狙ってつけてたんだろうな。もう一度改めてくるっと周りを見ると、俺ら以外のメンバーは全員既に到着してるみたい。ユッチの父さんと母さんらしき2人組があるテーブルの一角に座っている。ユッチのお姉さん夫婦も同じテーブルに着席。
もう1つの丸テーブルには新婦さんの母親と妹だろうか? が2人既に席について、談笑している。
「つーかさ……みんなめっちゃフォーマルな格好じゃね? 俺だけめっちゃ浮いてないか?」
参列者は俺を除いて男性は全員黒、もしくは紺のスーツに白ネクタイ。女性は全員ドレス……おおい、セーターを着てしまっている俺を誰か助けてくれ。
「別に気にするなあ! ボクとサツキちゃんとヤスの3人はみんなとはまた別のテーブルに座るんだから。これならそんなに気にならないだろお?」
全然。めっちゃ気になるから。誰か俺にスーツを貸してくれ。
「それより、後ちょっとしたらバージンロードを新婦さんが入場するんだから、ヤスはさっさと座ったあ!」
お前らの着替えが遅かったのが原因だ……と口を出したくなってしまったが、ここはあえて黙っておこう。
……そういや、お店の入り口から新郎さんへの席まで白いじゅうたんが敷いてあるな。結婚式に出席するんだから多少知識を蓄えとこうとウェブをちらほら見たけど……なんか挙式と披露宴がごちゃごちゃに混ざっている気がするが、こういうのが結婚式なんだろうか?
「ヤス兄、そんな首をひねったってどうしようもないよ? どんなことだってとにかく笑えればそれでいいんだよ」
「それはなんか違う気がする」
……けど、まあいっか。
「そういやさ、バージンロードって直訳すると処女道だよな。できちゃった結婚って事は全然バージ」
「アホお!」
スコーン!
…………いったあ……今回は絶対にグーで殴っただろ。痛さの度合いが全然違ったぞ。
「ヤスう、今日は一生でもっともおめでたい日なんだから! そんなあほなこと言うなあ!」
まだ最後まで言ってない……ってか一生でもっともおめでたい日って結婚式の日なのかな? なんか心がもやもやするけど。
「ユッチ先輩、それは違いますよ。結婚式は確かにおめでたい日かもしれないですけど、『もっとも』おめでたい日ではないですよ」
「ええ!? なんでなんでえ!?」
「ユッチ先輩、結婚式はひとつの区切りに過ぎませんよ。それからの1日1日の生活が家族にとって『もっとも』おめでたい日なんですよ。そこに優劣なんてないですよ」
……ああ、なるほど。
「ええ!? でもでもお! やっぱりウェディングドレスってあこがれるでしょお!」
「ユッチ先輩、私もウェディングドレスを着るのはあこがれますけど。でも、結婚の日が一生でもっともおめでたい日って言っちゃったら、それからの毎日がなんだかさびしくなるじゃないですか。『これ以上の喜びは私にはないの?』って。私は今日がどんなにすばらしく笑える日でも、それでなおそれ以上に笑える明日を期待します」
ああ、そうだなあ……そうだよなあ、いいこと言うなあサツキ。けど、そこで『おめでたい』とか『嬉しい』じゃなくて『笑える』って言うところがサツキだよなあ。
「ええ、でもお……」
「ユッチ先輩、例えば全然家事をしてくれない旦那に怒ったユッチ先輩、たまたまけんかしちゃったら、いつもは全然作ってくれない旦那が謝罪の意味を込めてこっそりと作ってくれたポトフ。それから少しずつ家事を手伝ってくれるようになるんですよ」
「ああ、幸せだねえ……おめでたいねえ……」
「ユッチ先輩、例えば縁側で夫とお茶をすすりながら、孫達が庭で遊んでいるのを眺めている。こんなシチュエーションはどうですか? そしてちょうどそれが金婚式の日」
「ああ、幸せだねえ……おめでたいねえ……」
「ユッチ先輩、結婚は確かにおめでたいです。けれど、本当におめでたいのはきっと結婚してからなんですよ。結婚は幸せな『家庭』を作るための『過程』なんですから」
「そうだねえ……それ、今日お父さんがスピーチで言おうとしてたあ。お父さんどうするんだろお……」
「……」
チラッと玄関口を見ると、新婦さんっぽい人が既にスタンバイしてる。たぶんサツキの話も全部聞こえただろう。
「……」
ちらっとユッチのお父さんを見てみると、すごく渋そうな顔をしている。
「……」
ちらっとサツキを見ると、どどど、どうしようって顔であたふたしてる。
「……」
ちらっとユッチを見ると、なんかポヤヤヤーンとした顔してほうけてる……幸せなやつめ。
……ま、なんとかなるさ。それよりも俺に誰かスーツを貸してくれ。
こんばんは、ルーバランです。
「結婚は幸せな『家庭』を作るための『過程』」……ちょっと自信作なフレーズです( ̄ー+ ̄)
それでは今後ともよろしくです。