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ルーシャの魔法・魔術日記  作者: 万寿実
第十一章 海属の秘宝
101/143

p.99 青ノ魔女

 


 ミッシュと別れ先に進んだルーシャとフェルマーは導かれるようにとある場所へと向かう。

 しばらく海底を進んでいた二人だが、少し浮上しライル大海流に身を投じる。その流れに身を任せ、ルーシャは静かに強くその先を見すえる。


 ライル大海流は世界中の海を蛇行しながら一周し循環する、とめどない海の大動脈といわれている。深海の冷たい海水と赤道付近の温暖な海水を混ぜ、豊富な栄養素を海に行き渡らせ、その流れが時に人や生物を遠くへと運ぶ。

 普通、海流は暖流と寒流に分けられたりもするし、その海域によって異なるのだかライル大海流だけは別格だった。まさにこの世界の海を巡る王様のような存在だった。


 〈確かに強い魔力は感じられるが・・・〉


 フェルマーは眉間に皺を寄せる。元海軍総長で凄腕の魔導士であったフェルマーでさえ、ルーシャの言っている魔力が分からない。魔力探知にある程度の得手不得手はあるが、それでも強い魔力となれば案外簡単に分かるもののはずだった。


 〈すぐそこです。そこに多分あります、大海に遍くという魔力の源が〉


 ルーシャの目にはっきりくっきりと、その清く強い魔力は映る。あまりの透明度と輝きに、本当に魔力なのかと疑いたくなるほどの力だった。魔力とは違うもっと高位な力──神の力とでも言うものではないかと思えてしまう。鳥肌が立つほど強い力なのにも関わらず、フェルマーは感じ取ることが出来ず不思議そうにルーシャを見返す。



 ルーシャの目に目的地ははっきりと見えている。ライル大海流に流され着いた、そこに降り立つ。ルーシャは目的地にある目隠し目的の何らかの魔法術を解析するが・・・。


(神語じゃない!)


 その目の前の魔法術はルーシャの知っているものではなかった。神語がなく、全く分からない魔力の羅列がなされている。


 〈・・・異種族の魔法術だな〉


 ルーシャの手が止まったのを不思議に思ったフェルマーも同じく魔力探知、そして解析魔法を展開し口を開いた。

 魔法術に神語を使用するのは人間だけであり、それ以外の種族はまた異なる方法で魔力を扱う。その魔法術は人とは異なり、人間には分からない効果を生み出す。



 〈!〉



 困り果ててるルーシャとフェルマーだったが、目の前に展開されていた謎の魔法術が突如として一部分だけ消失する。驚き警戒するルーシャたちだが、その魔法術の奥にあるものを見る。

 そこには随分と古いと思われる石像が静かに海底に鎮座している。長い髪の女の石像からは強く清い魔力の塊を感じ、これがルーシャがずっと感じていた魔力の元なのだと気づく。


 驚き、そしてその強い魔力に慄くルーシャだがフェルマーは躊躇うことなくルーシャの手を取り石像へと近づく。目隠しの魔法術が解かれたということは、なにかの意味があるはずだと二人とも察する。

 強い海流の中だというのに、石像の周囲はなぜか波が穏やかで時が止まったかのようだった。不思議と暖かく感じるその空間は心地よく、ここが陽の光の届かない海底だということを忘れてしまいそうになる。



 ルーシャとフェルマーは石像に近づき、その魔力を感じる。


 〈っ!!〉


 なにか手がかりはないのか、この石像は何なのかと探りを入れようとしたところ、その魔力が二人を包み込む。











 * * *



(!)


 ルーシャはハッとその瞳を開ける。今目の前に広がるのは暗い海底ではなく、暖かな陽光が差し込む見知らぬ場所だった。開ききったその場所は緑が美しく、足元には芝生と色とりどりの花が咲き誇る。

 海底に佇む石像の魔力により、いつの間にかルーシャとフェルマーは一時的に意識を失っていた。何が起きたのか確かめようとしたルーシャは隣で同じく目が覚めた様子のフェルマーに声をかけようとする。



「いってしまうのね」



 誰かの声が木霊するように二人の耳に届く。温かみのある優しい声の主を探すと金髪に緑の瞳の女がたっている。


「お互いにな」


 声の主に反応するのは、もうひとりこの場にいた女だった。紺色の髪に淡い水色の瞳の女は真っ直ぐと相手を見すえる。



『幻だな』



 目の前の光景を見据えフェルマーは静かに現状を口にする。ルーシャも頷きながら周囲を見渡す。異種族の魔法術だが、今この場が現実世界ではないことははっきりと分かる。


「不死鳥が倒れたと聞いた。本来なら有り得ないことだ」


 難しい表情をうかべる紺色の髪の女に、茶髪の女も頷く。


「あの方は永遠の命だからね。でも、覇者なき世界の一角を支えるとなると・・・」


「赤ノ魔女の頭領が不死鳥のもと・・・戦神の(ねぐら)へと旅立った。我々の力で果たしてどれほど世界はもつのか」


「相変わらず心配性な青ノ魔女ね」


「そちらが楽天家なのだ、緑ノ魔女よ」


 互いに難しい表情を浮かべながらも曖昧に微笑み会うのは、ふたりの魔女だった。青ノ魔女は水関連の魔法術に縛られ、緑ノ魔女は風関連の魔法術に縛られる。互いに生まれも育ちもテリトリーも違うふたりだが、その見据える先は同じだった。


「グリフォンが堕ちるのも、鳳凰が崩れるのも・・・蛟龍が死ぬのもすべて時間の問題だ」


 相も変わらずに険しい表情をうかべる彼女らの、その言葉の意味をルーシャは考える。これはあの、海底にあった石像がルーシャたちに見せている幻であり、おそらくは過去の話。目隠しの魔法術をあえて解き、ルーシャとフェルマーを招き入れ、何かを伝えようとしている。


「・・・私たちには先送りにしかできないのね。巫女殿と同じく」


 悲しそうに微笑み、緑ノ魔女は空を仰ぐ。



(巫女って・・・ロナク=リアのこと?)



 魔女たちの会話から、覇者がドラゴンであることは推察ができた。となれば、ルーシャの知りうる限りで巫女と呼ばれ、何かをなしとげたといえばロナク=リアという名の巫女しかいない。


「致し方ない。覇者なき世界を支える柱たちまで今倒れてしまっては、世界が崩れる。覇者が目覚めるその時・・・あるいは、ヒトが何らかの手段で覇者の代理を務められるまでのその時まで耐えるしかない」


「これほどまでに世界が淀むとは、ロナク=リアさえも予見しえなかったものね。完璧な構想の末、覇者の眠りを誘ったというのに」


 溜息をつき、緑ノ魔女はその魔力を展開していく。爽やかな風が彼女を取り巻き、それらは次第に強くなっていく。幻の中だというのに、ルーシャはその風に心地良ささえ感じてしまう。



「さよなら、青ノ魔女」



「ああ、さらばだ友よ」



 互いに何か言いたげなまま視線を交わし合い、ふたりの魔女は惜別の言葉を述べる。







 * * *





 ふたりの魔女の別れで幻は消え去る。

 再びルーシャとフェルマーの二人の目の前には暗い海底が姿を現し、目の前には石像が静かに佇む。近くでしっかりとその石像を目にすると、先程の幻に出てきた青ノ魔女なのだと分かる。


 〈我々がしてきたことは、神なき世界の理を守ってきたに過ぎない〉


 石像を見上げていた二人の前に、神語を使って石像──青ノ魔女が語りかけてくる。


 〈覇者なき世界となり、決断ノ巫女は最低限の世界の理を守るべく様々な創意工夫をなしていた。だが、世界はあまりにも穢れて淀み、巫女の創った方法だけでは保てなくなった〉


 青ノ魔女の言葉にルーシャはナーダルの語ってくれた話を思い起こす。

 世界の覇者たる竜は膨大な魔力を有し、またその魔力が世界を潤し循環させていたという。竜の眠りは当たり前にあった魔力の枯渇を意味し、急激に魔力が枯渇することは現存する生態系や環境を壊すことに繋がる。


 それを見越し、ロナク=リアは最低限の魔力供給と循環システムを構築していた。

 だが、実際には魔力そのものの補充や循環はできても、穢れが蓄積した世界は均衡を崩しかけていた。


 〈世界の崩壊を危惧したもののなかで、とりわけ力が強い四つの生物が立ち上がり尽力した。大地の浄化にグリフォン、大気の洗浄に鳳凰、業火の純化に不死鳥、水の斎戒に蛟龍・・・だが、それとて永くはもたなかった。それを他の零細種族が折り重なるように支え続けて今に至る〉


 静かに語るその言葉は、ルーシャやフェルマーが知らずに生活してきたこの世界のことだった。

 フェルマーは始終口を閉ざし話を聞く。石像の語るその話が何なのかということを問うことなく、ただ静かに何かを受け止める。



 〈清き青ノ魔力に守られし者よ、我々がしてきたことは時間稼ぎにしかならず問題は何も解決していない〉



 語られる言葉にルーシャは重く責任を感じる。

 ルーシャは過去のことを話としては知っているが、当事者ではない。過去のその場の空気も、人々が流した血と涙も、どれほどの奇術師たちが苦しんだのかも知らない。そんな自分がこれから先の世界を担っていくような役割で良いのかとさえ時に思う。


 望んだ役割ではないし、与えられたその使命を快く請け負ったわけでもない。いつの間にか、ある意味で押し付けられるようにその役割を担うことになっていた。



 〈この先、世界がどう動こうとも我々はそれが命運なのだと受け入れる。だからどうか・・・過去に囚われず、その時代を築いてほしい〉



 一方的に語られる異種族からの言葉にルーシャは何も返事ができない──というより、言葉を返すことそのものができない。

 神語で語りかけてくる青ノ魔女は、魔力こそ感じられるがもう生きてはいない。壮大な魔法術を命を削ってまで成しえており、魔女のその魔法術はとめどなく流れゆく大海流を創成し長期間維持するものだった。そして、流れ着いた穢れを祓い、また海に循環していく。


 命の全てを削ってここまで保ってきていた。


(青ノ魔力・・・)


 それが何を指すのか、ルーシャはすぐに見当がつく。ナーダル──実際には静神・ソートの魔力だった。ナーダルなき今、その魔力がこの世にあることはない。命あるものは死ねば、その魔力をこの世から失う。どれほど偉大な魔道士であろうと、自分の魔力を死して尚この世に留めておくことは出来ないという。術者が死ねば魔法術は解ける──それが基本的な世の摂理だった。


 だが、この世には特殊な方法で自分が死んでも魔法術を持続させることができることがある。複雑且つ高度な技術であり、それが出来るものは多くはない。


 ナーダルとルーシャには子弟として深い関わりがあり、魔力同士の繋がりも強い。そして、ナーダルの魔力は静神の魔力の恩恵を受けており、他の誰よりも清い──静神の魔力そのものといっても良いほどだった。ナーダルの死後、本来ならば失われる魔力だが静神の影響を色濃く受けた魔力の一部がおそらくルーシャのなかに残っている。青ノ魔力はそのナーダルの魔力を感じ取り、覇者の魔力の気配を感じとりルーシャをこの場に呼び寄せたのだろう。


 語りかけられるその言葉に、その物語に、その想いに応えられるほどルーシャは強くはない。

 敬愛していた師匠から託されたものだからこそ受け入れてはいるが、その役割が重荷であることに変わりはない。変わっていくこの世の中で、未知なる世界が広がる中で自分のすべきことも出来ることも分からない。



 〈ひとつ、問いたい。青き魔女よ〉



 沈黙を貫いてきたフェルマーが神語で目の前の石像に話しかける。



 〈貴方のその生命はいずれ途絶えるだろう。その時、その魔力や、この大海を繋ぐ大海流はどうなる?〉



 事情など何も分からないが、フェルマーは簡潔に分かっていることを整理しひとつの疑問にたどり着く。青ノ魔女は世界を維持するために大海流をつくり、その清く強い魔力で海の平穏を保ってきた。だが、それも永遠に続くものでは無い。もしも、青ノ魔女の生命が完全に消失したならば、彼女の力によって保ってきた海の平穏は崩れるのだろうか。


 〈この大海流はいくつもの時代の海を駆けてきた。我が命が尽きようとも直ぐにはなくならない。ゆっくりと何世代もかけてその流れを失うだけだ。そして我が魔力はなくなるが、(じき)に覇者の目覚め──世界の循環が戻ることになるであろうから心配は無用だ〉


 魔女の返答にフェルマーは軽く頷き納得したようだった。




 そして、ふたりはまたもや突如として石像の魔法術の外へと転移させられる。いつの間にか石像は再び目隠しの魔法術を展開し、何者もそこへと寄せ付けないようにする。




 〈海属ノ秘宝はこの大海流であり、清廉潔白な魔力であり、青ノ魔女の命と覚悟そのもののことだったな〉





 静寂な海底にフェルマーの言葉がぽつりと沈んでいく。







──────────


大きくて強い、そしてマスターの魔力に似た力を追って辿りついたのは石像だった。

青ノ魔女が生涯をかけて成しえた魔法術・・・それがライル大海流だった。


世界を駆け巡る海流で世界中の淀みを集め、そして始点にして終着点である自分自身にその淀みを集めて清めていた。



魔女は世界を支えていること、それがひとつの種族ではなく他種族が寄り添いあってきたことを伝えてきた。


私は──、わたしたちは何も知らずにこの世界を生きている。

当たり前のように生きて、当たり前の世界をなんの疑いもしてこなかったのだと痛感する。


魔力が淀み、汚れるとはどういうことなのか詳しくはわからない。

ただ、魔力発動時に発生する余剰魔力と関係はあるのだろうけど。


余剰魔力による被害は聞くし、だからこそ魔力完全燃焼の魔法もある。

余剰魔力の問題は神語をつかう、人間の魔法術のせいで、神語を魔法術に使うのは私たち人間だけ。

他の種族は魔力を使用する言語として、神語をつかうけど・・・それはあくまで私たちとの意思疎通の手段でしかない。


何が要因で私たちには神語で魔法術が使えて、他の種族には神語が言語レベルでしか使えず魔法術の使用に至らないのかは分からない。



でも、余剰魔力による魔力の淀みを青ノ魔女は清めていた。

それって・・・単に魔女の魔力が清いから・・・そんな理由でできるものなのかな。



分からないことだらけでしかない。



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