254話:ヤス、走る
「ゼッケン、10番! 10番の学校!」
運営委員の人がメガホンを使ってゼッケン名を叫ぶ。
……あ、俺だ。思ってたより来るのが速いな。ヤマピョン。
「ヤス兄、今呼ばれたね。頑張って!」
「あいよ、がんばってくるっす」
サツキに激励をもらって、スタートラインに立つ。ヤマピョンが頑張ったみたいで、俺の後ろにまだ10人くらいいる。今現在40番目。
えっと、ヤマピョンのやつ6人抜いたのか、すげえな。
「ゼッケン24番! ゼッケン52番! ゼッケン17番! ゼッケン51番!」
えええ!? そんな一気に来るの!?
何で3区も走ってていまだに団子状態になってるのさ!?
ゼッケン24、52、17、51をつけた各高校のランナーが俺の隣に立つ。
……なんかみんな強そうだ。
「ヤス兄! 負けるなー!」
気楽に言うなー!
……あ、ヤマピョンが見えてきた。
普段、練習中はほとんど顔色変えず、息もそんなに切らさないヤマピョンが、もう今にも倒れそうな感じ。いつやめてもおかしくなさそうな雰囲気だけど、それでも頑張ってここまで持ってきてくれたんだ。
「ヤマピョン! ラストファイト!」
「ヤマピョン先輩! 頑張って!」
後ろからスパートをかけてヤマピョンに猛追する4人のランナー達。ヤマピョンも気づいてるっぽいんだけど、足が全然動かないのか、スパートをかけられない。
ヤマピョンが俺の声に気づいたのか、のろのろとタスキをはずす。
「ヤマピョン! 頑張れ!」
あと100m……あ、1人に抜かれた。
2人目、3人目にもすっと追い越され、最後の1人も今にも追い抜かれそうだ。
俺にタスキを渡そうとするヤマピョン、俺もヤマピョンからタスキを受け取ろうと手を伸ばす。
今タスキがつながった。
「お疲れヤマピョン!」
なんとか4人目のランナーに抜かれる前にタスキを受け取ることができた。
声をかけると同時に、前を走るランナーを追う。まだ10mも離されてない、すぐに追いつける。
ちょっと走ったところでタスキを肩にかけ、キュッと紐を引っ張り、腰に紐を入れて引き締める。あ……ストップウォッチをスタートさせるの忘れてた。今からでもとりあえずやっとこ。
「……」
どさっと倒れる音がした、ヤマピョン……タスキを渡したと同時にぶっ倒れたか。
お疲れっす。
次は、俺の番だ。前のやつらにくらいついてやる。
スタート同時に速いペースで前を走っている3人に追いつく。後ろからもう1人のランナーもくっついて総勢5人のグループになった。
「はっ……はっ……」
タッタッというリズムで、テンポよく走る。この集団、いつもの練習よりかなりペースが速いな。新人戦のときに延々とくっついてたあの人よりも速く走ってる気がする。
……このペースはやばいか? や、いけるいける。この集団から遅れて一人で走るのと、この集団にくっつくのだったら、くっついていった方が絶対タイムが速いだろ。
くっついていくと決断する。そうと決めたらどこまでもくっついていってやる。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
ち、隣で走ってるやつ、めっちゃ息荒い。なんか気になってしょうがない。
まだきっと1キロも走ってないぞ。そんなにいき荒れてて大丈夫かいな。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
「はあっ! はあっ! はあっ!」
くっそ……何で俺まで……こんな息遣いになってんだよ。こいつらペース速すぎだろ。ちったあペース落とせってんだ。
現在もまだ5人の集団で走り続けている。誰も脱落しない、誰も抜け出さないと言う状況。けど、集団の中でも大きな違いがある。
俺と隣のやつは息をぜいぜいならしながら走ってるのに対し、前方で集団を引っ張っている2人と、後ろにコバンザメのようにくっついてる1人はまったくもって息を切らせた様子が無い。
「はあっ! はあっ!」
つーか、今何キロなんだよ。区間距離とかどこにも書いてないんだけど……後どれくらい走ったらいいんだよ。
ちらっとストップウォッチを見たら、10分10、11、12……。俺のスピードって大体1キロ3分50から4分だから……まだ2キロ半くらいしか走ってないのか……。
まだ5キロ半残ってる……見なきゃよかった。
「ヤス、がんばれー!」
……あ、ゴーヤ先輩とキビ先輩……応援ありがとっす、でも頑張れないっす。きついっす。
ちらっと横目で2人を見て、5人の集団のまま駆け抜ける。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
「はあっ! はあっ! はあっ!」
……息がきつい。隣のやつ、即効でくたばりそうなのに、いつくたばってくれるんだろう……。
また時計を見たら、今は15分48秒……ここで後ろにくっついていた1人がずるずるとはなれていってくれた。
……ふ、ふう。ようやく1人脱落か、息切れしてなかったからもっとついてくるかと思ってたんだけど。それよか俺の隣で息を乱してるやつが脱落してほしい。この息切れの息遣いは気になってしゃあない。
「ヤスう、ファイトだあ!」
……ユッチ、サンキュ。あとちょっと頑張ろうって気になった。
「ヤス君、一緒にがんばりましょう!」
……アオちゃん、確かに『一緒に頑張りましょう』とは以前言った気がするけどさあ。何かが違うぞ。絶対に何かが間違ってるぞ……やべえ、気が抜けてしまった。
「はっ! はっ!」
さっきよりさらに呼吸が荒くなってきた。
でも、この集団から遅れると、ずるずるといってしまいそうでペースを落とそうにも落とせない。まだこの集団のペースが落ちない。……誰か俺より先に脱落してくれよ。
……やっばい、唾がたまってきた。いつもなら飲み込むんだが……唾……はき捨てるか……。
いやいや、なんかやっちゃいけない気がしてきた。ユニフォームにつけるのも絶対いやだし……うん、飲みこもう。
「んぐっ……ごほごほっ! はあっ! はああっ!」
やばっ、めっさ息がつらい。やっぱりはき捨てりゃよかった。
……ど、どうにか息を整えないと……。
「はっ! すーっ……はああっ! はっはっ!」
意識的に呼吸を整えようと、思いっきり息を吸おうとしたら、余計苦しくなった。あかん、何馬鹿なことばっかりやってんだ俺。
「はっはっはっはっ!」
やばい、集団を引っ張ってる人たちがペースをあげやがった……俺一人だけどんどん遅れてく。
ち……違うなあ。俺一人だけペースが落ちてるんじゃんよ。あの呼吸を乱してるやつにまでどんどんおいてかれていく。
まちやがれよ……てめえら……俺のペースに合わせろってんだ……。
ちらっと時計を見直したら、今は20分34……5……6……今ようやく5キロ越えたあたりか? まだ3キロあるんかよ……。
中間地点はどこだったんだろうなあ……。
25分……0……1……2……遅れてから地面と時計ばかり見てしまう。駄目駄目だ、俺。せっかくみんなが頑張ってつないできてくれたのに……きっついんすよ。
「はあっ……はあっ……」
遅れたと同時に、自分の足が遅くなったことを実感する。
体に感じる風も、周りの風景の動きも、突然遅くなった。
「はあ……はあ……」
まるで歩いてるみたいだ……ほんとに動かない。
タッタッと走っていた足音も、今ではドスンドスン……。
くそお……どうにか動けよ。
「はっはっはっはっ」
息遣いが聞こえてきた……誰の音だ? チラッと後ろを振り返ってみると、先ほど遅れた奴がまた俺に追いついてきてた。
……まじか。この野郎はしっかり自分のペースで走り続けて立って事だよな。
隣に並ばれた。俺の方をチラッと向いて、またすぐに前に向き直り走り始める。相手にされないまま追い抜かれそうだ。
「くっそ……はっ……はっ……」
そう簡単に抜かせるかよ。
「……はあっ! はあっ!」
落ちてたペースを無理矢理上げようと腕をぶんぶんふって、勢いつけて走ったけど、いったん落ちてしまったペースは全然元に戻らない。全然ついていけない。
駄目だ、完全に体力が切れてる。
追いつこうと言う気力すらわいてこない。
……誰だよ。体力が切れたら精神力でカバーとかふざけたことを言った奴。体力切れたと同時に気力も精神力も集中力も何もかもふっとんでるんだけど。
「はっ……はっ……」
ゴールはまだか……。
「はっ……はっ……はっ……」
息がきつい。わけがわからない。
時計を見た。29分48……49……まだゴールが無いんだろうか……。
応援してる人がさっきからラストファイト! っていってくれてるからゴールが近いと思ってるのに、全然ゴールが見えてこない。
「ヤス、残り400だ! スパートだ!」
あ、ポンポコさんだあ……。ポンポコさんにいい走りを見てもらおうと思ってたのになあ……。
全然な走りを見せてしまった。
「ヤス! スパートだ! 抜かれるぞ!」
……まじか……? 後ろを振り返ったら、1人のランナーが俺を追い越そうとスパートをかけている。
……このまままた順位を落とすのか……? 嫌や。
「ヤス! 振り返るな! 前を見ろ!」
……りょーかいっす……ポンポコさん。
ずっと地面ばかり見てたけど、前を見たら次の走者のワンニャンコ先輩が待っている。
そうだった……タスキをつながなきゃ。
「ヤス! タスキをはずせ!」
ポンポコさんの声に反応して、重い腕を持ち上げて無理矢理タスキをはずす。
ぎゅーぎゅーに握り締めて、残りの距離を走る。
後ろからは少しずつ足音が大きくなってきた。
「ヤスー!」
……ワンニャンコ先輩に……とにかくタスキを……。
後ろのランナーの息遣いまで聞こえてきた……やばい。
「ヤスー!」
……あ、ワンニャンコ先輩が大きくなってきた……。
「……おねが……します……」
右手をワンニャンコ先輩に突き出し、ぐるぐるに丸めたタスキを渡す。ほぼ同時に後ろから来たランナーも次の走者にタスキをつなぐ。
「お疲れ!」
バシン! と背中をたたかれ、ワンニャンコ先輩は走っていった。
……タスキ……つなげた……。