198話:ユッチ、昔話
全然ユッチとアオちゃん、来ねえな。
そろそろ9時になっちゃう。ユッチの試合開始、9時45分からなんだからそろそろ来てないとまずいんだけど……どっかで練習してんのかな。
「ポンポコさんさ、ユッチかアオちゃんの携帯番号、知らない?」
「さっきからかけているが、全然出ない。着信音は鳴るから電車に乗っている訳でもなさそうなのだが」
……まったくあの2人組は、どこで何やってんだか。
「ポンポコさん、ちょっとユッチとアオちゃん探してくる。このままじゃ試合に間に合わないだろ」
「探すと言っても、みつからないと思うぞ。どこで何をしているのか分からないのに、みつけようがないだろう」
ま、確かにその通りなんだけど。
「ユッチが部活をサボるのはありえないから、もう陸上競技場のどっかには来てるだろ。って事は、その辺で迷子になってるか、アップに集中しすぎて時間忘れているかどっちかって思わない?」
迷子になる事はないだろうから、アップしてる気がする。
……まずはスポーツ広場に行くか。
「ヤス兄、私も行くよ」
「あいあい。んじゃ行くか」
「うん」
やってきましたスポーツ広場。今日、試合の選手がそこかしこでアップをしてる。
結構多いな。男子200に出場する選手のちょうどアップ時間なのかな。
「あ、ヤス兄、いたいた。ユッチ先輩だけだけど」
お、よかった……。ユッチがサボる事はありえないって断言しつつもちょっと不安だったんだよな。
ユッチはしゃがんでストレッチしてるのかな? 何かポケッと座ってるだけにも見えるけど。
「ユッチ! おはよっす」
「ユッチ先輩! おはようございます!」
「……」
ありゃ……聞こえなかったか?
「ユッチ、おはよー」
「……何さあ……」
うわ、すっげえブルー。
「どうしたんですか? ユッチ先輩」
「ヤスとサツキちゃんには関係ないだろお……」
いやまあ、そう言われると確かにその通りって思っちゃったりするんだけどな。
相談受けて聞くだけ聞いたって俺なんか何も出来ないし。
昨日、アオちゃんはよくある話って言ってたよなあ……どんな話なんだろな。
「ユッチ先輩、吐くと楽になりますよ」
サツキ、吐くと楽になるって……警察の取り調べじゃないんだからさ。
「別にいいじゃんかあ……ほっといてよお……」
あかん……今日のユッチめっちゃ暗いなあ。
「何があったか知りませんけど、そういうときはせめて怒らないと駄目ですよ」
「何でやねん」
「だって『悲しみよりも怒りの方がまだましだ』だよ、ヤス兄」
……紫のバラの人っすか。
「うつむいてへこんでたって心のもやもやは晴れないですよ。ユッチ先輩」
「うるさいなあ……ボクのもやもやなんてたいした事無いんだからほっといてって言っただろお」
こら、心配してるサツキに向かってうるさいとは何やねん。
「だから吐けばいいんですよ。さあ、吐いてください」
すっげえ聞き出し方。
「……昨日の100m準決勝の時に、中学校の同級生に会ったんだあ。その同級生もボクと同じ陸上部の部員で、一緒にリレー組んで走ってた。ボクが3走でその人が4走。県大会の決勝、6位以内に入れば東海大会出場出来るって時に、2走の人と3走のボクのところでバトンパスを失敗したんだあ」
……ああ、新入生歓迎会の時にちょこっとそんな話を聞いたような。
「ああ、それで走れなかったその人にすっごい恨まれてるって事か」
「そこはどうでもいいんだけど……」
どうでもいいんか、俺の中学時代の出来事とはちょっと違う?
「走ってない人も2年生も集まって陸上部員みんなですっごい泣いてさあ……でもボク、なんでか泣けなかったんだよねえ……それで今まで一緒に頑張ってきたのに、何でそんな冷めてんのってみんなで怒ってきてさあ。でも本当に全然泣けなかったんだよねえ」
うーん……俺の場合は野球で負けたとき、2、3人は泣いてたけど、ほとんどの人は泣かなかったなあ。
「あんまりにも怒るもんだからこっちもつい怒っちゃってさあ。『泣くお前達の方が頭おかしいんだあ!』って叫んで……で、それから全く口聞かなくなっちゃったあ」
……仲直りできなかったのか。
「それで昨日の準決勝で会った時にすごい意識しちゃって、ボロボロの走り……今日の200mの予選でも、同じ中学校の人が1人いるんだあ。顔合わせたくないなあ」
精神的な部分って影響するもんなんだな。
「そういやサツキ達は全員泣いたな」
「……うう……やっぱりボクがおかしいんだあ……ボクなんて血も涙も無い冷血動物なんだあ」
……。
「ヤス兄、ユッチ先輩の傷口に塩をぬりたいの?」
……ごめんなさい。
「でもさ、泣けなくなるって事よくあるって。例えばさ、悲しみは大きすぎると涙も出てこないって言うじゃん」
「ユッチ先輩の場合違う気もするけどね」
「ケンが泣いているのをみると泣きたい気持ちが消えて笑えてくる」
「ヤス兄、最低」
はう……泣きたくなってきた。
「後さ、結果に納得がいってると泣かないよな。たとえ試合に負けても、自分自身がその結果に納得してると別に涙は出てこない」
「ボク、それも違う気がするう」
まあ、バトンパス失敗した張本人がその結果に納得って言うのは変か。
「涙を見せるのは恥だ」
「フランダースの犬を見て私の前で号泣したヤス兄が言っても説得力無いね」
「涙は見せない、背中で泣く、これぞ男の美学」
「ルパンだね」
「ええと……後は、友達と思ってないやつとは悲しみを共有できないよな」
「それはそうかも。クロちゃんサキちゃんとだったから泣けたんだもん」
ふう……ようやく同意をもらえた。
「と言う訳でユッチ、泣けない事のどこが恥だ! ユッチは普通だ!」
「そ、そうなのかなあ?」
「そうだ! むしろそいつらの方がおかしいんだ!」
「そ、そうだよねえ」
「そうだ! 会ってもそんなやつら気にすんな!」
「うんうん!」
「『そんなやつらぶっ倒してやるんだあ』って気持ちでぶつかっていけやあ!」
「分かったあ! あんなやつらぶっ殺してやるう!」
「……と言う訳でそろそろ時間やばいんじゃないのか?」
「あ、ほんとだ。それじゃ試合に行くからあ!」
「ユッチ先輩、頑張ってください!」
「うん、ぶっ殺しにいってくるう! 見てろよお、アイツらあ!」
……やりすぎた? ほんとにぶっ殺しにいきそうな勢いだ。
まあいいや、『悲しみよりも怒りの方がまだましだ』だ。
頑張れ、ユッチ。負けるな、ユッチ。
おはようございます、ルーバランです。
中学卒業式のとき、友達が泣いているのを見て笑ってしまった自分は最低です。
それでは。