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ルーシャの魔法・魔術日記  作者: 万寿実
第八章 決意の欠片
70/143

p.68 足元

新章です。

 

 ナーダルがその目を永遠に閉ざしてから、ルーシャがその感情に向き合えないまま現実世界だけは怒涛に過ぎていった。

 ナーダルという魔導士はシバの弟子として名を馳せていたが、元は亡国の王子でありその逝去について広く周知されることは無かった。ナーダルの存在を知り、その中でも交友のあったものだけに現実が知らされ、レティルトの時以上に参列者の少ない葬儀が執り行われた。


 もはや肉親のいないナーダルの喪主は成人であり師匠でもあるシバが執り行っていた。厳かに行われた葬儀の中には、魔力協会会長のフィルナルはもちろんのこと、従姉妹のエリスとその家族、何人かの魔力協会の人間が見受けられた。


 各々が魔力協会の葬儀のしきたりに従い、魔力で花を創り出す。ナーダルの母方親族・ダルータ家の者の中には魔法術を扱えない人間がいており、そのような者たちは持参の生花をその棺に収める。

 ルーシャは溢れそうな感情を押え、ナーダルを思いひとつの花を創る。その花弁の先は透き通るかのように淡く青く、中心へと向かうほどにその青は濃くなっていく。やや小ぶりな花がいくつもついたその花を、ルーシャはナーダルの胸元にそっと置く。



 そうして、粛々と葬儀は行われた。静かに重い空気の中、もう二度とその目を覚ますことの無いナーダルは永遠にこの世から姿を消す。


 永遠に続くかのように思えた、ルーシャとナーダルの歩んだ日々はある日突然絶たれてしまった。






 葬儀を終えてから、ルーシャはオールドの元に身を寄せる。何をするという訳でもないが、元々ナーダルが旅をして一所に留まる生活ではなかったため、ルーシャも特に今居場所がない。協会の安宿に泊まっても良かったし、シバの元に厄介になっても良かった。そんななか、オールドに手を引かれて再びベタル王国の王城に足を踏み入れていた。


 何をする訳でもなく、何かしなくてはいけないという思いに駆られるわけでもなかった。ただ、どうしようもない悲しみと、この先について考えなければという空虚な思考だけがあった。まだ心のどこかでこれが夢なのではないかと思う反面、そんな都合のいいことなどありはしないと冷静な自分もいた。


 ただ目の前にナーダルがいない──それだけでルーシャのこの先は途絶えてしまったかのように思えてならなかった。特にこれといってやりたいことがある訳でもないルーシャにとって、魔法術師になるということは目標ではあるものの絶対ではなかった。ただ、その力に目覚めたから、ナーダルが見つけてくれたこの縁に何かがあるのかもしれないと思ったから──そんなものに過ぎなかった。


 今さら魔法術師を諦めるつもりは無いが、それでもどこかで足踏みしてしまう。ナーダルがいないこの世で何があるのだろうか、師匠のいない今をどう生きたらいいのか。


(・・・兄さん)


 そして何より、未だに鮮明に覚えているアストルがナーダルを貫いた瞬間。一体何がどうなっているのかと分からなかったし、アストルの事情が分かり、ナーダルの思いと行動がどういうものだったか知った今でさえ信じがたく受け止めがたい。


 分かっている、アストルのあの行動は魔力に飲み込まれ自我のない状況で起こしてしまったということを。そして、そのアストルはナーダルの魔術によりその混沌とした魔力が正され、アストル本人を支配していた力はその身体の中に封印されたという。


 アストル本人に一切の自我がなかったことから本人の判断能力がなく、その行動に対しての責任は現時点では問われていないという。人ひとりを殺傷しているが、アストルにはなんの罰も与えられなければ王位の剥奪もないという。そして、アストル自身にナーダルを傷つけその命を奪ったという記憶そのものもない。魔力協会は何もどうすることも出来ず、その口を閉ざしただけだった。


 そもそも、アストルがそのようになった原因は硝子ノ魔術による影響であり、それを防ぐことが出来ず大事件を見逃した魔力協会にはネスト家に対しどのようなことがあれ口を挟むことすら躊躇われる。ナーダルが繋いだ国王・ウィルトとの細い糸をなんとしても切らすわけにはいかなかった。


 様々な観点から、アストルおよびネスト家には深く介入しないという空気感が漂う。アストルやウィルトがそれを望んでいるか否か、どう思っているのかさえルーシャは分からない。協会の言いたいこともわかるが、どこか納得しきれない。




 アストルはナーダルを結果的に殺した。




 ルーシャのなかでそれだけはハッキリしていた。それが本人の無自覚であろうとなかろうと、本来ならば人間としてやってはいけないことを行い、その罪は裁かれるべきであるはずだった。


 そこに責任の所在があろうとなかろうと、アストルはナーダルの命を奪った。弟子から師匠を奪い、姫君から友人と想い人を奪い、協会から構成員の一人を奪った。それぞれにとって大切な存在だった一人の人間を奪っておいて、その生を断ち切っておいてなにも断罪されないのはおかしい。



「ルーシャ」



 落ち込み何もやる気が起きないルーシャは、ベタル王城の客間の一室を借りて滞在していた。シンプルながらも質の良い調度品や寝衣が整えられ、カーテンひとつとってもさすが王室だと思えるほどのものが揃っている。そんな環境に身を置きながらも、ルーシャはそれらに心を動かされることなく静かに部屋にいた。


 食事や何かしらの用がある時は外に出歩くこともあったが、それ以外は何をする気も誰かと話す気にもなれず、ただただ部屋から見える王城の敷地内の庭を見て過ごしていた。冬の庭は閑散としており面白いものなどないが、それでもぼんやりと過ごすのには適していた。


 そんなルーシャの部屋の扉がノックされ声がかけられる。

 何もやる気がないが出ないわけにもいかず、ルーシャはそっと扉を開けた。


「シスター・・・と、エリス」


 そこにいたのはずっと側で何かと心配りしてくれているオールドと、ナーダルの葬儀以来のエリスがいた。思わぬ訪問に驚きながらも、ルーシャは両者を見る。二人に公式な面識はなかったはず。


「ちょっとこちらのお友達がうちに押しかけてきちゃってねぇ」


 苦笑いを浮かべながら、オールドはエリスを垣間見る。エリスは少し申し訳なさそうに肩をすくめるも、さほど気にしていないようにも見える。友達に会いに一国の王城まで乗り込んでくるとは・・・さすがとしか言いようがなかった。驚きながらもルーシャは少し表情が和らぎ、エリスを部屋へと招き入れる。


 つい先日顔を合わせたばかりだが、ルーシャもエリスも声をかけ合う余裕はなかった。エリスは師匠を亡くしたルーシャにかける言葉が見つからず、どうしていいのか分からないという思いのままここに来ていた。


 ルーシャとエリスの出会いは魔力協会が斡旋しているアルバイト先で、そこでもう一人の見習い魔法術師・ミッシュとともに不思議な経験をした。その時、特に連絡先も交換せずにいたのだが少し前偶然にも再会を果たしていた。そして、そこでエリスがナーダルの母方従姉妹という衝撃的事実を知った。


「ルーシャ、その・・・」


 部屋に通されたエリスはソファに腰掛け、その対向にルーシャが座る。

 なんとも言えない沈黙が続くかか戸惑いながらエリスは口を開くが、ルーシャは何かを握った手をエリスに差し出す。


「エリス」


 少しやつれた様子のルーシャは真っ直ぐとエリスを見つめている。


「ホークト家って知ってる?」


 そう言い、ルーシャはその手に握っていた大切な形見をエリスに手渡す。

 ナーダルは亡くなる前、ルーシャさえ真実を知る気があるならばホークト家を訪れると良いと語っていた。それがなんのことなのか、何がわかるのかはさっぱり分からない。それに、アストルとルーシャの関係を躊躇いながらも口にしたナーダルが、その真実というものに対してはルーシャが知るかどうかをルーシャ自身の選択に任せた。それが何を意味するのかも分からない。


 だが、ナーダルがこの世を去ってからルーシャは母親の形見をずっと手にして考えていた。ナーダルがルーシャに託した選択肢とは何なのか、これを選ぶことと選ばないことは何なのかと。もはや答えてくれる尊敬してやまない師匠がいない今、ルーシャの選択に委ねられている。


「知ってるもなにも・・・、うちのお母さんの実家よ」


 ルーシャから手渡された家紋を見てエリスは驚きの声を上げる。その鷲が刻印された家紋は時折、母の実家に帰るたびに見ていた馴染みのものであり、そんなものがここで見られたことに驚きが隠せない。


「え・・・?」


 ダメもとで聞いたルーシャは思わぬエリスの返答に言葉を失う。

 どこの国のどこの一族ともしれず、ルーシャはナーダルの言っていたホークト家を探すのに時間がかかると考えていたし、エリスがそのホークト家と関わりがあるとは微塵も期待もしていなかった。ただ、元貴族のエリスならば何か情報を持っているかもしれないと振った話題にルーシャも驚く。


「で、ホークト家がどうかした?」


 丁寧にルーシャに指輪を返し、エリスは首を捻る。




「どうにか、そのホークト家かエリスのお母さんを伺うことって出来ない?」



 何がという訳ではなかった。ただ、偶然にしろあまりにも上手く繋がったこの縁に何ががあるのではないか、とルーシャは思えてならなかった。これがナーダルのいう運命や宿命なのか分からない、ただこうなったことに導かれた気がしてならない。







──────────


マスターが亡くなって何もする気もない。

どうしたらいいのかも分からないし・・・。


ただ、シスターのもとで厄介になってる。

自立するなりなんかしないといけないんだけどなー




なにもする気もないし、考えるのも億劫・・・


そんななか、尋ねてきてくれたエリス。

ありがたいけど、他愛のない話をするのも、マスターの話をするのもちょっと気が引ける。


なんとなく聞いた、マスターが言っていたホークト家を聞いたらまさかのエリスの母方の実家だった・・・

そんなドンピシャなことってある?




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