201話:ヤス、試合開始
4×400mリレー女子が失格で敗退した後、男子4×400mリレーも決勝進出はならず。
男子4×400mリレーが敗退した時点で、大山高校陸上部で残っている競技はキビ先輩の400mH決勝、ボーちゃん先輩の400mH決勝、そして俺+先輩2人が走る5000m決勝の3種目。
まだまだ時間があるって言うのに緊張する……。
現在15時、そろそろ俺の試合開始時間が近づいてきた……。
ユッチはあの後アオちゃんに頭をなでられながらわんわん泣いて、今はすごい晴れやかな顔してる。さっきからずっと笑顔でアオちゃんとゴーヤ先輩と話してる。
……俺が緊張して何べんもトイレ行ってる横でアオちゃん達とものすごく楽しそうに話をされると……。
あ、なんだかムカついてきた。
「……ていっ!」
チョッオップ!
「いったあ!」
ふっふっふ、ざまあみろ。
「何するんだあ!? ヤスう!」
「ユッチの顔を見ていたら、なんだか腹が立ってきた」
「なんだよそれえ、ボクヤスに何かしたあ!?」
「ユッチは何もしていない。だがユッチだからチョップした、反省はしていない」
「訳分かんないよお……反省しろお!」
「だが断る」
「……意味わからない言葉使うなあ! ちゃんと反省しろお!」
……うるさいやい、そんな晴れ晴れとした顔をしやがって。緊張しているこっちの気持ちになってみろい。
「ユッチ、怒っちゃ駄目ですよ。ヤス君の今のチョップは下手な愛情表現なんですから」
「そうなのお?」
「そうですよ、好きな子をいじめたい男の子の心理を分かってあげましょう」
「アオちゃん、やめて」
そんな小学生の心理はとっくに卒業したから!
……くそ、ユッチをいじってたら緊張もほぐれるかと思ったけど全然緊張がほぐれない。
「なあポンポコさん、試合前のアップってどれくらいやるのがいいんだ?」
「いつも通りにやるのが一番だぞ、ヤス」
「いつも通り……って4、50分くらいって事?」
試合前ではちょっと少ない気がする。
「その通りだ」
「でもさ、試合なんだからちょっとは多めにやっとこうとか、早めに動いといた方がいいんじゃないかとか思うんだけど」
……そう言うものじゃないのか?
「ヤス、練習とは何のための練習だと思う?」
「そりゃ、強くなるために決まってるだろ」
ポンポコさん、何を今更当たり前の事を。
「じゃあ、何故強くなる必要があるのだと思う?」
「そりゃ、試合に勝つために決まってるじゃん。勝てたら嬉しいし、負けたら悔しいし……」
誰だって勝ちたいものだろ。負けてもいいから楽しくって気持ちも分かるけど、それでもやっぱり負けてばっかりじゃ楽しくない。
「つまりヤスは試合に勝つために、今まで練習してきたのだろう? アップの仕方も、フォームの修正も、毎日毎日長い距離を走っているのも、勝つためだ」
「……そうだな」
最終目標はやっぱり、勝つ事、だよな。
「ならば、練習の時から『これから試合を走るのだ』と言う気持ちで、アップしている事が望ましいと私は思う。練習用のアップと試合用のアップで違う……と言うのは変だと思う。それでは練習というものが練習のための練習になってしまっている」
……そういえば、中学校の時もよく怒られたなあ……お前らは練習のための練習をしたいのか? 試合のための練習をしたいのか? どっちなんだー!! って……。
「ヤスは8月から、1か月半と言う短い期間だがきちんと練習をしてきた。その練習と同じようにアップをして、練習と同じように試合を走ってくれば、自ずと結果はでると思うぞ。少しは自信を持て」
「……分かった。ありがと、ポンポコさん」
……練習と同じように、練習と同じように……俺、できるかなあ?
競技開始1時間前。練習の時よりちょっとアップ始めるのが速いけど、40分前には招集に行かなきゃいけないし、そろそろアップ始めるか。
ゼッケンつけたユニフォーム、さっさと着て、靴ひもしっかりと結んで……よし、準備OKだな。
競技開始40分前。ジョグをすませ、ストレッチ中。ストレッチも普段より力が入る。
後は軽く走って、流しをして……そろそろ招集に行くか。
試合20分前。アップも完了、招集も済ませた。サツキにラップタイムを叫んでもらうために付き添いをお願いして、5000mのスタートラインまでやってきた。後は試合開始を待つだけだ。
周りにはだんだんと5000mに出場する選手が集まってきている。
「……なんかみんな俺より速そうに見える」
「ヤス兄、弱気になっちゃ駄目だよ。気持ちで負けるな!」
だってほんとに強そうなんだよ。
この辺りでみんな走ってるけど、すごい速いんだよ。
「サツキ、こう言う時ってどうやって気持ちを奮い立たせればいいんだろうな……」
野球部時代も何度も経験してたはずなのに、すっかり忘れちゃってる。
「ヤス兄、まずは大きく深呼吸だよ」
スー、ハー。スー、ハー。……だめだ、全然落ち着けない。
「そして、周りをぐるっと見渡してみるんだよ」
……あ、あそこにユッチとアオちゃんがいる。ユッチが思いっきり、アオちゃんが静かに手を振ってくれてる。
……ゴーヤ先輩とキビ先輩も別の所で座って見てる。
ケンはゴール地点付近の応援席にいるな。
「ヤス兄、あそこにお父さんとお母さんも応援きてるんだよ」
あ、ほんとだ。ほんとにきてくれたんだなあ……ちょっと恥ずかしいけど、すごく嬉しい。
「…………や、ヤス!」
……はえ? ……あ、ヤマピョンじゃん……。
「……が、がんばって……」
……わざわざ、俺のために応援きてくれたんか。
「周りを見てちょっと落ち着いた? これだけいろんな人に応援もらってるんだよ。期待に答えないとね。頑張って、ヤス兄!」
「……ああ、頑張る」
サツキ、ありがとさん。ちょっと落ち着けた。
「それでは整列してください」
……試合開始の言葉を審判が告げる。
俺のナンバーは47。2列目のアウトコース。
ポンポコさんからは最初は抑えめに入れ、残り1000mになったら好きなように走れって言われてる。
さあ、初陣だ。ケンやユッチやアオちゃん、みんないい走りをしてた。あいつらに負けない走りをしないとな。
「それでは位置について」
『お願いします!』
「……………………………………」
パン!