p.19 魔法の鳥籠
いつもと文体は違いますが、本編に繋がっているので安心して読んでいただいて大丈夫です。
昔々とある町に裕福な家の少年・リザルがいました。リザルはおねだりさえすれば何でも手に入る、お坊ちゃんでした。リザルは金でできた自分の像や宝石でできた犬小屋、ダイヤモンドをあしらったらベッドだって持っていました。
けれど、リザルには友達は一人だけしかいませんでした。みんなお金持ちのリザルに嫉妬していたのでした。リザル自身もちょっぴり偉そうですが、本当は優しい少年なのでした。
リザルの友達は町のはずれで果樹園を営んでいる夫婦の子どものリラという、リザルと同い年の少女でした。リラはいつでもリザルのことを慕い、尊敬していました。ふたりはいつも一緒に遊んでいました。
リザルがリラと遊んでいたある日のことでした。
「リラ聞いてくれ。ぼくは今度の誕生日に黄金鳥を買ってもらうんだ」
リザルはとても嬉しそうにリラに自慢を始めました。リザルの誕生日は一週間後です。リザルがもらう予定の黄金鳥は金色に輝くとても美しく小さな鳥で、とても珍しく捕まえることが難しいため高価なのです。世界中の動物園や花鳥園をさがしてもどこにも黄金鳥はいません。大金持ちたちがとても高いお金で黄金鳥を買っては独占しているのです。
「すごいね。さすがリザル」
リラはにこりと笑い楽しそうにリザルの話を聞きます。リラはいつだってリザルの自慢話を本当に楽しそうに聞いてくれます。それに気を良くしたリザルは次々と自慢話をはじめ、リラはそれらひとつひとつに頷きながら心の底から楽しそうにリザルの話を聞くのでした。
「ねえ、リザル」
「何だい、リラ」
一通り話し終えたリザルにリラは話しかけます。
「あなたのお誕生日に私は何もあげられないわ」
果樹園のリラは決して裕福とは言えない家で育っており、お金持ちのリザルへあげられるものなどありません。リラにとってリザルの聞かせてくれる話は絵本の中の物語のようでした。
「気にしなくていいよ。ぼくはリラといられるだけで十分だから」
にっこりとわらうリザルにリラはすこし申し訳なさそうに笑い、ふと何かを思いついたように笑顔になりました。
「そうだ、リザル。とっておきの秘密を教えてあげるわ。それがお誕生日プレゼントよ」
リラの言葉にリザルは首をひねって不思議そうな表情をします。
「秘密?」
リラは笑顔で頷き、「また明日ね」と行って帰っていってしまいました。
その日の夜、リザルの家に叔父さんがやって来ました。
「こんばんは、リザル」
「叔父さん、どうしたの?」
リザルの叔父さんは会社の社長でとても忙しく、めったにリザルの家に来ることはありません。それでも、いつもお土産を持って来てくれて遊んでくれる叔父さんのことがリザルは大好きでした。
「少し早いが誕生日プレゼントをあげようと思ってね」
叔父さんはにこりと笑い、大きな包みをリザルに手渡しました。プレゼントは子どものリザルが両手で抱えられるほどの大きさです。
「開けてもいいの?」
「もちろん」
ワクワクした気持ちでリザルはプレゼントの大きな包みを開けました。
「わあ、すごい!」
リザルが手にしたのは金色の鳥籠でした。とても綺麗な金色でうっとりするほど美しく、リザルは大喜びでその鳥籠を眺めます。ふしぎと鳥籠自体が光り輝いているように見えます。
「それは魔法の鳥籠だよ、リザル」
「魔法の鳥籠?」
「そう、大事な約束をかわすための」
叔父さんは優しく笑いながら、リザルに使い方を教えてくれました。
魔法の鳥籠はたいせつなひととの約束を入れておくことができるのです。鳥籠の取っ手を約束を交わす相手と一緒にもち、何を約束するのかを一緒に言います。そうすることで、約束が鳥籠のなかに大切に保存されるのです。
「すごいや!おじさん、ありがとう」
さっそく部屋に持って帰ろとリザルははしゃぎます。
「でも、気をつけなさい。リザル」
大はしゃぎのリザルに叔父さんは真面目な顔でそう言いました。
「え?」
「約束を破った人間はその鳥籠に囚われてしまうよ」
「どうしたら出られるの?」
「約束を交わした相手が鳥籠の取っ手を持って、「許す」といえばいいんだよ」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ、おじさん」
叔父さんに魔法の鳥籠の使い方を教えてもらったリザルは大喜びで鳥籠を自分の部屋へ持っていきました。それから眠りにつくまで飽きることなく、鳥籠を眺めていたのでした。
次の日のことでした。
リザルは叔父さんからもらった魔法の鳥籠をもって遊びに行きました。もちろん、会いに行ったのは友達のリラです。
「やあ、リラ」
いつもどおりリザルはリラと毎日遊ぶ丘に来ました。
「あらリザル。とってもいいものを持っているのね」
リラはすぐにリザルの持っている鳥籠に気づきました。昨日叔父さんにもらったときも綺麗な金色でしたが、いまは太陽の光を反射して一段と輝いています。
「おじさんにもらったんだ。魔法の鳥籠なんだ」
自慢げにリザルは鳥籠をみせて、その使い方を説明します。リラは綺麗な鳥籠をリザルと一緒に喜びながら眺めたり、触ったりしました。
「リザル、森へ行きましょう」
鳥籠をひとしきり眺めていたリラはリザルの手を取って立ち上がり、走り出します。リラと手を繋いで走りながらリザルは昨日のリラの言葉を思い出します。
「君の秘密は?」
森についたリザルは隣を歩くリラにそう問いかけます。リラはとっておきの秘密を誕生日プレゼントにしてくれると言っていました。リザルは待ちきれなくて、わくわくしてリラを見つめます。
「ぜったいに内緒よ?」
リザルのあまりに期待に満ちた顔を見てリラは、まだリザルの誕生日ではありませんが秘密を教えようと決めました。
「ああ、もちろんだよ」
リラの言葉にリザルは首を立てに振りました。リラは目を閉じてゆっくりと息を吐きます。そして、すこしずつリラの体が光はじめました。リラの光はどんどん明るくなっていき、リザルは眩しすぎて目を開けていられなくなりました。
「リザル」
リラに名前を呼ばれてリザルは目を開けます。
「わあ!君はリラなのかい?」
リザルの目の前には金色に輝く小さな鳥がいました。さっきまで一緒にいたリラはいなくなっていました。
「うん、私は魔鳥の一族なの。こうして人と鳥、どちらにもなれるの」
「君は黄金鳥なんだね。きれいだよ、リラ 」
「ありがとう、リザル。絶対に他の人には内緒よ。私たちは自分が心を許したひと以外に正体がバレてしまうと、永遠に鳥の姿になってしまうの」
「もちろん、約束だよ」
リザルはリラの秘密を守ろうと約束をしました。それから見惚れるようにずっとリラの姿を見ていました。
リザルとリラは森の中でふたりで遊びました。鳥の姿のリラは軽やかに森の中を飛びまわり、リザルはそんなリラを追いかけたり、ふたりで木に登ったりして過ごしました。
「そうだ、リラ。君との大切な約束をこの鳥籠に入れようよ」
リザルは木に登って休憩していましたが、自分の持っている魔法の鳥籠をみて、そう言いました。リザルの肩に乗っていたリラはすこし考えてからこう言いました。
「でも、リザル。約束を破ってしまったらあなたは鳥籠に囚われちゃうのよ?」
「大丈夫だよ。ぼくは絶対に誰にも言わないよ」
自信満々にそう言うリザルにリラは少し心配でしたが何も言えなくなりました。そして人の姿に戻り、リザルとともに鳥籠の取っ手を持って約束を交わしました。
リザルは決して他の人にリラの秘密を話さない──と。
リザルとリラがそう口にすると、二人の中から白い光が現れて魔法の鳥籠の中に入っていきました。
リラの秘密を知ってからリザルは毎日のように黄金鳥の姿となったリラと遊んでいました。数日後のことです。もうすぐリザルの誕生日というある日の夜でした。夜も遅い時間で寝ていたリザルでしたが、何だか外が騒がしいことに気が付き目を覚ましました。
ふしぎに思って窓の外を覗いてみると、お父さんや町の男の人がたくさん集まってました。それぞれ、松明や網などを持ってどこかへ出かける様子でした。リザルは何があるのだろうとふしぎに思い、こっそり起き出して外へ出ました。
町の大人たちは夜も遅いのに森の奥に進んでいきます。リザルも夜の暗闇にまぎれて大人たちにこっそりついて行きます。松明の火と月の光だけが行く先を照らすなか、リザルは大人たちに遅れないように暗い森を歩きます。
昼間は太陽の光で明るく照らされているので、木の根っこも、立ちはだかる草も、大きな岩も見えます。しかし、いまはとても暗くこけそうになりながらリザルは必死に暗い森を歩くのでした。
「本当にこのあたりなのか?」
「はい、旦那。間違いないです、黄金鳥をここらで見たんです」
リザルのお父さんは町の男のひとりと話をしています。どうやら、黄金鳥を捕まえようとしているみたいです。大人たちは松明を手に方々を探します。
リザルはそれを草陰に隠れながら見守ります。
(黄金鳥って、まさかリラ・・・)
ここのところ毎日リザルは黄金鳥の姿となったリラと遊んでいました。ふたりで他の人に見つからないように気をつけていましたが、いてのまにか誰かに見られていたようです。
リザルのお父さんはリザルの誕生日プレゼントに黄金鳥を用意する予定でした。しかし、とても珍しい黄金鳥はお店にもなく、大金持ちの黄金鳥の持ち主は譲ってくれず、ついには見つけることができませんでした。そんなとき、たまたま町の住人のひとりが町の片すみにある森で黄金鳥を見たと言うではありませんか。リザルのお父さんはリザルのため、町の大人をかき集めて黄金鳥を捕まえにやって来ていたのでした。
黄金鳥が見つからないよう、捕まってしまわないように祈るリザルの目の前を光る何かが横切りました。
「黄金鳥だ!」
暗い夜の森の中にとつぜん現れた美しい鳥はすぐに人の目につきます。美しく金色に光る小さな体に見とれていた町の大人たちでしたが、はっと我に返り網を振り回して黄金鳥を捕まえようとしはじめます。
リザルはその様子を草に隠れて見守りながら、黄金鳥が捕まらないように必死に祈ります。
神様、どうかリラをたすけてください。
大嫌いな野菜を食べます、お母さんのお手伝いをちゃんとします、勉強もまじめにします、お手伝いさんにいたずらもしません。
だから、どうかリラを逃がしてあげてください。
一生懸命祈りますが、黄金鳥はあっというまに大人達に取り囲まれてしまいます。大きな網に捕らえかけられたその時でした。
「やめろ!そいつはリラなんだ!」
リザルは精一杯の大きい声を出して大人たちのなかに割り込みます。なんとか黄金鳥を助けようとしたのです。
突然のリザルの登場とそのことばに大人たちは驚きました。しかし、もっと驚くような出来事が起きました。大人たちのなかに割り込んできた小さなリザルの目の前に、とつぜん金色の鳥籠がどこからともなくあらわれたのです。
そのまま鳥籠は眩しいほど光だし、リザルは鳥籠の中に閉じ込められました。黄金鳥は大人たちが鳥籠に目を奪われている間に大人たちの間を縫うように飛びリザルのところへやってきました。
「リザル、約束を破ってしまったのね」
金色に輝く小さな鳥はリザルの囚われた魔法の鳥籠のまわりをぐるぐる回りながら喋ります。小さな黄金鳥となったリラが自由に飛び回っているようすを見たリザルはリラが捕まらなくて良かったと安心しましたが、たいせつなことを思い出しました。
「リラ、もしかして・・・」
「もう人の姿には戻れないわ」
リラは魔鳥の一族でした。人と鳥、両方の姿になることができます。しかし、心を許した人以外に姿がバレてしまったら一生鳥の姿となるのでした。リザルはリラを助けようとして黄金鳥の正体を大人に教えてしまったため、リラはもう人の姿には戻れません。
「リラ!」
「もうこの翼ではあなたを出してあげることはできないわ。さよなら、リザル」
リラはそう言い残して暗い森に消えていきます。魔法の鳥籠からリザルを出すには、約束を交わしたひとが鳥籠の取っ手をもって「許す」と言わなければなりません。しかし、鳥の姿のリラは鳥籠の取っ手を持つことができません。大人たちは驚いたまま去っていくリラを見つめ、リザルのお父さんは震える手でリザルの囚われた鳥籠を持ち上げます。
「リラ、リラ!」
閉じ込められた鳥籠のなかでリザルは消えていった友達の名前を叫びます。しかし、美しい黄金鳥がふたたび姿を現すことはありませんでした。
おしまい。




