p.73 筆記試験
魔力協会の思想本部にあるいくつかの会議室は見習い魔法術師が顔を合わせていた。ガヤガヤとした騒音が響くなか、ルーシャは息を飲んで手にした受験票の番号と指定された座席を照らし合わせていた。
オールドから魔法術師試験があると教えられ、オールドとともに受験手続きを行った。魔力協会の本部や支部にある受験応募用紙に名前と受験日、協会籍番号を記入し、所定の窓口に提出すればすんなりと受験票がもらえるシステムとなっていた。協会への入会の時といい、魔法術を扱う機関にしてはその辺りの書類処理が普通の役所と変わらずルーシャは相変わらず不思議な気がした。
魔力協会の大抵の書類提出に必要な協会籍番号については、一人前の魔法術師の場合は協会章に魔力で刻まれており、他の人が勝手にその番号を悪用しないようロックもきちんとかかっている。だが、見習い魔法術師たちはそのようなものがないため忘れたら窓口で確認しなければならない。
魔法術師試験の申し込みをしてから試験日までは二週間ほどあり、ルーシャはシバに特訓をしてもらっていた。魔導士や呪術師、その他の資格に関しては年に数回しか試験が行われず内容も高度であり、試験実施日の一、二か月前に申込みが締め切られる。しかし、魔法術師試験は毎月一回行っており、試験内容も基礎的なことなので試験実施日前日の支部や本部が開いている時間まで受け付けてくれる。
魔法術師試験には筆記試験と実技試験のふたつが行われ、基礎的な知識から簡単な応用力までが問われる。筆記試験の内容は過去問題集や予想問題集が販売されており、それである程度は勉強して備えることは出来る。筆記試験の内容としては、基本的な基礎知識が問われる必修問題、一般知識全般を問われる一般問題、最近の話題になっている事例が取り上げられるトピックス問題に分けられる。
必修問題は問題数に対し八割の正解率が得られなければ、他の問題で満点であろうと問答無用で不合格にされる恐ろしい科目であり、ルーシャはこれを間違って落としはしないかと冷や冷やしている。
一般やトピックスは七割とれれば十分と言われ、六割でも合格者が出ることも多い。
それに引き換え、実技試験はその内容が毎回異なるため具体的に備えよえがない。ある時は孤島で一人きりで三日三晩サバイバルを強いられ、ある時はグループで巨大な魔獣の討伐へと行き、ある時は協会側が用意した脱出ゲームや宝探しのようなものの課題を出されたという。
オールドの時の実技試練は様々な季節の花を使って庭園を完成させろという課題で、春夏秋冬あらゆる季節の花をひとつの庭に存在させたという。気温や湿度、陽光の代わりとなる光、生命源である水などは魔法や魔術によってある程度調節できる。開花までの時間は光合成や発育を促す魔法を上手く活用すれば試験時間内に課題はクリアできる。
「問題はどの花がどんな条件で育つかって分からないことだったのよねぇ」
魔法術師試験について問うた時、オールドは懐かしそうにため息をついていた。確かに魔法術の腕前があり、そのコントロールを完璧にしたところで花が咲く条件を知らなければ適切な環境は作れない。
オールドは千里眼という魔術を利用することでその問題を乗りきっていた。千里眼とは対象となる他者の視覚映像を術者と共有するもので、対象にその魔術を展開すること発動する。その他者は人間でもいいし、他の生物でもいい。だが、人間以外だと視覚から得る情報が人間のものとは異なるためあまり他の生物を対象とすることがない。あえてその感覚を研究する者もいるが、そんな稀な学者は変人扱いされる。
オールドはその時、たまたま聖本部で魔法術師試験を受験しており世界最大の図書館で、植物学の本を読んでいる人間に片っ端から千里眼の魔術をかけあらゆる植物について短時間で情報収集したのだった。随分と荒業のように思えるが、それでも課題遂行が成されたならば他者の課題を盗んだりしない限りその手段は問われない。
合格率が常時九割以上ある試験とはいえ、残りの一割は振るいにかけられる。その一割に自分が入らないとは言いきれず、ルーシャはここ数日のあいだ胃がキリキリ痛む。ルーシャの人生において、大きな試験を受けたことはなく、進学のための受験などもしたことがない。
田舎育ちのルーシャは義務教育だけしか受けてきていないし、田舎ゆえに生徒も少なく必要最低限のことしか知らなかった。王城生活では必要なマナーや歴史、ある程度の知識は学んだがそれでも下働きとしてやっていくためのものだった。特に何かの試験のための勉強をしたこともなければ、資格を得ることもなかった。
「ルーシャ!」
緊張で頭がいっぱいな肩を誰かが勢いよく背後から叩く。突然のことにルーシャは前へとよろめき、その誰かはルーシャの腕を掴んで支えてくれる。
「ミッシュ!」
久々に見た茶髪のショートヘアに、淡い紺色の瞳のその娘はルーシャの数少ない同年代の友人のひとりだった。竹を割ったような性格で、確か半魔力協会組織に復讐を誓っていた。
久々に会ったミッシュだが、出会った時よりもずっと身体が鍛えぬかれ引き締まっている。身長はルーシャより少し高いくらいだが、服の袖から垣間見える腕だけでもそれなりに鍛錬を積んでいそうだった。
(あの腕で叩かれたらね・・・)
言葉には出さずルーシャはこっそり、それは痛いしよろけるだろうと勝手に納得していた。
「まさかルーシャと会うとはなぁ」
感慨深そうに瞳を閉じて頷くミッシュに、ルーシャも同じく首を縦に振る。
「ほんとに。元気にしてた?」
「まあ、ぼちぼち。あれからちょっと色々考えて、協会の軍部入隊を目指しててさ」
ふたりで受験番号と席を確認しながらミッシュはそう言う。少し驚くルーシャだったが、静かにミッシュの次の言葉を待つ。
「半魔力協会組織を一人で探し出したり、その動向を探るのは無謀だって分かったから。組織には縛られるけど、それでも良いかなって」
目的の為ならばその手段は問わない──それがミッシュの決断だった。前を見すえる淡い紺色の瞳に迷いはなく、まっすぐと前を見すえている。ミッシュのその目的はあまりにも過酷で、下手をすれば怪我どころか命すら危うい。
復讐と一言にいったところで、ルーシャはそれが何をするのか、どういう意味をなすのか分からない。何かを誰かにしてやろう、し返してやろうというほどの強い憎しみが湧くことはなく、その道がどういうものなのかの想像もつかない。ただ、友達から感じ取れるその空気だけが強く揺らぎないものだということしか分からない。
「ま、この試験に受かんなきゃなんも始まんないし。お互いに頑張ろう」
こちらを向いて笑うミッシュにルーシャもつられて笑ってしまう。何故だろうか、それだけで身体中を縛ってきた緊張の糸が解れる。
ルーシャとミッシュの座席は離れていたため、そこで別れる。程よく緊張か解けたルーシャは不安もあるが、それでも今目の前のこの現実を乗り越えようと意気込む。
魔力協会に在籍する以上、魔法使いか魔術師か、あるいはその両方を有する魔法術師の資格がいる。今や魔法術師試験と呼ばれているが、試験の中には魔法に関するものと魔術に関するものが含まれており、明らかにどちらの知識や技術が劣ればひとつの資格しか得られない。
魔力協会で他の資格を得る場合にも一人前の証拠として必ず、魔法使い・魔術師・魔法術師の資格が必須となっいる。この試験に合格出来なければこれから先、この世界で生きていくことが難しい。
指定された座席に座り、ルーシャは筆記試験に備えて作った勉強ノートを読み直す。苦手な分野やなかなか覚えられないことを書き綴っており、これを見る度に覚えられない不安もある。だが、やはり何もせずに試験の開始を待つという堂々とした姿勢でいることは出来ない。最後の一瞬までも悪あがきで良いから知識のひとつでも叩き込む。
試験十分前になり、試験監督を努める協会員が会議室の中に入ってくる。そして、筆記用具以外の全てをカバンの中にしまうよう促されルーシャは大人しくしまう。
部屋の中は妙な緊張感で貼り詰められ、ここにいる見習い魔法術師たちの真剣さがひしひしと伝わる。
必要な筆記用具のみとなった机の上に静かに裏返された試験用紙が配られ、ルーシャはうっすら透けて見える試験内容を目に入れる。裏面からのため見える印字は薄く、文字も逆さまのため何を書いているのか読み取れない。それでもまだ苦手分野の知識を付け焼き刃で覚えているうちに、その問題を読んでおきたかった。
そんな静かな攻防をしている間に、試験開始のチャイムが鳴り試験官の掛け声ですべての受験者は一斉に試験問題を表に返す。羅列された問題を読みたい気持ちを抑え、解答用紙の一番上の空白をその青い瞳が捉える。ルーシャは受験番号と名前を真っ先に書き、そのまま問題へとその真剣な瞳を向けて魔法術師になるべく得た知識をその解答用紙に記していく。
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ついに、魔法術師試験を受ける!
ほんとにこんな日が来るなんて・・・。
そして、それはずっとマスターとともに迎えるものだとなんの疑いもなく思い込んでいたのに。
とにかく!この試験に受からなきゃ何も始まらない。
そもそも一人前になれなきゃ、協会で仕事も出来ないし。半人前のまま普通の仕事を探すっていうのもありかもしれないけど、それだと中途半端だしね。
まさか試験会場でミッシュに会うとは予想外だったけど。
お互いに頑張ろー!
ついに試験を受けるルーシャです。
私も試験の時はいつも、配られた問題用紙の裏側からほんのり透けた文字を必死に読もうとしてます・・・。ささやかな抵抗ですね。




