p.95 軍人
フェルマーの凄まじく早く正確な魔法術が確実に幸福時計の戦力を奪っていく。躊躇いもないその攻撃は休むことなく次から次へと相手の船を傷つけていく。いくつもの魔法術を組み合わせ、発動させていくその様子は一介の海族頭には見えない。凄腕の魔導士かと思えてしまうほどだった。
攻撃を受けてもなお、幸福時計の船からは強力な魔法術が飛び出し、ルーシャはそれらを捌いていく。合間にフェルマーの援護をしつつも攻撃が最大の防御だとでも言わんばかりの攻撃をなんとか捌く。
「ルーシャっ!」
総攻撃を捌くなか、強大な魔法術が幸福時計の船から放たれる。複数の魔法術が混ざった混合魔法術であり、ルーシャの施した防御魔法術では防ぎきれないどころかここら一帯が吹き飛ぶ。フェルマーはとっさに魔力を集約し集めた海水とともに複合魔法術にぶつけて軌道修正を試みるが、強大な魔法術相手に全く歯が立たない。
「よぉ、久しぶりだな」
向かってくる魔法術を相殺しようとルーシャが神語を構造しかけるところ、誰かに肩を叩かれルーシャは振り返る。
「え?!」
驚くルーシャとは相反して相手は笑いながら手を前にする小さな魔法が目の前で展開される。相手の魔力を対象にした爆発魔法だが、あまりにも規模が小さい。ルーシャはその小ささに驚き相手を見上げて口を開く。
「これじゃ無理です、ストイル将軍」
淡い茶色の髪と瞳の男はルーシャの見知った顔だった。初めて会った魔力協会の人間であり、まだ何も知らなかった頃に出会った人物だった。気さくで明るい性格であるが、その素性は魔力協会軍部の中でも幹部クラスの実はすごい人物だった。魔力協会に入り、さまざまなことを知った今だからこそストイルの凄さがルーシャには分かる。
「覚えてくれてたか」
ルーシャの言葉にストイルは嬉しそうに笑うが、ルーシャはそれどころではない。目の前に強大な複合魔法術が目の前にまで迫っている。
焦るルーシャだったが、ルーシャとストイルの前に二人の人物が現れる。彼らはそれぞれ手にしていた武器を手に持ち、ストイルの展開した神語をそのまま武器で切る。
切られた神語はそのまま弾けるように飛び散り、分散して大きな魔力となる。
「軍部御用達の戦闘専用魔法術は初めてか?」
驚くルーシャをよそにストイルは少し嬉しそうに口を開く。
ルーシャは驚きながらも、そのままストイルと二人の軍人による攻撃を見守る。戦闘のプロによる攻撃や防御はルーシャのやってきたものとは遥かに異なり、いかに彼らとの経験の差があるのかと思い知らされる。
息を飲み見守る中、洞窟の中からは海賊たちが姿を現すが彼らが力を発揮するまでもなく三人の軍人による総攻撃で幸福時計の船は沈み、その戦闘員たちは敗走していく。
「久しぶり、ルーシャ」
「ミッシュ!」
戦闘が終わり、敵が完全に退いたことを確認した一人の軍人が、こちはを振り返る。その淡い紺色の瞳を見てルーシャは驚き、そして安堵する。知り合ってからこうして再開するのは二度目であり、連絡先を交換していないのにこうして会えることに魔力の導きを感じる。
「知り合いか?」
思わぬ再会に驚き固まるルーシャだが、ミッシュはストイルの言葉に頷く。
「はい、友人です」
「世間は狭いもんだな」
少し驚きながらもストイルはルーシャとミッシュを見比べ口を開く。
「どうして軍の人がここに?」
驚き聞きたいことが山ほどある中、ルーシャは根本的な質問をなげかける。
「反協会組織・幸福時計がここら一体で頻繁に行動してると聞いてな」
腕を組み、ストイルは幸福時計の戦闘員たちが逃げていった方向を険しく見すえる。
「ストイル上官と自分が偵察の任に指名され、ミッシュ二等兵は上官の命により我々の補佐についてもらっています」
ミッシュとともに現れたもう一人の軍人が口を開く。茶髪に黒い瞳の真面目そうな男は特殊軍に所属するニックという人間で、階級は大尉にあたるという。ミッシュやストイルがルーシャと話す中、彼だけは幸福時計の残党を注意して周囲を見回ったり、海賊たちに意識を向けていた。
「ストイル将軍って、たしか結構偉いんじゃ・・・?それでも現場に派遣されるんですね」
ナーダルが将軍呼びしていたが、ストイルの軍部での階級は中将であり、魔力協会軍部において一番トップが大将となるので軍のナンバー2にあたる。魔力協会軍部には協会やその土地および永世中立地を守る陸軍、公海の秩序を守る海軍、そして反テロ組織に特化した特殊軍にわかれる。
あまり階級に詳しくはないルーシャだが、ストイルが偉い人だということだけは分かっていた。
「基本的に会議や視察ばっかりなんだけどな。今回ばかりは会長直々に俺を任命されてな。最初はなんでか分からなかったが・・・」
そう言いストイルは少し離れたところにいるフェルマーを見据える。
フェルマーはストイルたちが敵を殲滅する間、今まで攻撃を仕掛けていた手を止め、彼らに全てを任せていた。
「会長の意図はいまばっちり分かった。
お久しぶりです、フェルマー海軍総長」
ストイルは凛とした声で相手に話しかける。いつもよりも緊張感に溢れるその声は、相手が只者では無いと告げている。深々と頭を下げるストイルに対し、フェルマーはさも興味なさげに口を開く。
「今は階級も何もない、ただの海賊頭だ」
フェルマーのその言葉がストイルの言っていたことが事実だと証明する。
陸軍は大将が一番のトップだが、海軍のトップは総長と呼ばれている。
「フェルマーさん・・・海軍のトップだったんですか?!」
「昔の話だ」
驚き慄くルーシャに対しフェルマーは何も気にせず海上から岩場へと戻ってくる。確かに海賊頭にしては体格も細いし、それほど素行の悪さのようなもよを感じない。むしろ、その言葉遣いや行動からは学を感じる。
「氷水のフェルマーって噂が回るほど、凄腕の魔導士であり、百戦錬磨の猛者だ」
目の前に立つフェルマーを見ながらストイルはルーシャにその存在がいかに抜きん出たものなのかを語る。
氷や水系統の魔法術全般を得意とし、その魔法術の腕前は軍人レベルではなかった。軍人でありながらも魔導士試験に合格し、さらには公海における大多数のいざこざをまとめてきた。国も民族も思想も違う人間相手に時には戦い、時には和平を結んでいた。
もちろん、海軍である以上血なまぐさい争いも多く経験してきており、その経験にストイルは足元にも及んでいない。
「フェルマー元総長があの程度の相手に手こずったわけはいかはがなものですか?」
冷静にニックはフェルマーを見上げ、淡々と言葉を紡ぐ。
「言ってくれるじゃねぇか、大尉殿」
皮肉とも取れるその言葉にフェルマーはにやりと笑う。
「貴方ほどの腕ならば、あの程度の連中を叩くのはさほど難しくはないと思ったまでです。氷水のフェルマーがその気になれば、ここら一体の海を支配することなど造作もないことかと」
ニックの淡々とした言葉に感情はない。ただ、ありのままの事実を述べている──そんな印象を受ける。だからこそ、ルーシャはフェルマーの存在の大きさやその力の強さを感じる。感情を抜きにしてそれほど語ることが出来るほど、客観的に見てもフェルマーは凄腕の軍人だということを感じる。
「まあ、確かにそうだな」
少し考えながらもフェルマーはニックの言葉を肯定する。
「だが、そうできない理由がある」
肯定しながらもフェルマーは難しい顔で海を見すえる。様子を見に来た何人かの海賊たちがいるが、彼らはフェルマーが無事であること、敵が撤退していること、そして新たに現れた人間たちに対しフェルマーが敵意を抱いていないことを確認すると空気を呼んで塒に帰っていく。
「この海には、『海属の秘宝』がある。それを壊すわけにはいかない」
強くそう言い、フェルマーはブレることなく目の前に広がる海を見つめる。広大でどこまでも広がっていて、時に荒々しく、時に穏やかになるその自然の強さは人の手でどうこうできるものではない。
永遠に揺蕩うその波は、何事も無かったかのようにうねり続ける。
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幸福時計を追い返したけど、まさかのストイル将軍とミッシュと再会するという。
ほんと、まさかすぎる。
そしてなによりも、フェルマーさんが元海軍総長っていうのにも驚いた。
どうりで、やたらと協会章のこととか詳しかったわけだ。
でも、どうして海軍のトップが海賊に?
そして、フェルマーさんや幸福時計が探している海属の秘宝って何なんだろう?
久しぶりの再登場、ルーシャの友達・ミッシュです。




