p.64 〈第一者〉
ナーダルが魔力協会思想本部にある大病院に担ぎ込まれて数日が経過していた。アストルの剣は的確に急所を貫いており、ナーダルは大手術の末になんとか一命を取りとめていた。一秒として予断の許さない時間が続き、ルーシャは生きた心地がしなかった。
病院にたどり着いたルーシャはオールドとシバに連絡を取り、状況を伝えていた。二人とも即座に駆けつけ、オールドはナーダルが心配な気持ちを押しとどめアストルについて情報を集めてくれていた。シバは静かにルーシャの隣に寄り添う。
オールドの情報によると、アストルは意識はまだ戻っていないものの容態は落ち着いており、あとは目覚めるのを待つだけだった。
アストルは数ヶ月前に忽然としてセルドルフ王国から姿を消していた。このことは公にはされず、セルドルフ王国と魔力協会だけが秘密裏にアストルを捜索していたという。そんなアストルをナーダルは見つけ、その身体に及んでいる異常に気づき対処していた。
魔力協会の魔導士や呪術師たちの解析により、アストルの魔力が辿った軌跡とその中に溶け込むようにあるナーダルの魔力が及ぼしている作用がわかった。
アストルは自身に眠る魔力が暴走し、自我を失った状態だった。そんなアストルをとめたのが、ナーダルの魔術だった。その過程でなぜ、ナーダルがアストルにより負傷したのかは分からない。自我を失い躊躇いのないアストルのほうが剣術や魔法術において優位だったのではないか、ナーダルが万全の状態ではなかったのではないかと様々な憶測だけが飛び交っていたという。
兄と師匠のこの現実に何が何だか分からないまま、数日がすぎた。ナーダルの状態が安定しないため、なかなか面会が許可されなかった。しかし、ある日突然それは許可された。
「マスター」
様々な薬が繋がれ、痛々しいまでのナーダルはベッドに横たわったままだが目を開けていた。
「心配かけてごめんね」
優しく微笑むその顔があまりに眩しくて、ルーシャはベッドの傍らにある椅子に崩れるように座り込む。ナーダルが目覚めてこうして口を開いてくれることに、一安心したルーシャはほっと胸を撫で下ろす。
「ルーシャ、ひとつ物語を聞いて欲しい」
なんの前触れもなくナーダルはそう言い、ルーシャを見つめる。その表情があまりなも真剣で、そして強い意志を感じる。これを聞き逃してはならないと、ルーシャはどこか怖いと思いながらも首を縦に振り、その優しくずっと聞いてきた声に耳を傾ける。
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現代から千年近く前の世界──そこはまだ、魔法も魔術もなければ魔力という概念もなかった。人々は作物を育て、魚や獣を狩り、そして一部の産業とともに暮らしていた。今ほどの科学技術や産業の発明がないが、人々はその世界で生きていた。王侯貴族が国を治めていることが多く、彼らは権力や財力とともに統治者としての責任も果たしていた。
そんな時代にひとつの存在があった、それが奇術師だった。通常の人々には扱えない特殊な術を行い、奇跡を起こす彼らは神事や政に関わっていた。彼らがどうやってその技を使い、そもそもその力をどうして手にしたのかは分からない。だが、王侯貴族はこぞって優秀な奇術師を手中に収めてきた。
奇術師は非常に数が少なく、さらに世界各国の神事や政に関わっており奇術師同士の繋がりはほとんどない。国や雇い主が同じなら関わることがあるが、それ以外の存在をほとんど知らない。さらに奇術の失敗か招くリスクは非常に高く、神の代理人と呼ばれることもある彼らの奇術の失敗は神による災厄だと捉えられることも多かった。
そんななか、国も雇い主も違うが志がおなじ五人の奇術師が集まり一つの組織をつくりあげた。それが「奇術師総会・マークレイ」だった。奇術師同士の繋がりが持てるように、奇術の研究を行い発展ができるよう、奇術の失敗のリスクを減らすことができるようにと。そのなかに一人の若き青年がいた。淡い茶髪に淡い青い瞳の彼の名はイツカといい、豊かな自然を誇る国の奇術師だった。
イツカは奇術師として、神事や政を行いながらも精力的に他の奇術師と交流をもった。そして、同じ志を持つ奇術師とともにマークレイを結成・創設させたのだった。創設メンバーを中心に様々な国にいる奇術師たちに声をかけ、マークレイには瞬く間に奇術師たちが集まった。
「マークレイが、俺たちと竜と竜人ノ民を繋ぐ架け橋となろう」
そして、イツカの願いがマークレイには込められていた。奇術師のためだけの組織──それだけではない大きな願いを込めてマークレイはつくられていた。
イツカがマークレイを構想するよりもずっと前、奇術師たちがまだまだ今よりもずっと数が少なかった頃よりひとつの種族が存在していた。人よりも数倍も大きな体、硬い鱗に覆われた皮膚、鋭い牙、澄み切った瞳、背には翼を携えたその種族は竜と呼ばれていた。彼らは不思議な力を使い、炎や水を巨大な口から吐き出すことも、硬い岩盤を望むがままに動かすことも、晴天に嵐を呼ぶことも出来たという。
その竜だが、彼らは龍の異端児という噂があった。龍は世界を統べるほどの強大な力を持ち、その力を遺憾なく発揮すれば瞬く間に世界は滅ぶとまで言われている──まさに神とまで称される存在があった。本当に龍が存在しているのかなど誰も知らず、ただその存在だけが崇められていた。そして、そこから異端とされているという竜に人々は積極的に関わることがなかった。
そんななか、竜の血と力をその身に宿す人間が存在した。彼らがいかにしてその力を得たのかは分からないが、同じ人間でありながら、人よりも長命で強い力のある彼らを人々は竜人ノ民と呼んだ。竜人ノ民は竜とともに生活を送り、彼らの集落には不思議な技で溢れていたという。そんな彼らに対しても人々は竜同様に積極的に関わることはあまりなかった。奇術師たちでさえ大いなる力を持つ竜と竜人ノ民に関わることは少なく、彼らは同じ世界にいながらどこか伝説のように語り継がれてきたのだった。
そうして、数十年──数百年の時を人々と竜や竜人ノ民は遠い距離を保って生きてきた。互いに過干渉することなく、存在し合ってきた。有事の際は竜や竜人ノ民の力を借りることもあり、彼らもまた必要時には人との関わりを持ったがそれでも互いの領域を侵さまいと慎重な関係性だった。
だが、その関係性は永続的なものではなかった。奇術を扱う奇術師たちの数が徐々に増えていったこと、それに伴い奇術の急速な発展がおきたことが世界を動かす。それまで敬いながらもどこか、その大きな力を恐れていた人間だったが奇術の発展でできることが増え、その視点は変わる。今までただただ大きな力を恐れ、関わらず、ひれ伏してきたが今は違うと。大きな力を持つ竜も竜人ノ民もその力が狂気をもたらすのではないかと──畏怖から生まれたその感情は容易に人々に伝播していく。
人々は竜と竜人ノ民に対し、徐々にその刃を向ける。力では圧倒的に不利だとしても、数では勝る人間は自分たちとは異なるその存在の排除に歯車をすすめる。その速度はどんどん加速し、気付けば世界中で竜と竜人ノ民は居場所を失い、仲間を失っていった。
そんななか、イツカを初めとした奇術師たちは彼らとの友好を説いた。確かに自分たちにはない圧倒的な力を持つ彼らだが、今まで故意に人を傷つけたことはなかった。互いに手をとりあえば、奇術の発展も、こらからの光ある未来も築けるはずだと。
マークレイに所属する奇術師たちは神事や政の傍ら、互いに情報を共有し竜や竜人ノ民との関係を改善するために奔走していた。マークレイ自体にも法令を整備し奇術師の管理を行い、奇術師の育成にも力を入れていた。
「これは・・・」
だが、加速する人々の恐怖に染った心を止めきることは困難を極めていた。イツカは仲間から得た情報から現場に急行したが、そこには無残に焼き払われ、命を奪われた竜と竜人ノ民の姿があった。あたりは血の海と貸し、腐敗と蝿がたかるその光景はおぞましいの一言に尽きる。
反竜派の勢力による竜狩が行われ、その集落にいた命は尽く奪われた。なかには生き残ったものもいたであろうが、大抵そういう者は人身売買にあうか見せしめに人里で殺される。もしくは竜は生きたままその鱗や爪や肉を剥がれ、生き血を抜かれることもあるという。あまりに酷いその状況を止めるべく、マークレイは休む暇なく動き回る。
「もう、終わりよ。イツカ」
ひとりの女が彼の前に姿を現し、その瞳は悲しげに揺れる。白い陶器のような肌に光を帯びたような金の髪、淡い青い瞳の女は拳を握りしめて目の前の光景に涙を流す。
「ロナク=リア・・・すまない、間に合わなくて」
彼女は奇術師であり、マークレイの創設者のひとりであり、竜人ノ民だった。いくつもの竜と竜人ノ民の集落が燃えていく姿を見て、いくつもの命が奪われるのをその目で刻みつけてきた。竜の鱗、牙、爪、血肉はそれら一つだけでも妙薬や道具の材料となるため、竜狩人と呼ばれる職が暗躍するほど事態は深刻となっていた。竜はそうして狩られていき、竜人ノ民は殺されるか奴隷として連れていかれる。
人の蛮行はあまりにも目にあまり、マークレイがそれらひとつひとつに対処していくには、あまりに組織としての力が小さかった。奇術師がいかに人々から尊敬される存在であったとしても、集団の力には適わなかった。
それに、奇術師の数には限りがあり、彼らの力は無限ではない。人間に過ぎない奇術師はその体力、気力、奇力に限りがあり疲労の末に倒れる人間もいる。さらに世界全体が反竜派的思想に染まりつつある中、多勢に抗うことは精神的にもきついところがある。
そして、奇術師は誰もがその力を持つが故に自国の政や神事に携わる。マークレイとしての仕事だけではなく、まず第一に自国の安寧と発展と平和に尽力しなくてはいけない。本来の役割の片手間にマークレイでの活動をしていたが、もはやマークレイでの活動は片手間では済まされないほど大きく重いものになっていた。
そんな多忙と重圧がのしかかり、マークレイを抜けていく奇術師が多く、その歯止めがきかない。元々数も多くない奇術師が抜けていくことで、マークレイに残った奇術師たちにさらなる重圧がかかり悪循環に陥っていた。
もはや、世界が竜と竜人ノ民を追い込むこと、マークレイがその重圧ゆえに崩壊することは目に見えて明らかな程だった。
「イツカ、ひとつ賭けましょう」
涙を流しながらも、ロナク=リアの瞳は強く力を秘めていた。
「なにを?誰に?」
「可能性を、未来に」
そう言い、ロナク=リアはイツカの手を取る。あまりにも細くか弱いその手が、とても力強くイツカの手を握りしめる。
今の現状は豪炎に小さな器で水をかけているような状況で、もはやその炎の勢いを止める手だてはない。
「今のままではマークレイは潰れ、私たちは滅び、そして人の世も潰えるでしょう。このままではだめ。一度、何もかもを忘れてしまうほどの時間を置きましょう。その時間の中であなたはマークレイを立て直し、人は一度その心の業火を落ち着かせ、私たちは眠りにつきます」
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「そうして、世界の覇者と呼ばれた竜は永遠にも近い眠りについた。彼らを〈第一者〉という」
ナーダルの口から語られるそれに耳を傾けながら、ルーシャはその語りの内容を何度も自分の中で反芻する。それが現実なのか、空想なのかは分からない。だが、師匠が今この瞬間に話しているそれを聞き逃してはならないということだけは分かった。
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マスターが助かった。本当に良かった。
目も覚めたし。
でも、どうしても拭えない不安があるのはどうして?
マスターの口から語られるその物語は一体・・・。
今聞かなければならないという気持ちが強いのもなんでなんだろう。




