295話:話し合い
授業が終わり、部活が始まる前のちょっとした時間。
……駅伝前に説得失敗して諦めてたけど、もう1回だけチャレンジしてみよう。
「先輩方、よいですか?」
「いや」
……あ、あきらめないぞ。
「先輩方、よいですか?」
「いや」
……な、なんでやねん。も、もう1回だけ。
「先輩方、よいですか?」
「……何?」
おお、ようやく反応してくれた。
「あのですね、お願いがあるんですよ」
「いや」
……め、めげないぞ。
「内容だけでも聞いてくれませんか?」
「いや」
……頑張れ俺、負けるな俺。
「あのですね、陸上、頑張ってみませんか?」
「……やっぱりその話か。前に嫌だって言ったじゃん」
確かに先輩達、そう言ったけど俺としては頑張ってほしいんです。
「何でそんな嫌なんです?」
「……ヤスさあ。考えてもみろよ。長距離を真面目に走るのってめっさしんどいんだよ」
まあ、しんどいけど。でもそれだけの理由だったら、なんで長距離を選んだんだろう?
「それにさ、散々しんどい思いをして、勝てないってどうよ」
……まあ、勝てないと楽しくないのは確かにそのとおりかもしれない。けど、初めはみんなそんなもん。徐々に楽しくなってくるものだろ。
「俺らの代でウララ先生って顧問が来てくれたけど、短距離の顧問じゃん。長距離に顧問いないじゃん。俺高校から陸上始めてさ、右も左も分からないまま誰も教えてくれない状態だったりしたんだよ。何を頑張れというのさ?」
……それは。ちょっとだけ同情してしまう。先輩達も、入部したての瞬間はもっとやる気だったんだろうな。でも、指導してくれるポンポコさんみたいな人も、練習を見てくれる顧問も、一緒になって頑張ろうって言ってくれる先輩もいない。練習する環境もまったく整っていない。
……やる気がなくなってしまうのもしょうがないのかもしれない。俺は指導してくれるポンポコさん、一緒にガンバろって言ってくれるケンやユッチ、アオちゃんがいるってだけですごく恵まれてる。
「今は顧問じゃないですけどポンポコさんがいます。長距離の練習をいろいろ知ってますから頑張り次第でかなり伸びますよ。で、それとですね。今ポンポコさんともう1人顧問を見つけようって考えてるんですよ」
「ヤス、別にいいよ」
……先輩、まだ全部説明してないっす。
「俺達、どんなに長くても5月の初旬に引退なんだよな。あと実質5ヶ月かな。今からどんなに頑張ったところでどうにかなるもんか? どうにもならんもんだろ」
……たいていの人は『もう少し早く始めていれば……』って後悔するらしいけど。そんなもんなんだろうか? 本当に5ヶ月じゃどうにもならないものなんだろうか?
「4ヶ月で確かにヤスは17分台までタイムを伸ばしたけど、けどやっぱり4ヶ月だとそれぐらいだろ? 上の大会を目指せない、先が見えないって時点でやる気なんてもうないよ」
……そんなもんか。
「来年の駅伝に出るって訳には行かないんですか?」
「3年の秋まで陸上やれってか? それこそ無理無理。大学受験もあるし、そこまでの情熱を陸上に傾けられない」
……そっか。3年秋まで陸上をやろうとすると、どうしても受験勉強に差しさわりがあるもんな。
「……わかりました。ありがとうございました」
「ま、ヤスはヤスで頑張れ。応援だけはしてる」
……あーい。
「ところで、マルちゃんとノンキはまだ1年以上あるわけだけど、頑張る気はあるか?」
先輩達と俺の話をいままで隅っこで聞いてた2人に軽く質問してみる。
「ぼ、僕はいいよ。もともと陸上を頑張るとかそういう理由で陸上部に入ったわけじゃないし」
……確かマルちゃんってやせるために陸上部はいったんだったよな。まったくやせてない気がするけど。そのままの練習方法じゃいつまでたってもやせない気もするな……まあ、俺が口出しすることじゃない。
「ノンキは?」
「……俺も別にいい。陸上に強い思い入れがあるわけじゃないし」
「最初っからみんながみんな陸上に思い入れがあるとは思わないけどな。練習して、強くなったことを実感して初めて楽しく感じられるんかも知れないし」
ってかそういうものだろ。テニスだって相手とラリーが続くようになったとき初めて面白いと思えるようになるもんだ。それまでは特別な人以外は早々競技に対して思いいれなんてあるものじゃない。
「でも俺は今のままでいい。ヤスは上の大会目指して頑張れば?」
……そか。まあ、それならそれでしゃあないな。
「先輩方、わざわざ話聞いてくれてありがとうございました、それでは」
そういい残して、俺はポンポコさんの下へ。先輩達の説得が失敗したからって俺のやることが変わるわけじゃない。
今日の練習を頑張るだけ。毎日少しずつ頑張っていれば、いつかきっと何とかなるさ。