103話:初タイムトライアル
さて、ポンポコさんと競技場に着いた。
うん、確かにユッチの言ってた通り、ゴーヤ先輩もキビ先輩も、アオちゃんもウララ先生もいるな。
毎週土曜、こんな施設で練習してたんだ。
それにしてもあっついなあ。こんなかんかん照りにならなくてもいいのに。
「さてヤス、時間はあまりないのだろ? 私は今から朝のミーティングしてくるが、こっちに来て女子と話はしてないでさっさとアップしろよ」
「うい、了解」
ユッチの近くに行くの、今は気まずいしな。
おし、んじゃ荷物置いてさっさとストレッチしますか。
「……おいヤス、いきなり座り込んで何しようとしてる?」
「へ? ストレッチだけど? 違うの?」
「……時間があるなら、最初にストレッチしてからでもいいが、時間がないだろ? まずは、ジョグをしろ。 ジョグの意味は覚えてるか? ゆっくりしたペースで走る事だぞ。ジョギングみたいなものと思っておけ」
「うい」
そっか、そういや短距離も一番最初にジョグしてたなあ。
……ジョグ、今までアップの時してなかったな。
「最低でも2キロは走れよ。あと、適当に走らず、フォームを意識しろ」
2キロって言うと……5周か。
ポンポコさんに言われた通り、フォームを意識してタッタッと走る。
って俺……、練習方法に関して何も知らんなあ。
「うし、5周っと」
さて、時間もないし体操とストレッチだ。
10分弱かけて体操とストレッチを終わらせ、その後いつもやってる流しをした。
70〜80パーセントの力で走るやつだ。
とりあえず流しは5本ほどした。タイムトライアルなんて初めてだし、終わった後どんな風になるか分からんから、早めに始めたい。
「おしっ、やるか」
距離は前にポンポコさんの誕生日で言われた5000m。
どんな結果になるか分からんけど、とりあえず走ってみよう。
……ってユッチからすんごい目で睨まれたけど……またなんかやったか? 俺。
「ヤス、それだけのアップでいいのか? 30分もしてないぞ」
「へ? いや、でもポンポコさん、これでも普段に比べたらきちんとやってるんだけど」
普段のアップなんて15分も時間取ってない。
「……アップは個人によってやり方は様々だが、1時間程度が目安だ。少ない人でも40〜50分はやっている。その程度はやらないと、体がほぐれず、温まらないからな。今、ヤスはジョグに10分、体操とストレッチに7分、流しに8分しかかけてない。この後バイトがあるからと、いくらヤスが時間がなくて早く帰りたくてもそれでは駄目だ……怪我するぞ」
「えーと……そなの?」
「大会の先輩たちのアップ、見ていないか?」
「見てたけど、長距離の先輩たち、こんなもんしかしてないよ。だから長距離は短距離よりアップ時間が短いのかなって思ってたんけど……」
「そんなわけないだろう? もっとアップはゆっくり丁寧におこなえ。練習時でも大会時でもアップ方法は一緒だからな」
「あ、うん」
そか、だからユッチが睨んで来たのか。
「……心配だな。そんなんでちゃんとラップタイム、測れるのか? そもそも測った事あるのか?」
「えーと、今まで合計タイムは測ってたけど、学校周りって1周820mじゃん? そんな適当な距離のタイムを測ってもしょうがないかって測ってないんだけど」
「……計算すれば、820mでも1kmあたりに直せるから。それではペースが分からんだろ?」
「まあ、確かに」
「どこまでも心配なヤスだな。……今日はタイムは私が測ってやる。ウララ先生に言ってくるからもういっぺんストレッチして待ってろ」
「うい」
はあ、今日は怒られてばっかりだ。
きちんと時間をかけてストレッチをし直して、もういっぺん軽く走った。
「そろそろいいな? タイムトライアル始めるぞ」
「うい、了解」
ポンポコさんに言われ、5000mのスタート地点に立つ。
「私はスタート地点で、ラップタイムを叫ぶから。ゴールは12周半走った所だぞ。……準備はいいか?いくぞ、よーい」
パン!
時計を押してスタートした。
タッタッと気持ちのいいペース程度で走る。5キロメートルもあるから、最初とばしすぎるともたないしな。
えと、地区大会で最下位の人が19分程度で走っていたな。……1キロ3分50秒で走ると大体それぐらいになるか……。
今、1周通過した。
「98秒! ヤス、やる気あるのか!」
え? えーと……400m通過を98秒って言うと……1kmあたり……245秒……4分5秒!? やばい、遅く走りすぎてた!
遅れた分を取り戻さないと!
慌てて俺はペースをあげた。
さっきより風を強く感じる。自分のペースがあがっているのが分かる。だけど、どのくらい速くなってるのか全然分からない。
このペースだと、何秒なんだ!? 速いのか? 遅いのか? 遅いんだったらもっとあげないとまずいんじゃないのか!?
そう思ってさらにペースをあげた。かなり息が苦しいが、まだ何とかなる。
2周目を通過した。
「84秒!」
おし、さっきの分を取り戻しただろ。
このペースでいってやる!
3周目通過。今、1200mか……。
……後まだ9周半残ってんの?
き、きつい。
「86秒!」
しかもペース落ちてるし……。
どうしろって言うのさ……?
これで7周か……?
「106秒! 体を前に傾けるな! 背筋を伸ばせ!」
そ、そんな事言っても……。
「ヤス君! 給水しなさい!」
あと少しで3000mと言う所で、ウララ先生がコップで水を差し出してくれた。
……息苦しいんだ、そんなんのめるかよ……。
「脱水症状になるから! 無理してでも飲みなさい!」
……無理矢理手渡された。
落としそうになったけど、無理矢理口に含む。
ほとんどこぼしてしまったけど、何とか一口飲めた。
「残りは頭からかぶりなさい!」
もうほとんど入ってないけど、頭にぶっかけた。
……ほんと暑い……。
今10周通過した…………。
「114秒! 後1キロ!頑張れ!」
……きつい、息がきつい。……まだ後2周半残ってるよ。
ポンポコさんが頑張れと応援してくれているが、足があがんないっす……。
いや、走るのやめてえ……。
ドスンドスンと言う走りになってしまっているが、一歩一歩走るのが本当にしんどい。
早く終われ……。
「123秒! 後200メートルだ! 腕を思いっきり振れ!」
アドバイスの声が遠い……。
あの角を曲がれば、ゴールまで後少しだ。
ウララ先生が手を振っているのが見える。
あそこまで全力で残りを走る!
ドタドタと大きな音を立てて、最後の直線を駆け抜ける。
ゴールと同時に地面に倒れ込んだ。
どすんと言う大きな音を立てて、仰向けに転がる。
も……むり……うごけん。
「ぜー……ぜー……ぜー……ぜー……」
「ヤス君、走り終わってコース内に倒れちゃだめだよ。他に走ってる人の邪魔になるでしょ。倒れるにしてもせめて中に入るか、外まで出なさい」
鬼……か……ウララ……先生……は……!
「む……り……」
「うん、しゃべれるなら大丈夫ね。立って歩きましょう、むしろジョグしてもいいかもね」
ほんとに……鬼……だ!
ふらふらと立ち上がって、歩き始める。
膝がガクガクと笑ってるんだが……。
た、倒れそう……。
「ヤス君、走り終わったら、トラックに対して礼をしなさい」
は……? なんで?
「礼儀は大切にしないと駄目だよ。 野球でもグラウンド入る時、『ちわっす!』とかいうでしょ?」
ああ……い、言ってたけど……普通に「おはようございます」……だったけど。
「練習前、本練習後、練習後、きちんと礼は欠かさないように。マナーと言うのは大事だから。どんなスポーツでも、スポーツに限らずとも必要よ。逆にこう言う事が出来ない人はどんなに強くても認めないわ」
う……きつい……。
「……ありがとう……ございました」
このまま倒れてえ……。
「それじゃ、このままコースの外を1周歩きましょうか。お疲れさま」
「……先生……もう話しかけないで……ください……」
何も考えずぶっ倒れてたい。
ふらふらとポンポコさんのいるスタート地点まで歩いた。
ポンポコさんが待ってる。まだ息が切れてる。
「ヤス、お疲れ。タイムは21分59秒、400mのラップ毎は、98、84、86、96、100、105、106、111、114、114、127、123、ラストが55だ………………………………………………まあ、頑張ろう」
……何か諦めてないっすか!?
「今日も色々叫んでみたが……他にも欠点が多すぎて何から言えばいいんだ?」
俺に聞かないで!?
「まあ、完走したのは偉かったぞ」
……そこしか褒める点がないんでしょうか?
う、うごけん……。
クールダウンをしたいけど、疲れて動けん。
「それにしても……最後スパートをかけていたが、ヤスはスパートのスピードもあまりでないのだな。フォームもぐちゃぐちゃだし、タイムも私が思ってたより悪いぞ」
才能もないし、走り方も悪いし、現状の実力もないし、スピードもないし……これは三重苦ならぬ、四重苦か!?
「ヤス……聞いてるか?」
「あ、うん……でも、そんだけ俺の評価が低いと……練習する意味あるかなって……」
「ふむ、少々言い過ぎたか?……県大会等を見て実力差が激しかったり、ここの高校の現状を見て、やる気が出ないのも分かる。上を見ればきりがないしな」
うむうむ、その通りだ。
「だが、才能があまりなくても練習である程度までは伸びるのが長距離と言う種目だ。特に高校生レベルならば、今からでも十分戦えるぞ。高3までは2年もあるしな」
「ほんとう?」
「本当だ。愛知県で長距離トップの高校のエースについて調べてみるといいぞ。その高校のエースは中学校までお前と同じ野球部だったそうだ」
「や、それはそいつが潜在能力がすごかっただけじゃないのか?」
「ふむ、才能か? そういえば、そんな事言った気もするな」
忘れるなよ!ショックだったんだからな!
「まあ、確かに長距離にも才能はあるぞ。どんなに練習しても勝てんヤツは出てくる。……だが、それはどんな競技でも同じだ。突き詰めれば、どの種目にもトップなんて1人しかいないしな。」
極論だけど、それはそうだな。
「だが、さっきも言ったが、高校生、しかも県のレベルならどうにかなる。県出場レベルならば、そうだな……15分30秒程度を出せばよほど強い年に当たらない限りは、県に出場できるぞ。東海大会出場なら、15分00秒くらいで出場可能だ。……私は15分台ならば、練習で出せるようになると思っている。目標設定はヤスに任せるが」
県出場か……ユッチは東海出場を目標にしてたって言ってたけど……でも、今の俺、22分かかったんだぞ?そんなんで15分30秒で走るなんて出来んのか?
「私は提案するだけだぞ。今後、あの2年生達とのほほんと走りたいと言うならそれもヤスの勝手だ」
「ごめん! それだけは絶対嫌!」
あの空気には全然なじめなかった。長距離は野球と違って1人でやる競技なんだから、他の人がいなくても何とかなる!
「県出場か……この高校で出来たらすごいよなあ」
「……他の人が見ても別にすごいと全く思わんがな」
「え? なんで?」
「短距離で何人も出場してるからな、400mハードルの県出場の敷居が低くて、長距離の方が難易度が高くても、どちらも同じ県出場だからな。一般人は同じように見るさ」
な、なるほど……。
「東海出場になれば、400mハードルの出場でも一気に難しくなるからな。私が褒めるのは東海出場以上だな……それに、目標は高く設定した方がいいぞ。低い目標だとそれに合わせた練習しかしなくなるからな」
「うーん、スラムダンクで、目標は全国制覇だ! と言い切ったりするのと同じ事かな」
「……漫画で話す理由が分からないが、その通りだ」
ん? たとえが悪かったか?
「あ! 三国志で劉備が平民の状態から君主になる事を目指すようなもんか」
「そうだな、そのたとえは正しい。あそこで目標設定が低かったら、おそらく蜀を建国する事も、優秀な人材達が揃う事もなかっただろう。だからこそ、県出場とは言わず、もっと高い目標を立てろ」
ええ!? さっきまで目標設定は俺に任せるって言ったじゃん!
「じゃあ、全国制覇?」
「疑問を持つような言い方をするな。それだったらもっと目標を低くしろ。そもそも、人間が道具なしで空を飛びますと言ったって、それはどう頑張っても実現不可能なのだぞ」
さっきと言ってる事違います! 俺の全国制覇はそのレベルですか?
「…………いや? それなら…………やっぱ無理だな」
何だ?その意味深な発言は!?
「今のは気にするな、最低目標として、東海大会出場を目指そう。タイムとしては15分00秒が目標だな」
おい!? 結局完全にポンポコさんが決めてるじゃん!
「まだあと、高3のインターハイ県大会まで2年あるんだからな。私は短距離を見るからヤスを見る事は出来んが、しっかり練習するんだぞ」
ええ!? しかも目標設定だけしといて完全放置!?
「では、私は短距離の練習に戻るからな、頑張れよ」
……そう言って、ポンポコさんは短距離練習に戻っていった。
いや、無茶だろそれは……。
ようやく動けるようになり、クールダウンしてこうと思ったんだが……ふと、時間を見たらすでに11時半。
えーと……バイト先行くのに今から逆算すると……あれ? やばいっ! これ以上のんびりしてたら遅刻する!!
「ありがとうございました!」
礼だけ大声で叫んで、着替えもせずに急いで競技場から帰った。
ま、まにあって……。
……結局、間に合ったには間に合ったんだけど、そんなへろへろじゃ仕事にならんから帰れと怒られた。
昼飯も食わずに急いだのに……。
あーうー。
おはようございます。
今までで一番長いです。ついつい書いちゃいました。
ってかヤス君のタイム、こんな遅くしちゃって今後の展開をどうしようと悩んでます。
それでは。