p.77 リゾート地
どこまでも晴れ渡った魅入ってしまうほどの青空に、灼熱の太陽が燦々と降り注ぐ。空の青とは別の、エメラルドグリーンの海は透明度が高く見ているだけで心が現れる。砂浜は白く、サラサラとした感触で裸足で砂浜を歩くのもまた一興があった。
ルーシャは現在、リゾート地としても名高いシャルマ共和国のナザ・パパンという地へと来ていた。一年の多くが晴れており、赤道に近いため常夏の国でもあった。穏やかな気候、青い海というロケーションでリゾート目的の観光客で溢れている。
ルーシャは独り立ちをして半年以上が経過していた。寒い時期に独り立ちをしたルーシャは魔力協会に寄せられるいくつもの依頼をこなし、様々な国と地域を渡り歩いてきた。元々ナーダルとともに世界を旅していたためか、特にどこかに定住したいという思いもなく、ルーシャは何となく旅をして回っていた。仕事は協会の支部で受注できるし、協会にある「お仕事サービス」というシステムに加入しているため、ルーシャの力量や現在地にあわせ仕事を斡旋してくれる。
ひとりの魔法術師として扱われることにまだ多少の緊張感はあるが、それでもこうして協会章を身につけ、仕事の報酬を得て暮らしていけることが嬉しかった。
特に目的も何もないまま、ルーシャは様々な土地を訪れては去っていく。時折、会長・フィルナルからお使いを頼まれるが、まだ独り立ちして間もないルーシャの技量は知れており、そこまで大仕事を任されることもない。どこか悠々自適な生活を送りながら、ルーシャは自分の生きている世界をその足で歩き、その目で見てゆく。
シバやオールドには一応、お土産と共に近況報告の手紙を送っているため、ルーシャの消息が忽然と絶たれた場合は最悪誰かが捜索願いくらいは出してくれる。だが、旅の魔法術師は特に生活の保証もないため近年では珍しくもある。
「はー、優雅すぎる」
大きく伸びをしてため息混じりの声が漏れる。短く切りそろえたショートボブを風が撫で、ルーシャはその生暖かい風に南国を感じる。郷に入っては郷に従うものであり、ルーシャも南国風にTシャツ、短パン、サンダルといった軽装備だった。雪国育ちのルーシャは暑さに弱く、リゾート客にまじって海に入ることは進んで行えない。灼熱の太陽にたちまち肌を焼かれて真っ赤になり、あっという間に日焼けと熱中症になりかねない。
雪国育ちがすべて暑さに弱いと言う訳ではないが、ルーシャは暑さへの順応ができないままでいた。リゾート地も楽しいのだが、それでも昼間の暑さや灼熱の太陽は苦手であり、ルーシャは海岸沿いにあるオシャレなカフェで青い海を眺める。
ここへ来る前に、たまたま立ち寄った本屋でリゾート特集の雑誌を手にしたルーシャはその空と海の青を見てみたいと思いここへ来ていた。特に目的もなければ、仕事がある訳でもないのでルーシャは一日中青い海をぼんわりと眺めて過ごすという贅沢な時間を過ごす。
規則的な波の音を聞きながらルーシャは注文した飲み物を一口飲む。冷たいトロピカルジュースの南国独特の甘みが口の中に広がる。店内には陽気な音楽が流れ、街ゆく人々も楽しそうだった。
「え?」
そんな贅沢かつどこか堕落した日々を送っていたルーシャの耳に思わぬ情報が入ってきた。
ナザ・パパンに滞在して数日たっており、その間にルーシャが通うカフェは決まっていた。いつも同じ時間帯に来て、ぼんやりと海を眺めて過ごすちょっとした常連客となったルーシャに、カフェのオーナーがひとつの情報を提供してくれた。
「いやー、こんな観光地にお偉いさんかわ来るなんてなー」
背の高い大柄な店主はガサツに笑って、ルーシャにサービスの焼き菓子を渡して去っていく。店主に礼を言いながらも、ルーシャの心はざわつく。
(・・・)
言葉にならない感情がうずまき、目の前に映る青い空も海もその色彩を失う。
(兄さんが・・・)
店主から得た情報にルーシャの感情がざわつく。
セルドルフ王太子のアストルが数日後に、このナザ・パパンへと視察に来るという。魔法術関連の情報収集はしているが、世の中の政情に関するものには疎いためアストルの動向を一切知らなかった。
ルーシャの心はざわつく。アストルが起こした事件以降、ルーシャはアストルと会っていないし言葉も交していない。そもそも、アストルのことをあえて考えないようにしてきた。避けてきたその存在を目の前に突きつけられ、ルーシャは言いようのない感情が渦巻く。
ルーシャはアストルのやったことは許せないと思っているし、様々な思いを払拭するために過去を切る──そういう意味を兼ねて髪を切った。
だが、それは一時的にその現実から目を背けるためのものに過ぎなかった。
(・・・マスター)
ルーシャにとって、ナーダルはとても大切な存在だった。尊敬する師匠であり、自分を見つけてくれた恩人であり、ルーシャ自身の居場所を作ってくれた人であり、出生も何もかもを知っても見守ってくれた存在でもあった。オールドがナーダルに寄せる好きという気持ちとはまた別で、ルーシャはナーダルのことが好きだった。
凄腕の魔道士なのに抜けているところがあって、実は王子様なので旅をしていてもルーシャのほうが処世術やサバイバル能力には長けていたり、それでもいざと言う時は誰よりも頼りになる──ある意味そこにいて当たり前な存在だった。
(でも、ずっと怖かった)
当たり前のように隣にいて笑ってくれる反面、ルーシャには見せない表情や空気をナーダルが醸す度に怖かった。知らない一面があることも、背負ってきたものが生半可なものではないことも、ナーダルがある日突然いなくなってしまうのではないということも。
何がという訳ではないが、時折ナーダルが見捨てる先がこの世ではない気がすることがあった。心ここに在らずな師匠を見る度、ルーシャはナーダルが消えてしまうのではないかと不安になったこともあった。
冷えきったガラス容器に触れ、ルーシャは暗い表情のままその青い瞳を閉じる。こうしてガラス越しに氷の冷たさを感じ、これが夢ではないのだと実感する。
(これも・・・魔力の導きなの?マスター)
魔法術師たちがことある事に言い訳のように言う魔力の導き──、それはこんなことにまで繋がっているのだろうか。
アストルに対してどのような感情を抱いているのか、どういう関係を望んでいるのか・・・ルーシャには全くその答えが浮かんでこない。ただ、その名前を聞いただけでとても心がざわつく。
晴れ渡ったリゾート地とは思えないほど、ルーシャの視界に映るのは色彩を失った世界だった。鮮やかな色合いも、陽気な南国の音楽も、笑顔で目の前を通り過ぎるカップルの顔も・・・何もかもが見えなくなる。
つい数分前まで優雅に過ごしていたルーシャの世界が一変したのだった。
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たまには何もしない贅沢もいいかなーと思って、雑誌でイチオシのリゾート地「ナザ・パパン」に来てみた。
雑誌の写真と変わらない、驚くほどの青い空と海だった!
色んな人がバカンスに来るのもうなずける!
と思ってたのに、まさかの・・・兄さんが視察に来るって。
なんで私が来てるタイミングで。
こんなことでさえ、魔力の導きなのかな、運命なのかなって思ってしまう。
はぁ、どうしよ。
全然楽しくなくなった・・・。
遅くなりました、新章です。




