p.88 調査
ひとしきりセトの質問に答え、赤髪の少年の顔が出会った頃よりも明るくなったのをルーシャは見て安心する。食事を取れて腹が脹れたのもあるし、興味を持つものがあったからなのもあるかもしれない。
何にせよ、その向けてくる眼差しが警戒心だけではなくなりルーシャは安心するのだった。
「ルーシャは異変調査が仕事なのか?」
いつの間にか名前で呼ばれ、案外すぐ心を開いてくれているようだった。
「ううん。私は旅の魔法術師だから、協会に寄せられる色んな依頼をこなして収入を得ている。今回はちょっとお偉いさんに調査して来いって言われてね」
溜息をつきながらつい愚痴を零してしまう。異変の調査はここ二日して何も手がかりがない。気にしていた魔力もこの島のものではなく、セトの魔力だった。
「セトはいつからこの島にいたの?」
ふと、ルーシャはひとつの可能性を閃く。もしも、今までになかった魔力ならば異変を起こすきっかけになったかもしれない。普通の人間の魔力ではそんなこと起こり得ないが、セトの魔力は熱気のように激しい特性が見受けられる。何かの誘引になってもおかしくはない。
「一ヶ月くらい前」
その表情と声は曇る。何か訳があってここに来たのだろうと思い、ルーシャはそれ以上言及することを辞める。
無人島での異変はつい最近、それこそここ一ヶ月ほどで見られている。セトの魔力の存在が関係あると考えられるが、それが原因だという確たる証拠はない。
調査に来た研究員が体調を崩したのが魔力にあてられたというのは十分に考えられる。強い魔力は長時間浴び続ければ、免疫のないものは体調を崩すことが多い。魔力協会の魔法術師といえども、所詮は人間であり強い魔力に対する耐性は個人差がある。
(ただ、魔力にあてられたにしてもセトの魔力量が桁違いに多いかって言われたら、そうでもないからなぁ・・・)
魔力探知に秀でたルーシャだからこそ、瞬時に相手の魔力の性質や強さ、量を推し量ることができる。確かに特殊な魔力であり、量もそれなりに多い。だが、魔法術師が体調を崩すほどの量だとは言えない。研究員たちが人並みより魔力耐性の低い人たちだったならば説明はつくが、それでも揃いも揃って虚弱体質が集まるのも珍しい話となる。
(それにこの島にある熱気も・・・。いくらセトの魔力が炎みたいな性質だとしても、それだけで周囲の気温を上げられるわけはない。なんらかの魔法術を使わないと気候は操れないし、それらしい神語もない)
魔力はあくまで魔法術を引き起こす力であり、魔力そのものが何かを起こすということはない。魔法術の発動には神語が必要であり、その神語は見当たらない。
「まあ、とりあえず調査するしかないかー」
ため息混じりにルーシャは呟く。まだ島の中心や反対側には回っておらず、もう少し何か判断できそうな材料を探す必要がある。
「しばらく一緒に行動する?」
「え?」
隣に座るセトにルーシャは問いかける。その魔力が何らかのヒントを握っていそうで、行動すれば魔力の何らかの変化や動きを見ることが出来る。
「ちょっとした生活の知恵くらいなら伝授できると思うけど?」
それにセトがこれからどう生きていくのかは分からないが、放っておくにも気が引ける。だからといって、他人の人生に責任など負えない。
そんなルーシャだからこそ、せっかくこうして出会った少年に出来ることは生きる術を教えることだと考えついた。
「俺は助かるけど、ルーシャはメリットないだろ」
素直にルーシャの申し出を「助かる」と言うセトにルーシャは単純に嬉しくなる。
「そうでもないよ。一人より二人のほうが気づけることも多いし、自分にはない視点や発想を得られるし。調査を行き詰まった私には、藁にもすがりたいのよねー」
実際、なんの成果も上げられそうにないルーシャは本当に藁にもすがりたい。フィルナル相手に何もわかりませんでした・・・とは格好が悪いし、鋭い視線を浴びそうで怖い。研究員たちが見つけられなかったのだから、専門的知識のないルーシャが何も見つけられなくても変な話ではない。だが、それでも体裁というものは気にしてしまう。
「じゃあ、帰るまで付き合ってやるよ。俺も生活かかってるからな」
そう言いセトが初めて笑う。屈託のないその笑顔があまりにも年相応で、改めて彼がまだ少年なのだということを思い出す。つい数時間前までは警戒心しかみせず、何もかもを拒絶したようなその瞳は強くも冷たかった。それだけ見てきた世界を映すかのようで、その赤い瞳が刺すように痛かった。
だが、ひとたび笑えばその赤い瞳は陽の光のように暖かい。
そうして、ルーシャはセトと行動を共にすることにした。そのままセトがルーシャのキャンプ地に合流する形になり、ふたりは一旦セトが暮らしていた場所へと行く。ルーシャは身軽に動けるよう、最低限の荷物だけを入れた小さなカバンだけを肩にかけている。サバイバル能力のあるルーシャは基本的に動きやすい格好、最低限の荷物で動き回ることが多い。
セトは一ヶ月前に島にたどり着いてから森の奥に居住地を構え、そこから海や森に食料を取りに行っていた。そこは島にある小さな山のようなものの麓で、その山はかつてこの島で火山活動があったころの火口だった。火山といってもごく小規模のもので、とっくの昔に枯れ果てている。
その火口の麓にちょうど良いサイズの洞窟があり、セトはそこで雨風をしのいでいた。無人島であり物取りもおらず、荷物をそこに置いていたのだった。小さな鞄には少しの小銭と着替えしか入っておらず、セトの生活がいかにギリギリなのかを思い知らされる。
「それは?」
「お守りみたいなもん」
華奢な体にはあまり似つかわしくない剣をセトは手にしていた。剣といっても一般的な斬撃を行えるものではなく、刺突を目的とした細いレイピアだった。あまりその形の剣を目にした事のないルーシャは珍しいものだとまじまじと見てしまう。
黒い鞘に納められたその剣の柄は真白で美しく、握るところには何の皮か見当もつかないほど鮮やかな赤色の皮が鞣されている。柄の端には紐で赤い宝珠が括り付けられ、淡い赤と血のように濃い赤が目につく。さらに、黒い鞘には金で幾何学な装飾が施されている。
「ちょっとこの山登る」
セトの準備が整ったところでルーシャは目の前の元火口を指さす。一度調査しようとしていたところであり、こんな麓にこられたことはラッキー以外の何でもなかった。
少し火口の麓を歩いていると登れそうな傾斜をみつけ、セトとともに歩く。サバイバル能力に長けたルーシャと、過酷な環境で生きてきたセトは難なく火口を登る。
元火口の山と言ってもそれ程高いものではないため、足元に気をつけながら二人は思っていたよりもすぐに頂上にたどり着く。随分昔に死んだ火山なので火口は閉じ、緑がところどころに生えている。
「なんか分かった?」
不思議そうにルーシャを見るセト。
(・・・これは)
ごく細い糸のような何かをルーシャは感じ取る。
「ちょっとセトここにいて」
ルーシャはセトを火口の端へと連れていき、動かないよう声をかける。そして肩にかけていた小さなカバンの中からチョークを取り出す。そのまま火口の外から神語を構成し、その中心を割り出す座標魔法を発動させる。
魔法は規則やルールに則り魔力を変化させることで生じるものであり、ルーシャがこれから行おうとしている魔法は神語構造を中心として広がるものであり、精度を高めるためルーシャは火口の中心を調べる。
(魔力!)
セトは魔力に目覚めてはいるが魔法術を使える訳ではない。その使い方も正しく知らないし、魔力探知が出来るという訳では無い。野生の勘のようなもので、ルーシャの練る魔力の存在を感じ取る。
火口の中心を割り出したルーシャは、その中心地へ向かう。そしてそのままチョークに魔力を練りこみながら魔法陣を描いていく。神語と意味のある記号や線を描きながら、その魔力を練り魔法を発動させる準備をする。
セトは淡々とチョークで幾何学な文字や記号を記していくルーシャを不思議そうに見つめる。つい数時間前に初めて見かけたに過ぎなかったはずの大人で、関わる気もなかった。この島にたどり着いて何人か大人の存在に気づき観察してきたが、誰もセトを見つけることなどなかった。
だからか、こうして見つけてくれたルーシャの存在が気になった。気を許す気もなかったし、今だって出会って数時間の相手の何かを知っている訳では無い。お互いに知っているのはせいぜい名前くらいでしかなく、セトはルーシャが魔法術師と呼ばれる人間だということくらいしか知らない。
そんな相手がこうして目の前で初めて魔法というものを発動しようとしている。
(そりゃ、気になるだろ。魔法だろ?)
セトのなかの好奇心はどんどんと膨らんでいき、その赤い瞳はキラキラと輝いていた。
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セトがビックリするくらいの早さでわりと心を開いてくれた。
たぶん、元々社交的な性格なのかもね。
教えたことも割とすんなり吸収してやってのけるし、人との付き合いとかもソツなくこなせていただろうし、器用なほうなのかも。
興味のあることに私が答えられるのとか、私が単独行動してることとかも影響してそうだけど。
かと言って、まだセトのこと何も知らないんだけどねー。
この章で年下と接するルーシャを書いていて、とても新鮮です。私の中でルーシャはかなりの敬語キャラなので、ため口を話すのは新鮮かつちょっとした違和感が・・・。




