190話:新人戦前日
9月12日金曜日。
とうとう試合前日だ。
今日の部活は90分走、その後筋トレ。ほんとにポンポコさん、前日まで練習量を減らす気がなかったな。
……ふぅ……明日なんだなあ……。
……ふぅ……。
「ヤス、そんなに緊張すんな! 前日から緊張してたら体が持たねえぞ!」
「……ケンは何でそんなに元気なんだ? 実はケンも緊張してて空元気を出してるだけなんじゃね?」
「……」
しもた。図星をついてしもた。
「……えと……」
まずい、言葉が続かん。
「はい、短距離も中長距離も注目!」
ウララ先生、ナイスタイミング。
「明日からとうとう新人戦です。1年生にとっては初めての大会、緊張するなと言っても無理よね」
うんうん、そうなんすよ。いくらポンポコさんが練習のつもりで挑めばいいと言ってくれても、大会と思うと俺のチキンハートじゃこんな緊張に耐えられないっすよ。
野球の時も緊張してたなあ……。
「過去の偉人達は言いました……『手に人と書いて飲め』」
それやって効果あった事ないっす。
「過去の偉人達は言いました……『全ての人をタクワンと思え』」
それってジャガイモじゃなかったっけ? カボチャかな? それも俺、効果あった事ないっす。
「過去の偉人は言いました……『自分で自分を褒めたい気分です』」
それって走り終わった後のセリフですよね?
走る前にそのセリフを言う意味がよく分かりません。
「過去の偉人達は言いました……『なるようにしかならない』」
先生がそれ言っていいんですか?
「過去の偉人達は言いました……『人のうわさも75日』」
えっと、どんだけ失敗しても75日経ちゃ忘れるさ。そんなに緊張しないで思いっきり失敗しろやあって事か?
めっちゃ分かりにくいっす。
「過去の偉人達は言いました……『それはそれ、これはこれ』」
すみません、意味不明です。
「過去の偉人は言いました……『どあほう この いつまでも ガチガチ キンチョー しまくり男』」
……俺、桜木じゃないっす。
「今までのはどうでもいいわ」
え!? 何だったの!?
「言いたいのは1個だけ、『楽しめ!』」
……何やのそれ?
「日常生活では、緊張とは無縁。せっかく緊張できる場が向こうからやってきた。そんな場を体験できるんだから、その場をみんな楽しめ! ガチガチ緊張しちゃってて何も思い出せないなんてもったいないよ!」
……そうかあ。
「練習でやってきた事と同じ事をすればいいの。後は楽しんだものが勝つのよ! 楽しめ!」
ういっす。
「ウララ先生……それでももう緊張して楽しめないです」
アオちゃんか、普段緊張とは無縁みたいな感じだけど……やっぱり誰もが緊張するんだなあ。
「アオちゃん、アオちゃんは何をそこまで緊張してるの?」
「試合です」
「何で試合で緊張するのかな。試合のグラウンド? 毎週土曜日に練習してるじゃない?」
「……やっぱり見てる人が居るからでしょうか?」
「私、いっつもアオちゃんの事見てるでしょ? 緊張してないじゃない。土曜日でもどこか別の高校が練習してる事あるでしょ? 全然知らない人に見られてても平気じゃない」
「でも……こんな経験した事ないですし」
「うん。そうだね。でもそれはみんな一緒。誰もが初めては怖いもの。失敗してもいいんだから。思いっきりぶつかっていきなさい」
「……はい」
緊張、解けきってないけど……これ以上は頑張れとしか言いようがないな。
「明日は100、400、1500、100mH、110mH、4継。明後日14日は200、800、5000、400mH、マイル。自分の出場する種目が何時に招集で開始か、わかってるね」
俺は5000、2日目の16時半から……すごい最後の方だ。
ほとんどの人が2種目以上出場して、明日は応援のみってのはほとんどいない。
長距離の先輩で2人1種目の人が居るか。
「さてさて、1年生諸君、今まで使う機会がなかったから渡さなかったけど、みんなにもユニフォーム! ひとりひとり受け取ってね!」
おお、ついに手に入るのか!
「まずは女子から……ユッチ」
「はあい!」
めっちゃ元気や。そんなに緊張してなさそう。
さすがに場慣れしてる。
「アオちゃん」
「……はい」
……大丈夫か?
「次男子、ケン」
「はいっす!」
ケンのやつ、空元気続行中だな。でも、ガチガチに緊張して暗いまんまじゃ周りを心配させるだけだし『空』でも元気にはちがいない。
俺もケンを見習おう。
「ヤス」
「え!? あ、ばい!」
「……ばい?」
慌てていい間違えたんです。流して、ウララ先生。
「はい、ヤス」
……おお、黒が基調で、白と赤のラインが入ったユニフォーム……俺も着るんだなあ……。
「ゼッケン、安全ピンで付けとく事忘れないようにね! それじゃ今日はしっかり寝て、明日に備えよう!」
『はい!』
「お疲れ、みんな!」
『ありがとーございました!』
……さ、明日からだ。