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ルーシャの魔法・魔術日記  作者: 万寿実
第十三章 ガラスの魔術
114/143

p112 ねがい

 

 リルトからの説明を一通り終え、ルーシャとセトはお互いに驚きながらも納得する。

 そんななか、静かにリヴェール=ナイトの様子を見ていた竜の長・ファントムが口を開ける。


「リヴェール=ナイトですが」


 その声にハッとルーシャたちは本来の目的を思い出す。話に夢中になっていたが、まだリヴェール=ナイトのことは何一つ進んでいない。


「魔力の生成がほぼ機能していません。それに、魔力の維持も出来ていませんね」


 美しい淡い茶色の瞳が何かを見透かすかのようにリヴェール=ナイトに降り注がれる。


「魔力の喪失は死を意味する。魔力がないってことは、リヴェール=ナイトが死ぬのも時間の問題だってことか?」


 リルトは率直にひとつの可能性を口にする。


「このままではそういうことですね」


 静かにそう口にするファントムの瞳はどこか冷静でつめたく見えてしまう。


「ひとつ、手立てがないわけではありませんが」


 暗い表情のルーシャたちにファントムはそう言葉をつけ加え、3人をみる。


「もったいぶるなよ」


 安堵の表情を浮かべつつもリルトは少しファントムを睨みつける。ルーシャはファントムとの距離の詰め方がわからず、話を聞いているだけだった。


 手立てを聞こうとしたリルトだが、ファントムが先に動く。そっとリヴェール=ナイトの布団をのけ、静かに右手をリヴェール=の胸に置く。そのまま静かに自分の魔力を流し込む。


 ファントムの魔力は強くて優しく、何よりもその包容力が桁違いだった。その魔力は優しく相手を包み込み、感じたことの無い安心感が溢れてくる。


 ファントムの魔力は自然とリヴェール=ナイトの中へと流れ込み、そのからだを循環していく。淡く金色に光る神々しい魔力に包まれ、リヴェール=ナイトの体から生気を感じとることができるようになる。


「魔力が・・・」


「応急処置で補填しておきました」


 ニコリと笑い、ファントムはリヴェール=ナイトを見つめる。なんの変化もないように感じていたが、少ししてリヴェール=ナイトが静かに瞳を開ける。黒い瞳は最初ぼんやりしていたが、やがてはっきりと目の前の人物に焦点を合わせる。



「・・・ファントム?」



 戸惑い混じりの声はどこか掠れているように聞こえる。名前を呼ばれファントムはリヴェール=ナイトに微笑み返し、首を縦に振る。


「あなたがどうして・・・」


 放心状態のリヴェール=ナイトはその黒い瞳で金髪の男をじっと見つめている。その黒い瞳が小さく揺れ、夢なのではないかと問いかけているようだった。


「あなたの命の危機に小さな〈第二者〉が動いてくれたのですよ」


 ファントムはそういいセトに目をやる。「小さいは余計だろ」と呟くセトは少し恥ずかしそうにめをそらす。その姿にリヴェール=ナイトは表情を崩す。


「リヴェール=ナイトさん!どうしてこんなことに?」


 ルーシャは堪らなくなり疑問をぶつける。リヴェール=ナイトがこうなった理由が分かるのならば、それに対する何らかの対応が出来るかもしれない。先程ファントムから魔力の補填を受けたとはいえ、ルーシャの目にはリヴェール=ナイトの体から次々とファントムの魔力がこぼれ落ちるかのように失われていく様子が見えている。


「以前、セルト王子が俺の事を生き字引だと言っていたことを覚えているか?」


 変わらずどこか耳心地が良いリヴェール=ナイトの声がルーシャの耳に届く。リヴェール=ナイトの言葉にルーシャは首を縦にふる。


「俺は非常に危険な魔法術を使い、肉体の時間の流れを限りなく遅くすることで七百年という時間を生き続けることが出来た。だが、どれだけ遅くしようとも肉体の時間は確実に進んでいて、その限界を今迎えたということだ」


 リヴェール=ナイトはそう言い、自分の胸に手を当てて目を閉じる。

 ルーシャの知らない魔法術を使い、リヴェール=ナイトは700年という膨大な時間を生き続けている。そんなに長い年月を生きるということが本当にできるのかと思う反面、ナーダルやフィルナルの話し方や接し方を見てきたルーシャにとって、長期間生きてきたというのとは自然と受け入れられるものでもあった。


「体の時間が動いてるってわりには若作りだな。まあ、俺もあの時からほとんど外見とか変わってないから人のこと言えないけど」


 リヴェール=ナイトの説明にリルトは不思議そうに呟く。リルト自身、呪文ノ書に囚われていたが何故死なずに、老いずに今生きているのか分からない。同じように700年という年月を生きてきたが、リルトは現時点では自身の魔力に異変を感じていない。


「俺の術は術が切れた時に一気にその反動がくるようになってる」


「一番ヤバいやつか」


「あなた方、書物の奇術師たちに施されていた術は世界からその存在を切り離すもの。世界に存在していないので、生きても死んでもいないから、あの頃から何も変わらずにいたのだろう」


 静かにリヴェール=ナイトはリルトのおかれていた状態について説明する。命の危機に瀕しているというのに、リヴェール=ナイトの黒い瞳には動揺も焦りもない。淡々と今を生きているだけのように見える。


「もし世界から切り離されてたとして・・・。俺たちは人の願いの数だけの魔法術を施行してきた。切り離された俺たちの魔力は確かに発動してたぞ」


 どこか不服そうにリルトは口を開く。世界から切り離され、その存在がないものと扱われていたのならば自分たちの魔力が確かに発動していたことは矛盾している。存在しないもののならば、その身に宿す魔力も存在しえないものとして受け入れられないはずだった。


「あなた方は契約者との契約の証として、世界に生きている者の魔力を受け取っていた。それで魔力は世界から受け入れられていたのだろう。諸々の細かいところまでは俺も詳しくは分からない」


 少し困ったように眉間に皺を寄せ、リヴェール=ナイトは笑う。



「真相や仕組みを全て知っていたロナク=リアがいない今、彼女の術は未知のものということですね」



 淡い茶色の瞳が静かに何かを見つめるように遠くに向けられ、その声はどこか儚い。ファントムがこの世にはいない、この事態の発案者にして実行者のロナク=リアをどこか懐かしみながら口を開いているようだった。



「で、あんたの言う手立てってのは何なんだよ?」



 話が脱線してしまっていることに気づき、セトがファントムを見上げて口を開く。


「それは──」


「俺はこのまま自分の命運を受け入れる」


 ファントムが口を開きかけると、リヴェール=ナイトが食い気味に自分の決意を口にする。自体を読み取り、ルーシャたちに「余計なことはするな」と釘を刺すかのような力強さに、リヴェール=ナイトの意志の強さを感じ取ることが出来る。


 魔力がこぼれおち、命の灯火が消えかけている状況にもよらず、リヴェール=ナイトの瞳は強い光を放つ。


「あんた、死ぬんだぞ」


 リヴェール=ナイトに負けじとセトの瞳も強く光り、その口調は強い。どこか決意に満ちたリヴェール=ナイトを、セトは睨むように強く見つめる。


「死なないものはない。それが今というだけだ」


「そうだけどっ!」


 悟りを開いたかのようなリヴェール=ナイトの決意は揺らぐ気配が全くない。セトは何かを言いたげだが、適切な言葉を見つけることが出来ずに重いだけが先行しているようで、悔しそうに口を閉じてリヴェール=ナイトを見つめるだけだった。


 こぼれ落ちる魔力を感じながら、その穏やかで強い黒の瞳を見つめながら、ルーシャはもはや感じ取ることの出来ないリヴェール=ナイトの魔力を思い出す。その魔力を身近に感じてきたわけではなかったが、不思議と惹き付けられる魔力と存在を忘れることは無かった。


 リヴェール=ナイトはそれから静かに瞳を閉じ、誰の言葉も受け入れないとでも言いたげな雰囲気を出す。その様子にセトも、リルトも、なにか手だてを知っているファントムも重く口を閉ざす。空気も鉛のように重くなる。



「リヴェール=ナイトさんは、どうして長年生きてきたんですか?」



 ルーシャは静かに目の前の黒騎士に問いかける。リヴェール=ナイトが生きてきた年月は想像を絶する時間であり、リヴェール=ナイトが待ち続けていた未来は確約されたものではなく、それがいつ来るのかも来ないのかも分からないものだった。そんな不安定で不確実で、待ちぼうけかもしれないもののために気の狂ってしまうほどの年月を1人で生きてきた。常人のなせることではない。


「他の竜人ノ民のひとはリヴェール=ナイトさんみたいに長い年月を生きて、今の時代にいるわけじゃないんですよね?」


 詳しいことは知らないが、他の竜人ノ民は細々とどこかで暮らしているという。人間よりは少しばかり長命というが、それでも覇者の目覚めまで生きられるほどではないという。リヴェール=ナイト以外の竜人ノ民は、ひっそりと身を隠し、息を潜めて子孫を残して過去を伝承していると言われている。だが、ルーシャは彼らとまだ出会ったことがないので本当のことは何一つ知らない。


「生き字引としての伝承者であるため?〈第二者〉たちの役割を導くため?・・・違いますよね」


 リヴェール=ナイトは歴代の魔力協会の会長と接点を持ち、過去のことや覇者のこと、協会の役割について伝えていた。だが、そんなことはリヴェール=ナイトが行わなくても初代会長のイツカが手記なり何なりで後世に何かを遺しているはず。〈第二者〉に関しても然り、リヴェール=ナイトが彼らを導かなくても〈第二者〉を選んだ竜たちが何らかの方法で彼らを自分の元へと導いたであろう。


 そもそも伝承や導き手というものが必要ならば、全ての仕組みを手がけたロナク=リアが何らかの役割を果たす方法を編み出していたであろう。ロナク=リア自信もおそらく、自分の成したことが短期間のものでは無いこと、長い年月をかけるからこそ人々に自分たちのことが忘れられること、そして長い年月ゆえの計画の失敗の確率が非常に高いことも分かっていたはず。



「リヴェール=ナイトさん、大事な人たちにまた会いたいと思って今まで生きてきたんじゃないんですか?」



 ルーシャの想像でしかないが、それがリヴェール=ナイトが700年という信じられない年月を生き続けてきた理由な気がした。


 リヴェール=ナイトは静かに瞳を開け、その黒い瞳がルーシャを捉える。


「だが、俺はもう・・・」


 小さく呟き、諦めかのようなため息も同時にもれる。

 リヴェール=ナイトは700年前の当時を生きていた。いがみ合い、憎悪と不信感で溢れた世界に身を置き、いつか世界が終わってしまうのではないかと思っていた。恐怖が蔓延するなか、突如として親しいものたちが世界から消えた。


 大切なものが抜け落ちたかのような現実が目の前に広がり、いつしかそれが普通となった。物足りなさを感じながらも時代は進んで築き上げられてゆき、リヴェール=ナイトから見ればなんの彩もない世界が広がっていた。



「私は諦めて欲しくないです、その願いを」



 ルーシャはリヴェール=ナイトの黒い瞳を見返す。想像などできないほどの時間を生き、信じるにはあまりに儚い希望を信じてきた。その願いがあと一歩というところで届かないというのが、あまりにも無念でしかない。










──────────


リヴェール=ナイトさんが・・・。

魔力を補充してもらっても、びっくりするくらい体から抜け落ちていく。砂時計をひっくりかえしたみたいに。

それほどまで、魔力の維持ができないくらいの体のダメージだなんて見たことも聞いたこともない。


つらいとか、苦しいとか・・・そんな言葉では言いきれないほどの時代を生き続けてきたのに、あと少しで願いが叶わないなんて。


それが運命なのかもしれないけど。


でも、だからと言って放っておくことはしたくない。



私はリヴェール=ナイトさんとそんなに親しい訳では無いけど、でもマスターが私とリヴェール=ナイトさんを繋いでくれたってことには何か意味があったと思う。


それが何か分からないまま、いなくなって欲しくはない。



それに、きっとセトが誰よりもリヴェール=ナイトさんを助けたいんだと思う。なんとなく、言葉とか雰囲気が本気だった。

でも、セトの技術や経験じゃ多分どうしようもない。


セトの代わりではないけど、私が何とかしないと。



現在の日本での700年前は鎌倉時代後期となるので、そこから生き続けていたら本当に凄いことですね。

あらゆるものが変化して、知っているものは殆どなくなっていて...。現在の技術の産物は、突如目覚めた人にとっては摩訶不思議な魔法に近いものかもしれないですね。

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