p.93 海賊
大港街を観光して数日が経過する。どこへ行っても見たことのないものばかりで、セトだけではなくルーシャも刺激的な毎日を過ごしていた。観光と必要物品の購入しか目的がないため、ルーシャはそろそろどこかへ移動しようかと作戦を練る。
「みてこれ、拾った」
宿の一室で机に向かうルーシャに、セトは何かを自慢げに見せてくる。それは折りたたまれた紙切れであり、少し汚れが目立つものの、ごく普通の何かのメモのようだった。
ルーシャは何を拾ってきたのかと少し訝しげな表情をしながらも、どこか楽しそうなセトを見て仕方なく無言でその紙切れを受け取る。そして、そのままそれを開くと・・・。
「地図?」
なにかの地図のようだった。このレイズルの街からそれ程離れていなさそうなところに、目的地と思しきところにドクロマークが描かれている。ルーシャはちょうど地図とにらめっこしており、その紙切れと手にしている地図を照らし合わせる。
紙切れにはレイズルの地形と同じようなところがあり、それと地図を見比べていくと街から少し離れた海岸沿いに目的地が描かれているようだった。
「行ってみようぜ」
好奇心が溢れ出していふセトは輝く瞳をルーシャに向ける。
「お宝マークならともかく、ちょっとドクロマークってのは気が引けるんだけど・・・」
この手のものは大抵が偽物であったり、誰かのイタズラである可能性が高い。それか子どもが遊びで描いたものかもしれない。信憑性の欠片も感じないが、特に目的もないし時間も有り余っているルーシャはセトの好奇心と行動を否定はしない。
だが、安全第一な考えがあるためドクロマークにはあまり近づきたくはない。
(なんせ、試験の時のドクロマークが瘴気の群生だったからなぁ)
嫌なことを思い出してしまい、ルーシャの表情は暗くなる。
「ただの墓場かもしれないしさー、とりあえず行こう!」
墓場も墓場で嫌なものだと思うが、元気いっぱいのセトにはやし立てられルーシャの重い腰が上がる。
(まあ、別に引き止める理由もないしね)
消極的なルーシャは苦笑いを浮かべながらも、弟子に手を取られ宿を出る。
セトは冒険に出かけるかのように意気揚々と街を歩き、ルーシャと地図を確認しながら進んでいく。
(こういうとこ見るとやっぱり男の子なんだなー)
好奇心旺盛とはいえ基本的にしっかり者で、その境遇のせいか時に大人びた表情や言動のセト。器用なので教えれば吸収も早いし、時にはルーシャの思いつかない発想をすることも多い。好奇心旺盛というところを除けばあまり手のかからない弟子でもあるため、たまにこうしたセトの一面を見るとまだ年相応な所もあるのだと実感せざるを得ない。
「なあ、そう言えば」
歩きながらセトはルーシャを見上げる。何度見てもその赤い瞳は美しいと思うし、魅入られてしまう。セトほど鮮やかな赤い瞳と髪の人間にルーシャは出会ったことがない。
「シスターは何で世界を旅してんの?目的とか別にないって言ってたけど」
純粋な興味を向けられる。その赤い瞳の奥には興味──それ以外の感情は全くない。
「・・・何でだろうね」
その問いかけに上手く答えられないルーシャは笑って誤魔化す。その赤くて純粋な光にルーシャは応えることが出来ない。
一人前の魔法術師になったとき、どこかに定住することも考えた。オールドのお膝元のベタル王国のどこか、それともシバと同じように魔力街道のどこか。それか旅をして定住したいと思ったところにしようか・・・そんなワクワクがなかったわけではない。
だが、どの土地もルーシャは引かれなかった。むしろ彷徨うように旅をしている方が自分にしっくり来た。
(私の魔法術の生活そのものが・・・マスターとの日々そのものだったからなんだろうけど)
ナーダルと出会い、ルーシャは最初こそはセルドルフ王国城にいたが様々な事情で旅をすることになった。旅の日々そのものが魔法術を学ぶ日々で、その中で常に師匠がいた。なんでも出来て、いつも飄々としていて優しく、そしていつもルーシャを導いてくれたあたたかい光のような存在だった。
だから、ルーシャは未だに世界を旅している──ナーダルとの日々を続けるように、その軌跡の上にいるために、どこかでまだ師匠の影を探すために・・・。まだ受け止めきれていない、ナーダルの死を少しずつ埋めるため・・・それがルーシャの旅をする理由に一番近い。
「ま、俺は色んな世界が見れて楽しいから良いと思ってるけどな」
ルーシャの心情を察してかセトは明るく笑う。その笑顔と明るさにルーシャはいつの間にか照らされ、その温かさに心が軽くなる。真っ直ぐで嘘偽りのないセトだからこそ、その言葉が時には鋭く心をえぐり、時にはその暖かさで救われる。
地図を頼りに二人は進み、その風景が活気ある街並みから徐々に人気の少ない海へと変わる。一大港街を離れると、そこに広がるのは広大な海と険しい岩場だった。船が着岸できる土地を中心にレイズルは発展していき、海岸工事も進んでいる。だが、その中心地から外れれば外れるほど海の存在が大きくなる。
海流の影響や海岸の形状によっては荒波が白く染まることもあるし、足場が不安定なため海に落ちる危険性も高い。ルーシャは変わりゆく風景に目を凝らしながら、地図とその風景を見比べる。
「あの先ね」
まっすぐとルーシャは目的地を指さす。
ルーシャとセトが歩いている場所から、土地は左方向へと弓なりに曲がりその先にはひとつの丘がある。特に何かがあるわけでもない開けた土地で、まだ遠く離れたここからでもその地を見ることは出来る。
「何もなさそうだな・・・」
ガックリと肩を落とすセトだが、ルーシャは言葉を続ける。
「その下だと思うけど」
「・・・え?」
セトは再び顔を上げルーシャの指さすその先を正しく読み解く。
ルーシャの指はまっすぐと、丘の下を指している。弓なりに曲がる土地の下は崖になっているが、海沿いにわずかながら足場となりそうな岩場が残っている。
「何もなさそうだけどなー」
「ほんのちょっとだけど魔力がありそう」
大きな海流による魔力が海から感じられるため、ルーシャが今目的地と思われる場所から感じられる魔力は極わずかだった。だが、それでもはっきりと海とは違う何かの魔力を感じ取る。
「やっぱ便利だよなー、魔力探知」
「こればっかりは練習しなきゃね」
羨ましそうなセトにルーシャは苦笑いをうかべる。セトには早期から魔力探知を教えている、自分の魔力を正しく感じ取りコントロールするために。セトの魔力は強く、さらにその感情であまりにも激しく変化していく。その力をコントロールしなければ魔力の暴走だけではなく、周囲の人や環境に強く影響を与えてしまいかねない。
だが、セトはまだ魔力探知が出来ずにいる。魔力協会のなかでも魔力探知ができる人間はそれなりには居ると言われているが、得手不得手がはっきりと分かれる技術であり、出来ない人間は出来ないということが多い。さらに、ルーシャほどすぐに魔力の存在に気づき、その性質を見抜くのはかなりの修練が必要だと言われている。
ルーシャのセトはそのまま進み、丘の上から魔法術で下の崖まで降りる。海は荒々しく、潮風の匂いがよりいっそう強く感じられる。岸壁に打ち付けるような勢いの波に警戒しながらも、ルーシャは目の前の岩場をじっと見つめる。
(封印と連動した魔法術かー。神語の一部が欠落してるってことは・・・)
まじまじと目の前に描かれているようだった魔法術の神語を解析するルーシャ。
「魔道具によって開く隠し扉ってとこかな」
封印魔法が描かれた神語と、それを解くための神語が描かれている。だが、開封のほうの魔法術の一部がが欠損しており封印が保たれている。こういう手の場合は大抵、何か鍵となるような魔道具に欠落した部分の神語が描かれており、それをもってこの封印がとかれるようになっている。
(それ以外も結構手の込んだ魔法術があるし、ご丁寧に錯乱魔法と抗魔力探知魔術も含んでる)
解析しながらルーシャは悩む。
錯乱魔法は様々な種類や用途があるが、今回は神語の解析がしにくいように魔法がかけられている。魔力探知に秀でているか余程の実力者でなければ、この隠し扉にかけられている魔法術の神語は見抜けないようになっている。
さらに抗魔力探知魔術はその名の通り魔力探知されにくくする高等技術で、これがされているということは魔法術師にさえもここを知られたくはないということだった。
(探知無効とかなら絶対見つけられないんだけど)
ルーシャの師匠・ナーダルを初めとするルレクト家の秘術の魔力探知無効なら魔力の存在そのものも消すことができ、魔法術の存在そのものを無いものとできる。それならば、さすがのルーシャも魔法術の存在を見破ることは出来ない。
「なあなあ、隠し扉?!」
がっつりとルーシャの独り言を聞き取られてしまい、セトの顔がより一層輝く。
「開けれるんだろ?」
期待を込めた眼差しを向けられ、ルーシャは頭を抱える。これ程の魔法術師対策をした魔法術をかけているということは、よっぽど守りたい何か、隠したい何かがあると踏める。
「・・・ヤな予感しかないけど」
隠すべきものが何かの検討はつかないが、あまり良いものではない気がする。裏社会の密会場かもしれないし、盗品の隠し場所かもしれない。それかもう地図のマークの通り、殺人鬼か何かが死体を遺棄しているのかもしれない。
少し迷ったが、ルーシャは見つけてしまったものは仕方ないと魔法術を解く。少し時間はかかるが、それでも神語の全容を把握し尽くしたルーシャにとって解けない魔法術ではなかった。
魔法術を解くと、音もなく目の前に大きな穴が現れる。岸壁の洞窟が隠されており、その穴は人間はもとより、それなりの大きさの船さえもすっぽりと収まりそうなほどだった。
まだ満潮ではないためか、洞窟の足場となる岩場は波に覆い尽くされずにあり、ルーシャとセトはその洞窟へと足を踏み入れる。
太陽の光が届かない岸壁の洞窟は暗く、ルーシャとセトは光魔法で周囲を照らして奥へと進んでいく。吹き付ける潮風が洞窟という密閉空間に漂い、強い湿気と潮の香りが充満する。ベタつくその風を感じて奥へと進むと、ひとつのものが見つかる。
「船じゃん!すげえ」
入口から大きさを変えなかった洞窟だが、しばらく奥へ進むと空間が大きく開ける。
そして、その目の前には大きな船があった。ルーシャとセトが進んできた道よりも上と下の両方に大きく開けたその空間には、満潮時に満ちた潮が窪んだ空間に引けずに残っている。その深さは分からないが、大きな船が浮かんでおくことが出来るだけの海水が残っているようだった。
興奮するセトだが、ルーシャはとんでもないものを見てしまう。
「なんで侵入者がいるんだ?」
セトに声をかけるより前に誰かの声が響く。とっさにルーシャは背後を気にするが、それよりも前に何者かに体を捕捉される。補足と同時に縄でルーシャの腕を縛り上げる。その行動の速さと力の強さにルーシャはすぐさま魔法術を展開しようとするが・・・。
「・・・使えない」
魔力が一切扱えず練ることも、体からその魔力を引き出すことも出来ない。
「お嬢ちゃんたち、海賊の塒に入ってきて・・・覚悟はできてんだろうな?」
ルーシャを捉えた屈強な男が笑いながらそう言う。
「海賊っ?!」
セトはことの展開についていけないまま、捉えられたルーシャとその背後にいる男を見つめる。
ルーシャは身動きが取れず、魔法術も使えないままこの場にいる人数を数える。目で数えられる範囲で十名ほどの男女がいることを確認する。
(それにしても気配だけじゃなく、魔力も探知できなかった。今も魔法術を使えないのは・・・魔力を封じる魔法術をこの縄にかけてるからだろうし。かなりヤバい)
ルーシャは船に掲げている旗がドクロマーク──海賊旗を記していることに気づいたが、セトに働きかける前に先手を取られた。
「つーか、何で部外者にここが分かった?しかも入れた?」
目付きの鋭い女がセトに近づく。
「この地図拾ったんだ」
セトは主戦力の師匠をとられ、下手に相手を刺激しない手をとる。街中でひろった地図を近づいてきた女に見せる。
「ここの地図だな。でもなんで・・・」
セトまで近づいた女はその地図を手にして驚く。
「あ、それオレが失くしたやつだ」
遠巻きにルーシャやセトを見ていた別の男がそう答える。
「何でてめぇ、塒の場所をメモしてんだよ」
「忘れたとき用にって思ってたんだけど、どっかで落としちまったんだな」
がはははと笑うが、他の海賊たいはため息をつく。どこかその空気が和むが、ルーシャとセトは切り抜ける方法を静かに考える。
「なんの騒ぎだ?」
和んだ空気の中、突如として凛とした声が響き空気が引き締まる。
「船長、侵入者です。キールの野郎が塒の地図を落としやがって」
ルーシャを捕捉していた男が、まっすぐと船を見てそう答える。ルーシャは冷や汗をかきながらも、その海賊船を真っ直ぐと見る。遠目にもそこにいる人間の醸す雰囲気が尋常ではないことをすぐに察する。
金髪に淡い青い瞳の男は海賊の船長にしてはすらっとしているが、その目つきは鋭い。
「落としたのは地図だけだな?」
凛として響き渡るその声にキールと呼ばれた男は「もちろんです!」と叫び返す。
「たいした魔法術師だ。その協会の犬を連れてこい。ガキはとりあえず縛っておけ」
船長の言葉にルーシャは心臓が凍りつく。ルーシャの胸元に協会章のペンダントがあったことから、すぐに協会員とバレたのだろう。
協会の犬──そのフレーズは主に反魔力協会組織で言われることが多い。たまに協会員が自虐で言うこともあるが、この状況からして良い方には捉えられない。
(むり、確実に死ぬ!)
焦りながらセトのほうを見ると、数人の海賊に囲まれて縄で縛り上げられている。セトに助けを求めることも、セトを逃がすことも出来ない。持ち物にナイフはあるが、手を縛り上げられ、かつ魔力を使えない今はナイフで縄を斬ることもできない。
引きずられるように、ルーシャは海賊船に連行されていく。
──────────
セトがよく分からない地図を拾った。
どうせイタズラだろうと思って冒険ごっこに連れていったら・・・まさかの海賊の塒だった。嘘でしょ?!
入口の隠し魔法術がやけに手の込んだものだなーとは思ってたんだけど。
いや、それよりも確実に詰んだ・・・。




