275話:大げんか
「そういやアオちゃんのほうこそ、誰かと付き合った経験あるの?」
夏合宿に聞いた話ぶりだと、過去に何人かと付き合ってるんだろうなあと思ってるんだが。
「今付き合ってますよ? 知りませんでしたか?」
「…………今なんと?」
「今付き合ってます」
「…………ええ!?」
初めて聞いた。全然知らなかった。
「というかいつから?」
「この4人でパジャマパーティーやった後ぐらいからですね」
……そうだったのか。ってか土曜日なんか部活終わった後、ほとんどユッチと買い物行ったり遊びに行ったりしてるし、昼もクラスメイトと食べてたりしてるし、部活帰りも俺らと帰ってるし……全然男っ気がないと思ってたんだけど。日曜日くらいにしか会ってないんじゃん?
「ところでアオちゃん先輩、『一応』男のヤス兄がここにいるんですが、彼氏がいるのにここに泊まりに来てていいんですか?」
『一応』のところ、そんなに強調しないでくれ、サツキ……。まあでも、本当に彼氏さん、嫌がらないのかね。
「大丈夫ですよ、友達のところに泊まりに行くのに何か問題ありますか? 別にヤス君と2人っきりになる訳じゃありませんし」
……そうなのか? 普通なのか? どうなんだ? けど、俺だったらサツキが男友達の家に泊まりに行くなんて言ったら、絶対止めそうな気がするんだが。過保護と思われようがそうするぞ。
「…………ボクもしらなかったあ」
ってユッチも知らなかったのか。んじゃ俺が知るはずないよな。
「あれ? ユッチに話してませんでしたっけ?」
「聞いてないよお? なんでなのお?」
「あまりユッチが恋愛話が好きじゃないから話さなかったのかもしれませんね。コイバナを好きじゃないユッチにその話をしてもしょうがないですし、意味ないですから」
「なにその言い方あ!? うううううう……確かにボク、コイバナ好きじゃないけどお……なんでなんにも話してくれないんだあ! ボクはアオちゃんになんでも話してるのにい!」
ど、どうどう。クールダウンしようぜユッチ。
アオちゃんも言葉をちょっとだけ選ぼうよ。
「ええと、なんでといわれましても……聞かれなかったからとしか言いようがないのですが。私、ユッチに何もかも話してるわけじゃありませんし」
「なんだよそれえ!」
ユッチ、そんな大声ださないで! アオちゃんも火に油をそそがないでください! 今は夜! ご近所さんからクレームきちゃう!
「じゃあアオちゃんって聞かないと何にも教えてくれないのお!?」
「別にそういうわけじゃないですよ。そんな極端な話にしないでください」
「でもさあ!」
ああ、ユッチの怒る気持ちはすっごい分かる。分かるけどお願い! ちょっとだけ落ち着いてください! もうすぐ9時になろうと言うのに、よいこはおねんねの時間です!
「別にユッチだって私になんでも話してるわけじゃないですよ」
「何その言い草あ! ボク話してるよお!?」
「そうですか? では聞きますが、今日の朝御飯、ユッチなに食べました? 聞いてないです。ユッチのお兄さんとお姉さん、この前の3連休に2人で鳥羽に旅行に行ったそうですが、ユッチからは聞いてないです。この前のテスト、ユッチは悪かったからって何も話してくれませんでしたよね」
……アオちゃん、そんな揚げ足とりみたいなことしなくても……。
「そ、それはそうだけど、それとこれとは別だろお!」
「あ、あのさユッチ、ちょっとだけ声のトーンをだな」
たまりかねて口を挟もうと声をかけてみたんだけど、アオちゃんとユッチの2人の間で火花が散っていて、まるで俺の声なんか聞いちゃいねえ。
「それに、パジャマパーティの後、普段話せないいろんな話をしよって言ってアオちゃんが交換日記はじめたんだろお! そういう大事な事を何にも書いてくれないなら何のための日記なのさあ!」
「ええと、ユッチ、怒るのは分かるんだけど……」
「ヤスは黙っててえ! これはボクとアオちゃんの問題なんだあ!」
……はい。
「別にユッチに話さなきゃいけない義務があるわけではないですし。相談するような事も全くなかったんですよ。今話したんですから構わないじゃないですか」
あ、アオちゃんさあ。アオちゃんもアオちゃんでクールダウンしようぜ。そう言う言い方をするといろんな人の反感かっちゃうぞ。
「アオちゃんは困った時しかボク達に何にも話してくれないんだあ! 今日だってどうせ都合が悪い事があるから集めようって魂胆なんだろお!?」
「そんなことないですよ。ただ4人で集まってしゃべりたかっただけですってそんな風に思われるのは心外です!」
「嘘だ嘘だ嘘だあ! アオちゃんの言う事なんて信じられないんだあ!」
あああ……泥沼というかなんというか。そしてこんな時にも『明日のご近所さんへの対応どうしよう』とか『今日は眠れないかもなあ』としょうもない事を考えている。
「私の言う事信じてくれないんですね……そんな風に考えるユッチ嫌いです!」
あああ……言ってはいけない最後の一言を。
「……アオちゃんがボクの事を『嫌い』って言ったあ」
「言いましたよ?」
「『嫌い』って言ったあ……『嫌い』って言ったあ!」
「それがどうかしましたか?」
「ううううう……アオちゃんなんかあ! アオちゃんなんかあ!」
そう言い捨てると、ドアをバシンと開けて、ドタバタと2階に上がって行く。
アオちゃんはアオちゃんで、2階に上がって行ってしまったユッチの事なんて全く見る事もしないで、座り込んでいる。
「ええと……サツキ、どうしよ? とりあえず俺がユッチのほう見てこよか?」
「あ、私がユッチ先輩を見に行くから、ヤス兄はこっちの対応よろしく」
そう俺に頼むと、サツキはユッチの後を追いかけて行った……サツキめ、楽なほうを選んだだろ。アオちゃんのほうが機嫌なおしてもらうの大変な気がするんだよ。
……はああ、最近そこかしこでケンカばっかりしてる気がする。ヤマピョンもまだ部活に来てないし……平和な毎日が欲しいよう。