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ルーシャの魔法・魔術日記  作者: 万寿実
第三章 鳥籠の鍵
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p. 26 鍵

めちゃくちゃ更新遅くて本当に申し訳ありません!

 ルーシャとミッシュの部屋のなか、テーブルの上に乗せられた鳥籠のなかにリラがいる。


 三人はリザルの手記をすべて読み、リザルがどんな人間だったのか、彼の置かれた境遇について知った。魔法術師を排出するヴェルゴット一族においてリザルはその責任も義務も感じていたし、魔力の才能もあった。歴代最高峰に登りつめるとまで言われ、それに見合う分の努力もしてきたようだ。実力もあり努力もしてきたリザルだから感じたリラへの罪悪感と己の無力感など、ルーシャたちの想像の及ぶところではない。


 さらに、彼は当時のヴェルゴット一族の一人息子であり家を継ぐ身の上だった。婚約者もいたようで、旅に出るにあたり必ず帰ってくることを彼女と約束もしたらしい。なんとしてもリラを助ける術を手に入れて、愛しい人の待つ家へ帰ろうとしていた。だが神様のいたずらなのか、リザルはリラを助ける術を手に入れられず、突然の事故に遭いこの世を去った。不幸の連鎖に、ルーシャたちはそれが単なる不幸なのか、それこそ魔力の導きなのではないかと思ってしまう。




 この部屋に戻る前、三人は鳥籠のことについて資料室で事前に話し合った。リラにどう説明するのか、ここが求めていた故郷だと打ち上げるのか、そして一つの可能性について。何をどこから言うのがいいのか、何を確かめなければいけないのか。


 緊張した面持ちのルーシャたちとは異なり、リラは不思議そうに三人を見つめる。その青い瞳があまりに無垢なように感じられ、ルーシャはミッシュのあげた可能性が間違いなのではないかと思ってしまう。


「ここはいま魔力協会の支部ですが、かつてはヴェルゴット家という貴族の邸宅でした。つまり、あなたの故郷です」


 ルーシャは静かに現実を話す。ここがリラの探し求めていた終着点であること、今はもうヴェルゴット一族のものではないこと、そういった現実を伝える。時の流れは無情にも変化を与え、その変化という発展のおかげで得てきたものも多いが、リラの場合は発展したがために故郷すらも分からなくなっていた。


「ここが・・・・・・」


 呆然としたような反応にルーシャたちは想定内だと思いながらも、どこかで同情してしまう。住み慣れた場所なのにそこに漂う空気さえも分からず、真実を知らされたところでそれが本当なのか嘘なのかも分からない。


 かける言葉に迷うルーシャとエリスだが、ひとりだけ──ミッシュだけは何の迷いもなかった。


「なあ、本当にそこから出たいと思ってた?」


 単刀直入にミッシュは話題を切り出す。まっすぐと囚われた魔鳥を見つめる瞳に優しさも容赦も感じられず、冷たく何かを見据えているようだった。


「もちろんよ」


 リラは凛と言い返し、ミッシュを見つめ返す。先程までは呆然としていた青い瞳が、いまは憤りへとその色を変えつつある。


「それが本当なら、もうとっくの昔に出られていると思うけどな」


 どこか嫌味っぽく聞こえるミッシュの言葉にリラは過敏に反応を示す。


「どういう意味よ?」


「あんたを・・・・・・、リザルをその鳥籠に捕らえたのはあんた自身なんじゃないの?」


 ミッシュにはひとつの可能性が見えていたが、それは可能性であって確証はない。すべては当事者のみしか分からない。だから、聞くしかできない。これが唯一の手段で鍵だった。


「リザルのこと好きだったんだろ?」


 躊躇うことなく浴びせられる言葉は冷たい雨のように魔鳥のリラに降りかかる。三人の少女に見つめられ、逃げ場のない鳥籠の中で俯き、その口を閉じる。妙な沈黙が場を支配し、ルーシャたちはただリラの言葉をまつ。それだけなのに、時間が止まったかのような息苦しさを感じる。



「そうよ、心底好きよ」



 金色の鳥籠のなかで小さな鳥は呟くように心を吐き出す。たった一言なのに、それだけでリラの気持ちはルーシャたちに伝わり響く。その一言だけですべての謎は解ける。


「最初は本当にただの事故で正体がバレてしまった。魔鳥は裏取引で高値で売買されるから、幼馴染のリザルが助けの手を差し伸べてくれた」


 幼馴染のリラとリザルは小さい時からよく遊んでいた。身分も何もかも違うが、子供にとってそんなものは関係なかった。一緒にいて楽しいか、一緒に遊べるかそれだけで十分だった。


 大きなお屋敷のリザルの家にも遊びに行ったし、反対に質素な平民のリラの家にだってリザルは遊びに来た。集落の外れにある森だって二人の遊び場で、木登りも、木の実集めも、動物との追いかけっこも、小川での水遊びも──ありとあらゆる遊びを二人は楽しんだ。


 春になれば野原一面に咲く花を摘んで花冠を作り、夏になれば冷たい川で水遊びや魚取りをして、秋になればドングリ拾い競争を、冬になって雪が降れば雪だるまを山のように作って・・・・・・。そんな風に季節の移り変わりとともにたくさんの遊びを共有してきた。


 時にはケンカをして殴りあったし、意見の食い違いで口論もして、つまらないことで意地を張って無視し合ったことすらあった。そんな時間を積み重ねていくうちにリラのなかでリザルへの思いが、ただの友情から焦がれるほどの恋情に変わっていった。


 心の底から大好きで信頼しているリザルに、リラは自分の正体を明かした。魔鳥一族はその希少性ゆえ狙われることが多く、リラの家族も人間としてひっそり生きる道を選んでいた。長命なため生じる矛盾は引越しを重ねることで誤魔化してきた。正体を人間に明かすことは家族のルールを破るだけでなく、家族の命すらも危険に晒す。そうと分かっていてもリラはリザルにすべてを打ち明けた、リザルに何一つ嘘をつきたくなくて。


 リザルは秘密を守ってくれたし、リラや家族のことも危惧してくれた。人生のすべてが輝いて見えていたが──。


「私はリザルを私だけのものにしたかった。あの人の目に他のひとが映るのが嫌で、あの人の皆に優しい姿が私だけのものになればって」


 やがて、自分の気持ちに気付いたリラは残酷な現実に遭遇する。


 リザルは貴族の子息であり、やがては家を継がなければならない人間であること。そして、そのリザルには幼い頃から決められた許嫁がいること。リザルはその許嫁が好きであり、リラなど眼中にはないこと。目の前の真実すべてがリラを絶望に追いやる。


 好きで好きでたまらない相手にはすでに想い人がいて、最初から叶わぬ想いだった。勝手に片想いして、勝手に失恋したリラは仕方ないという想いと、どうしてこんなに好きになってしまったのかと後悔していた。すべてを懸けてまで愛することが出来るほど、こんなにも想いは溢れているのに報われない。


 そんななか、偶然にもリラの正体が周囲にバレてしまった。リザルはリラを鳥籠に隠し、リラの家族が逃げられるように尽力もしてくれた。幼馴染の自分のためにそこまでしてくれるリザルの優しさに、リラの諦めかけていた想いに火が灯る。それがリザルの持って生まれた責任感で、リザルの不注意で正体がバレたという罪悪感からだと分かっていても、そんなことですら利用したくなった。



「このままでいられれば、ずっと傍にいられるって」



 そう思ってしまった、強く願ってしまった。リザルの責任感のつよさに、優しさに、罪悪感に付け入ることは分かっていた。踏み入れてはいけない一歩だと分かっていたし、躊躇いがなかったわけでもない。でも、理性なんてものは強い想いの前には無意味だった。頭のなかで鳴らされる警鐘など、盲目の恋の前には単なる建前でしかない。


「分かってる、それは束縛で傲慢だと。自分のことしか考えていなくて、リザルの幸せを奪っているって」


 願ってしまった結果、想いの強さに比例して魔力が動いた。普通の人間ならどれだけ強く願ってもこんなことにはならない。魔力に目覚めたものだけが、その感情を──想いを魔力に変換することが出来る。魔鳥は魔力を扱うことで鳥の姿にも、世界の覇者たる人間の姿にもなることの出来る一族であり、人とは異なるものの彼らも魔力を扱う術を持っている。


 こんなことになって後悔だってある。リザルのやるべきこと、背負うべき家、添い遂げたかった人生を奪った。彼の一番の幸せを奪ったという罪悪感はとても大きく、リザルが好きでたまらなかったのにその存在がつらいときもあった。それでも・・・・・・。



「どうしても、あの人の一番になりたかった」



 リラは心底リザルのことが好きだった、他の何にも変え難いほど。自分の行いが間違っていると分かっていても、それでも最愛の人のそばにい続けるための選択をなしていた。苦しくて仕方がない想いを抱いてまでそばにいたかった、誰にも取られたくなかった。


 正しくはないし、誰も幸せにしない。その道を選択し続くけることは苦痛でしかなかったのかもしれない。だが、それでも彼女はリザルを誰にも取られたくなくて、囚われ続けるという選択を選んだ。心が痛くて痛くて仕方がないくらいに好きだったのだ。


「あの人が許嫁に目をやるたびに心が痛くて、どうしてその先に映るのが自分じゃないのって・・・・・・」


 幼い頃から一緒に遊んでいたなかで、たまに見知らぬ令嬢を見ることはあったが、リザルの家に来ている客人だろうとしか思わなかった。まさか彼女がリザルの想い人だったなんて・・・・・・。


 リザルから許嫁のことを聞いてそれから気付いた、彼が彼女を目で追っていることに。その瞳が彼女を追うたびに自分は単なる幼馴染という存在に過ぎない、リザルの特別にはなれないのだと痛感していた。その瞳に映ることすら叶わないのだと。幼い頃から共に遊んできた時はお互いの瞳にお互いが映っていたのに、もうリザルの瞳には自分が映ったところで、それは単なる幼馴染であって特別な存在ではない。


「あの人がくれる優しい言葉は私だけのものじゃない、向けられる眼差しは私だけのものじゃないっ──」


 心底好きだという感情を意識して、そしてそれが報われないと気付いて──リラの心は乱れた。どうして好きになってしまったのか、どうして幼馴染として見ていられなくなってしまったのか、どうしてこんなに好きで苦しいのか。


 今まで意識したことないリザルの言葉、視線、その向いている先が自分だけのものではなかった。むしろ、リラに向けられるのは単なる幼馴染、友達としてのものでしかない。それが特別なものではないこと、彼の特別が別のところにいることが胸を切り裂く。



 だから、傍にいたいがため、傍にリザルを留めておくために強く願った──鳥籠そこから出たくないと。その結果としてリラの魔力がリザルのかけた魔法や魔術と拮抗する形に働き、解けるはずの魔法や魔術が解けなくなった。リザルが優秀な魔法術師だったとしても、それは人の世界での話であり、人と異なる魔力を扱うリラの拮抗魔法には気づくことすら出来なかった。そもそも、魔法や魔術に神語構造を利用するのは人間しかない。言ってしまえば人は神語に依存した方法でしか魔法術を扱えない。


 四苦八苦して何とかリラを自由にしようとするリザルに対し、申し訳なさも罪悪感もあった。だが、本当のことを何ひとつ言うことも出来ないままリザルは呆気なくこの世を去ってしまった。リラのため、自身の行った魔法術への責任のためにと──リザルは鳥籠に囚われ続けた果ての人生の終焉だった。








───────────────


リラの想いがすべての原因だった。

そんなにも、リザルのことを想っていたのに選んだ道は正直正しいとも思えないし、招いた結果は大きい気がする。リザルの人生をめちゃくちゃにしたし、ヴェルゴット貴族の命運だって左右したし、リザルの許嫁だって彼を待ってつらい思いをしただろうし。

それでも、そういうこと全てを分かっても、そういう選択をした覚悟は私の想像なんて超えてしまう想いがあったとも思えてしまう。

うーん、正直正しいとは思えないけど、間違っているって糾弾することも出来ないなぁ。



ご愛読ありがとうございます。

自分で書いていても、今回の話はちょっとなーと思いました。どれだけ好きでもリラの選択は一人の人間の人生を変えてしまって・・・・・・。うーんと思いつつ、リラの想いも考えつつで時間がかかってしまいました。

次でこの章は最後です。

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