289話:笑顔のユッチ
12月9日。今日で期末テスト3日目、ちょうどテストのど真ん中の日。
テストの真っ最中。科目は数学。
カリカリというシャープペンシルを必死で動かす音がそこらじゅうから聞こえる。
早い人やすでにあきらめてる人は手を止めてボケッとしてる。
……俺はと言うと、必死で動かしている人の1人。途中の計算式で計算をミスっているらしくて、何べんやっても答えがうまくでない。……後この1問とけば完答なのに。
「……それまで! 鉛筆置いて、後ろから解答用紙集めてー」
うあああ! 解けなかったあ! なんか悔しい。自分の答案はもう計算式でぐちゃぐちゃになってる。これだけ頑張ったんだから努力点とかくれねえかな……ま、無理か。
「ヤス君、お疲れ様です。調子はどうですか?」
「いやあ、もう全然駄目。1日目と2日目なんてぼろぼろだったし」
土日はほとんど勉強しなかったからなあ。土曜日、インターバル走が終わったあとしんどくて何にもする気が起きずすぐに寝ちゃって、日曜日も同様。
そんな状態で月曜日、テスト初日に臨んだらまったく分からなかった。あの土曜日の練習さえなければ……別にポンポコさんを恨んじゃいないが。
「そういえばヤス君、知ってますか?」
「んー、何を?」
「今日、ユッチの誕生日ですよ」
……知らなかった。どっかで聞いたような気もするけど、完全に記憶から抜けてるなあ。
「何か準備してあげると、ユッチすごく喜びますよ」
「や、そうは言ってもだな。明日もテストがあるからそんな時間はそうそうとれないっすよ。アオちゃんの方こそなんか準備したの?」
時間があればポンポコさんのときみたいになんか探しに行って買い物。と言うこともできるんだけど。今回は本当に時間がない。
「私は今日の朝あげてきましたよ」
ふむ。アオちゃんと合同でプレゼントと言う策はもう使えないわけか。
「私のときみたいに、何にもしないって言うのもありですけどね」
……アオちゃん、根に持ってるな。ものすごい皮肉っている声色だ。
いいじゃん、アオちゃんって誕生日の時には彼氏いたんでしょ。誕生日は彼氏さんから豪勢なプレゼントをもらえたりしたんじゃないの? それで十分やん。
「まあ、ユッチだって俺の誕生日のとき何もなかったんだからそれでもいいよな」
うん、それでいいんじゃん? また来年考えよう。
「……ヤス君、ヤス君にとってユッチとはなんなんでしょう?」
……なんだいきなり。アオちゃんが大真面目な顔をして俺に問いかけてきた。不正解を言ったらものすごくまずいようなことが起きる気がしてしまう。
「えっと……友達だけど」
まずいことが起きる気がしたとしても……友達としか言いようがないからなあ。
「じゃあ逆に、ユッチにとってヤス君とはなんなんでしょう?」
……なんだこの禅問答のような質問は。答えの無い質問ほど答えにくいものは無いんだぞ。
「……友達じゃないの?」
「そうですよね。でもそれだけじゃないんですよ?」
……なんでやねん。
「ユッチにとってヤス君って唯一の男友達だったりするんですよ?」
「いや、知らんから。ってかケンは?」
「ケン君はユッチの中では『陸上部の同級生』って立場です。以前ユッチに聞きました」
「なんて?」
「『ケン君ってどう思いますか?』って聞いたら、『えっとお……ただの同級生だけどそれがどうかしたあ?』って答えてました」
……ケンは友達って思われてないんだなあ。不憫。
別に同性の友達が大勢いりゃそれでいいやん……ってユッチのクラスメイトの反応、ずいぶん前に一度見たけど、クラスでもあんまり仲よさそうな人いなかったなあ。同性の友達も少ないのかな……ま、友達は人数じゃないさ。俺も友達少ないし……うん、なんだか悲しくなってきた。
「多分ユッチの中ではヤス君ってその中でも『すっごく仲のいい友達』って枠組みにはいると思いますよ」
……そんなこと言われてもだな。
というか友達をランク付けしちゃあかんだろ……と言っても、ケンを一番の友達って言ってる自分もランク付けしてるんだよな。
「ほらほら、なんだかすごく何かをしてあげたくなってきませんか?」
アオちゃんに促されて何かするのはなんだかすごく悔しいんだけど……確かにユッチに何かしたくなってきた。
んー……帰ってなんか準備するかあ。
……今、ユッチの家の前。テストが終わってまっすぐに家に帰って、ドタバタしながら準備して、ようやく到着。
「すう……はあ……」
な、何故か緊張する……緊張なんかしなくていいのに。
……よし、押すぞ。
ピンポーン……。
「はいはあい」
お、ユッチだ。
「俺俺、ヤスヤス」
「あ、ちょっと待ってねえ」
ちょっと待った後、ドタバタという音がして玄関が開く。ユッチが現れた。
「こんちはあ! ヤスう、突然どうしたんだあ?」
「あのさ、今日ユッチの誕生日じゃん」
「あ、知ってたんだあ! ボク、ヤスの事だから知らないと思ってたあ」
ユッチの顔がすごく嬉しそうな顔になった……誕生日って覚えてるだけでも嬉しく思えるもんなのか。
「わざわざお祝いの言葉言いにきてくれたんだあ。ありがとお!」
「お祝いの言葉だけじゃなくて……ほい。プレゼント」
ほいっと紙包みをユッチの手の上に載せる。
「……ええ!? ボクに?」
……目をまんまるにしながら俺に聞いてくるユッチ。ってかそんなに驚かなくても。
「そうそう……ってそんなに意外か?」
ユッチが中を開けたら、そこには色とりどりのクッキー。
……すみません、時間がなくてそれぐらいしか作る事が出来ませんでした。
「うううん……ありがとお……ヤスう」
え? 何でそんな泣きそうな声になってんの!?
「あ、え、あ、え? ど、ど、どしたの? ユッチさんや?」
「あ……ご、ごめんねえ。ボク、嬉しくても涙って出ちゃうんだあ……」
……や、もうそれ今日急場しのぎで作ったもんだからそこまで喜ばれると俺の心が痛いっす。
「……ボク、すごく嬉しい……ありがとお! ヤス!」
「あ、こちらこそ。よろこんでくれてありがと」
……来年はもうちょっと、頑張って何か作るかな。
「あ、そうそう! 夕飯家で食べてってよお! サツキちゃんもこっちに呼んで! 今日もっとヤスとサツキちゃんと話したいんだあ!」
……えっと、明日テストなんですが。
「……ダメかなあ? ヤス」
おいユッチ、その上目遣いとかずるいだろ!? そんな風にお願いされたら断れないっす! ユッチめ、いつの間にそんな技を……ま、でもこれだけ喜んでるユッチのお願い断るのも気が引けるよな。明日の事は忘れて、今を楽しもう。
その後、サツキもユッチの家に呼んで、ユッチと3人で楽しく遊んだ、こんなひとときもあっていいな。