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ルーシャの魔法・魔術日記  作者: 万寿実
第七章 命数の天秤
61/143

p.59 指名手配犯

新章です。

 凍てついた空気が肺をも凍らせようとしているかのように冷たい。一息吸うごとに体の芯から冷えていくことを感じながらも、ルーシャの目はその男から離れることがなかった。時刻は夜半を過ぎており、ひっそりと静まり返った街中には人の影はなかった。ただ、ずっと前を歩く男をルーシャが一人で遠巻きにつけている。


 ロータル国のケルオン城の一件から数ヶ月が過ぎ、真夏だった季節も実りと彩りの秋を過ぎ、今やすっかり白銀の雪か支配する真冬へと変わっていた。ルーシャとナーダルの二人はトルベリア国のユングに滞在していた。ケルオン城の一件でナーダルは宿敵のリーシェルと対峙したが、兄の死でその幕は降ろされた。それ以降、リーシェルがナーダルを探すことも自身の元へ連れ去ることもする素振りはない。おそらく彼女の師匠である黒騎士が噛んでいるのでは──ナーダルはそう踏んでいた。


 リーシェルに関わりたくないナーダルは兄の死去という大きすぎる犠牲をはらいながらも、ある意味で一段落したことに安堵していた。国を取り返そうとも、リーシェルを糾弾しようとも思わなかった。リーシェルが悪政をしいているならば何か考えたが、そういう訳でもなく祖国にはそれなりの平和と安寧があり人々は生活に特に困っているわけでもなさそうだった。ならば、わざわざ国に騒動を持ち込むべきではないし、そもそも王位にも国政にも興味のないナーダルがわざわざ自分から厄介事に関わることは無かった。


 二人は宛もなく旅を続けた。ルーシャはケルオン城での地下であったこと、そこで見たことについてナーダルに聞きたかったが、レティルトの死の現場でありそれを師匠に思い出させることに気が引けて何も聞けないままでいた。

 フィルナルからの依頼は以前と同様にあり、それを捌きながら特に意味の無い放浪が続く。リーシェルから逃げるという目的がなくなったため、一所に落ち着いても良かったのだが、ナーダルは特にここに留まりたいと思える場所もなく旅を続け、ルーシャもそれに同行していた。


 そんな二人は今現在、一人の指名手配犯を追っていた。魔力協会がA級指名手配にあげているローガンという男で、非常に高価で希少な魔道具を盗んでは闇市に流す常習犯だった。この男には懸賞金がかかっており、捕まえて協会に差し出せばかなりの報奨金が得られる。懐事情が寂しい訳では無いが、ルーシャの実践相手としては申し分ないと踏んでのナーダルの決断だった。


 ローガンにいくつかの前科があると言っても確たる証拠はなく、手持ち無沙汰なローガンを捕まえても意味はなかった。彼が魔道具を盗んだその現場を抑えなければ意味がなく指名手配書にも現行犯を抑えなければ配当金はないと注意書きもされており、ナーダルとルーシャは交代でずっとローガンをつけていた。魔力探知や気配を悟られないよう、ルレクト家に伝わる秘術のひとつ魔力探知無効をルーシャは教わり実践していた。


 頬をかすめる風は冷えきり、その冷気だけで人を切り裂いてしまうかのようだった。ずっと自分の前を歩く男は常に用心深く当たりを警戒し、その瞳は見つめられただけで萎縮してしまう気迫を有していた。灰色の短髪は白銀の世界に妙に馴染み、顔に刻まれた皺は長年苦労を積み重ねたように見える。だが、その苦労は犯罪を犯して来た数、魔力協会から逃げてきた数だと思うと男を哀れに思うことは無かった。ローガン自身が魔道具を悪用しておらずとも、それを盗んで闇の世界で売りさばいていたということに変わりはない。


(きたっ!)


 闇夜を放浪するかのように歩いているローガンだが、その足は確実にとある場所に向かっていた。ルーシャはそれをすかさず察知し、魔力探知無効を維持したまま師匠に一方を入れる。


 この街はトルベリア国の首都に次ぐ大きさを誇り、魔力協会の支部も規模が大きかった。規模が大きな支部ほどその役割は多く、協会への仕事の受領や協会員の管理・派遣だけではなく、貴重な魔道具な魔導書を管理していたり、頻繁に一般市民に向けたセミナーなども行っていたりもする。

 さらに、街の大きさはそれだけで単に街の繁栄にも関わっている。都市としての機能を有するここには貴重なものが保管されている博物館や美術館もあれば、貴族や金持ちの人間が邸宅をかさねそこに莫大な財産や貴重なものが眠っていることもある。


 盗人・ローガンの目的が何なのかも皆目検討がつかず、ルーシャとナーダルはローガンが行動を起こすその瞬間まで彼をつけることしかできなかった。


 ローガンの足はまっすぐとトルベリア国で最大規模を誇る博物館へと向かっていた。そこには歴史ある遺物だけではなく、今現在は「魔道具の世界」というテーマで魔力教会から貸し出されている貴重な魔道具がある。その魔道具のいずれか、もしくは全てをかっさらうつもりなのだろう。


 数々の悪行をしてきた男の後をこっそりつけ、ルーシャは寒さも忘れるほどの緊張を抱く。シバからの地獄の特訓を経て、ルーシャの魔法術を扱う技術は格段に上がったし、難易度の高い依頼もこなしてきた。しかし、犯罪者の現行犯を取り押さえたことはなく不安と緊張にかられる。


 そうこうしているうちに、ローガンは周囲を警戒しながらも躊躇うことなく閉館した博物館へと侵入を果たす。ルーシャも気配と魔力を隠しながらその後をつけ、夜の博物館へ入る。

 ローガンの足はなんの迷いもなく特別展示のある展示室へと向かう。暗闇と沈黙に包まれた博物館はなんとも言えない緊張感が張り詰めている。なかなか姿を現す気配のない師匠にやきもきしながら、ルーシャは手に汗を握る。


 展示室へと入ったローガンは、部屋の中央にある魔道具の前で足を止めた。特殊ガラスで防護されている魔道具は世界で最初に開発されたといわれる最後の魔道具で、道具としての効力はとうの昔に失われているが歴史的価値の非常に高いものだった。コレクター相手ならば相当な高値で取引されるだろう。ローガンは特殊ガラスに手をやり瞬時にいくつも張り巡らされていた警備の魔法術を解く。あまりの手練さに驚きを通り越して感心してしまいほうなるほど、複数の魔法術を解く術が卓越していた。


 そして、ただのガラスもなったそれをローガンは魔法で穴を開け中の魔道具を手にする。息を殺しながらも、ルーシャはその一連の様子を映像水晶という映像を保存する魔道具に録画していた。暗闇なので赤外線設定と魔力に反応して録画する魔力設定を併用し、誰が何をしたのかをばっちり取り押さえていた。


「そこまでです!」


 意を決したルーシャはローガンの前に姿を現す。本音を言えばナーダルが駆けつけてくれるまで待っていたかったが、いつローガンがここを去るとも言えず、街中へ出られると厄介なためここで決着をつけようと踏んでいた。突然姿を現した若い女を見てローガンは少し驚いたようにルーシャを見た。


 だが、相手は手練の悪党でありそれくらいの事で動揺するはずもない。躊躇うことなくルーシャ目掛けて攻撃魔法を繰り出す。


(凡庸すぎる)


 向けられた魔法術を一気にかき消し、ルーシャは相手の出方を様子見する。複数の魔法術を向けるのも、そこになんの捻りもなく在り来りな教本に載っているレベルのものにルーシャは物足りなさすら感じる。シバからの地獄の特訓はルーシャの骨身に染みており、あれから数ヶ月すぎた今ですらシバレベルの魔法術への対応をしてしまう。今はナーダルに特訓に付き合ってもらっており、ナーダルはシバ同様に魔力の展開が早くそこらの魔法術師より数倍早い。しかも、二人とも魔力の扱いが段違いに上手く発動ギリギリまで魔力を感知させないため対処する側も相応の速さが求められる。


 さらにナーダルは向けてくる魔法術にオリジナルを加えてくるため、基本部分への対応だけでは魔法術の根絶ができないことも多い。そんな魔法術の特訓をしていたためか、ローガンの向けてくるそれらがぬるくさえ感じた。


「お嬢ちゃん、やるじゃないか。協会の犬か?」


 にやりと笑みを浮かべるローガンの言葉にルーシャは首を横に振る。協会の犬とは、魔力協会にある警備部──つまり警察を指した言葉だった。


「残念ながらただの見習い魔法術師です」


 そう言いながら、ルーシャはローガンを捕縛するために魔法を発動させる。ローガンに対し四方八方から魔力のロープが襲いかかる。ローガンは自身の魔力でそれを切り裂き、闘争を図る。部屋の壁上部に窓があり、それは防犯上の理由で非常に高いところにあるが魔法術師にあまり物理的な距離は関係ない。魔力を使って脚力を強化し猛ダッシュと超ジャンプを繰り出す。


 ルーシャは焦った様子もなくローガンが窓に到達するのを静かに見守る。窓に手をかけよじ登ったローガンは、一歩も動くことなくこちらを見るルーシャに目をやる。


「見習いにしてはよくやった方だろ」


 にやりと笑いローガンはそのまま外へ行こうとした。


「っ!」


 だが、窓に足をかけ身を乗り出そうとした状態でローガンの体が固まる。どれだけ力を入れても体が動かず、魔力を練ろうとしても魔力が扱えない。


「いかに大泥棒魔法術師といっても、魔力が固まればどうしようもありませんよ」


 ルーシャは静かにローガンを見据える。

 ローガンの狙いが博物館の特別展示だどわかった時、その逃走経路も考えていた。何度かここへはローガンが来るかもしれないと思い足を運んでいたし、ナーダルと彼が盗みに入りそうなところでの対策を話し合っていた。

 そして、ルーシャはあえて姿を現し簡易な魔法術でローガンを油断させ逃走を図らせた。そして、ロープの魔法を展開させそれにローガンが気を取られている間にもうひとつの魔術を展開させていた。


 魔力固定は対象の魔力の流動性を一時的にだが止めることが出来る。便利なのだが、発動には条件がある。それは対象を展開させた神語の上で数秒停止させることで、そうすることで術者の魔力と対象の魔力が癒着を起こす。

 魔力は流動性を保つことで体を循環し、生命を維持している。それを一時的にとはいえ固定することはリスクを伴う。


「やー、さすがルーシャ。仕事が早いね」


 一段落しホッと一息つくルーシャの後ろで声が響く。


「遅すぎます、マスター」


 むっと睨みつけ、ルーシャは師匠を見据えるのだった。








──────────


大きな街で指名手配犯を捕まえた。

こうして立ち回れるようになったのも、グロース・シバの教えのおかげ!

そして、毎日特訓に付き合ってくれるマスターのおかげでもある。


まさか自分がこんな風に指名手配犯を捕まえたりする日が来るなんてなー。

私の人生はほんと、その辺で適当に素朴にすぎていくものだと思ってたんだけどなぁ。



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