218話:上には上が、下には下が
ども、アオちゃんとサツキに落ち込まされて限りなくブルーな気持ちです。
お、ようやくウララ先生や他の女子部員もやってきた。
「おはようポンポコさん……ふぅ」
「おはようヤス。朝一番に私の顔を見ていきなりため息をつくとは、なかなかいらだつ行為をしてくれるではないか。私に会う事がそんなに憂鬱か? なんだか顔が暗いぞ」
「ああ、ごめんごめん。気にしないでくれ……ふぅ」
「だからため息をつくなというに、ため息は幸せを奪うというのだぞ」
「奪うんじゃなくって、逃げるじゃなかったっけ? まあどうでもいっかあ……ふぅ」
「…………………………」
ビコンッ!
いったあ……。
「あの、ポンポコさん。ものすごく痛いので予備動作無しのデコピンは勘弁していただけないでしょうか」
「ヤスが悪い。人の顔を見てため息をつくな」
「ポンポコさんのせいじゃないから、気にしないでいて欲しいっす」
むしろ、気を許した相手じゃないとため息は出ないんだぞ。だから目の前でため息してもらったら光栄に思うんだ! ……無理か。
……ま、いいや今日の練習やろやろ。
「ポンポコさん、今日のメニューはなんぞや」
「そうだな、今日は……」
「ヤスとポンポコ、ちょっといいかな」
……ん?
「なんですか? ウララ先生」
「今日、ヤスさ、女子陸上部と400m勝負しない?」
「……なんでですか?」
突然それをやる意味が分からん。
「レペだと思ってさ。今までヤス、スピード練習やった事無かったでしょ? たまには気分を変えてこんな練習してもいいんじゃない?」
「……レペって何?」
全く聞いた事がない。
「ポンポコ、解説」
ウララ先生、ひでえ。ポンポコさんを歩く辞書みたいに使ってるっすよ。
「レペとは、レペテーションの略だ。1000mや2000mといった距離を2〜3本程度走る、そして間に10分から20分程度休憩を取る。走る時の気持ちとしては、全力走に近い。ただし、2本目や3本目も1本目と同様のタイムで走らなければならない……大体こんな所だな。ただし長距離が400mのレペテーションなんぞやらないぞ」
……駄目やん。
「まあまあ、たまにはいいでしょ? いつも1人で練習してるヤス君に、一緒に練習する楽しさを時々でいいから味わってもらいたいって言う先生の気持ちがわからない?」
「わかりません」
そんな嬉しそうに何かを企んでいる顔で言われたって、警戒だけするっす。
「……ヤス、坊主になって丸くなったと思ったのに、丸くなったのは頭だけなのね。性格は全然丸くなってない。もうちょっと素直に人の言う事聞けるようにならないと人生渡っていけないわよ」
性格は髪切ったぐらいじゃ変わらないですよ。素直になんてなれなくたっていいし。
「ま、いいから戦いなさい」
「何ですかそれ!? ポンポコさんもなんか言ってやってよ!」
「ヤス、長距離の練習で400m1本だけという練習は確かに効果が高いとは思えないが、たまには遊び気分で参加するのもありだと思うぞ。実際毎週土曜日はいつもペース走をやっていたが、そろそろ最近の練習は飽きたのではないか?」
「飽きた」
毎週土曜日と言うか、平日もほとんど似たような練習。めっさ飽きた。
「変化が必要なのだから、今日はそんな練習をしてもいいんじゃないか?」
なるほど……そんな考えもありか。
「今日は最後の晩餐と思って楽しめ。別に今後も楽しくやるつもりだが」
……最後の晩餐ってそう言う意味で使うのか?
結局、女子との400mの勝負をする事になってしまった……まあ、決まったからには一生懸命やるだけだ。
40分程度アップをして、400mのスタートラインにつく。
「今回はセパレートコースでいきましょう。スタートブロックを出すのが面倒なので、スタンディングスタートでやります」
……えっと、セパレートコースは……走るコースが決まってて、選手同士がぶつかり合ったりしないこと。スタンディングスタートって言うのは立ったままスタートする事だよな。
「3レーン、キビ! 4レーン、アオちゃん! 5レーン、ゴーヤ! 6レーン、ヤス! 7レーン、サツキ! 8レーン、ユッチ! 厳正なるクジの結果、このようになりました」
「はあ……ボク大外かあ」
……大外って嫌なのか? 走った事無いからよく分かんねえな。
「それでは準備はいい?」
「オッケーっす!」
高校入学時より、かなり体力ついてんだ。負けねえぞ。
「位置について……ヨーイ、ドン!」
ドンの合図とともにポンポコさんがストップウォッチのスイッチを押して、6人一斉にスタート。
「キビ、アオちゃん、ゴーヤ、ヤス、サツキ、ユッチ全員が一斉にスタートしました!」
……ウララ先生、実況するのやめてください。
まずは目の前を走ってるサツキに追いつかないと。
って速いな!? 全然追いつけねえ!?
たかだか400mだ、最初から全力で行く。腕を大きく振って足も大きく伸ばしてストライドを広くとって走ってるのに。ユッチのちょこまかした走りにも、サツキのはねるような走りにもどっちにも追いつけない。
100m通過……スタートから100mまではカーブコースだから、内側を走ってる俺の方が速いはずなのに全然追いつけなかった……サツキってこんなに速かったっけ!?
……まずいって、このまま負けちゃったら兄としての尊厳と言うか風格と言うかがボロボロに崩れちまう。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。
……後ろからタッタッという軽やかな足音とともに、不気味な息づかいが聞こえる……まだ200mもいってないんすけど。
チラッと横を見たら、もうゴーヤ先輩が横を走ってる。ゴーヤ先輩に簡単に抜かれるわけにはいかないと思ってペースをあげようと試みたけど、簡単に離されてく……まじかよ。
……200m通過。未だに1レーン外を走っているサツキに追いつけん。ユッチには逆にさっきの200mで離されてしまった。ゴーヤ先輩はもう遥か彼方。
ラスト100mのストレートに入る前にサツキに追いつかねば!
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。
ドタドタと足音をたてながら、必死で後ろに腕を振って走る。ってか5000mの走りとは全然違うきつさがある……。
肺が苦しい。息が吸いたい。息を吸わせろ……。
……そんな事を思いながら走ってたら、内側からキビ先輩がささっと抜いていきやがった……チクショ、なんだよこいつら。
「みんな、ラストファイト! ラストスパート!」
ラスト100m。かなり前にゴーヤ先輩、結構前方にキビ先輩、ちょっと前にユッチ。
隣をみるとサツキ……ここでサツキに負けるわけにはいかねえだろ。
たった300mで息も絶え絶えになってる……っていうか肺が痛い。肺が……。
残り50mを切った。まだサツキとの並走は続いている……気持ちで負けた方が負けだろ。
……残り40……あれ?
内側、4コースを走っていたアオちゃんが突然視界に入ってきた。
ずっと後ろを走ってると思ってたから、まさか隣を走られるとは思ってもみなかった。
……まずい、なんかアオちゃんの方がペースが速い。
……30、20って抜かれた!? 待てまてまてマテ!? アオちゃんに負ける訳にもいかんだろ!?
必死で追いすがる! 負けない負けない! 負けたくない!
「結果発表〜。ドンドンパフパフー」
……明るいっすねウララ先生。なんだかこちとらものすごい吐き気がするって言うのに。
長距離の練習もきついんだけど……短距離走は吐く。まじで吐く。むしろ吐かせてください。
「1位、ゴーヤ! タイム、60秒42! スタンディングスタートで争う相手がいない中、このタイムは立派だよ」
「ありがとうございます」
「2位、キビ! タイム、62秒55……不思議なんだけど、何でハードルがあってもそんなにタイムが落ちないの?」
「練習の賜物です!」
「3位、ユッチ! タイム、63秒72。400mはやっぱりちょっと苦手かな?」
「大外嫌いなんだよお。クジ、大外れだあ……」
「4位、アオちゃん! タイム、66秒29! 新人戦地区予選の時から、1秒以上もタイムが縮んでるよ」
「……でも、まだまだです……」
「5位、サツキちゃん。 タイム、66秒42。今からこのタイムなんて、期待の新人だね」
「ありがとうございます!」
「6位……プッ」
「そこ、笑うなあ!」
「ごめんごめん、66秒66。ぞろ目賞を進呈しましょうか!」
……嬉しくねえ。
「さてさてアオちゃん、本当にまだまだかなあ」
「……まだまだ全然です。私の今のタイムじゃチームの足引っ張っちゃいます」
「アオちゃん、4月の入学時、陸上初心者だったでしょ? そもそも運動自体ほとんどしてこなかったでしょ?」
「そうですけど……」
「なんと、中学から野球で運動してきたヤス君に勝てちゃった!」
……もしかして、この結果、ウララ先生は予想してたのか?
「ヤス君に勝ててもしょうがないです」
……アオちゃんもひでえ。
「アオちゃん、上ばっかりみてると、疲れちゃうよ? 時々は振り返ってみて、自分がどれだけ成長したのか、考えてみてもいいんじゃない? ほら、4月の時にはどんなに頑張っても勝てそうになかったヤス君に勝っちゃったでしょ? 下には下ができてくるよ?」
……俺をダシに使わないで。
「……振り返る余裕があればそうします。頑張っているつもりなんですけど……結果が伴ってこなければ意味が無いです……頑張るって何なんでしょう。もっと頑張れって事なんでしょうか?」
「結果は伴ってるよ? そんなに張りつめない事。確かに上には上がいるものだけど、それ以上に下には下がいるものだよ。ほらこんな所にも」
みんなでこっちをみないで!? ……だからウララ先生、俺をダシに使わないで。
「…………」
あ、アオちゃんダウンに行っちゃった……。
「ありゃあ、『私って実は強くなってたんですね!』って元気になって欲しかったんだけど、失敗しちゃったなあ」
……そして俺の心に傷を作るんですね、ウララ先生……。
こんばんは、ルーバランです。
高1時代、私も400mのベスト、66秒でした。
そして高1の新人戦、5000mで最初の400mのタイムが68秒、1500mでは66秒で走ったりしてました。
みんなに『バカ?』って言われました。
66秒でしか走れなかったので、短距離女子には普通に負けました(T_T
それでは。