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第5話_ちょっと不穏な空気なんて今までなかったじゃないですかやだー!

すまない、巻きでいく!

 

 

■西暦1515年1月16日 更に続き

 

 

 眠れなかった私は、頭を冷やすために少し歩くことにした。

 月明かりの差す礼拝堂は、神秘的な雰囲気をかもしだしている。

 

 窓から星が見えた。

 冬は、星が綺麗だ。

 夜空でパーティを開いているかのように、キラキラと輝いている。

 目立つのは、やはりシリウス。それに、オリオン座の三ツ星だ。

 空は、変わらない。数百年という時間の逆行程度では、全然変わっていなかった。

 

 

 まぁ、私は衝撃の告白ひとつで変わりつつあるがな!

 

 冷静になって過去を振り返ってみたのだが、あいつが私に惚れているのなんてバレバレじゃないか? どうして気づかなかった?

 

 

 うん、理由はわかってる。

 妹のことしか目に入ってなかったからだ。

 反省? する必要がない。

 

 

 しかし、どうだろう。

 男女の関係。そういうのは、今まで想像もしていなかった。

 けれど、自分の意識が男性か女性かなんて、気にしなくなって久しい。

 別に恋人ぐらい作ったって、いいのではないか?

 

 試しに、私とユーリがエロイムエッサイムしている姿を想像してみる。

 

 

 

 顔から火が出た。

 

 

 

「──だめ。これは、危険」

 

 手の平で頬を冷やし、反省する。

 不思議と、嫌とは思わなかった。

 むしろ……待て待て。何を言おうとしているのだ、私は。

 

 うん、もうちょっと続けてみよう。

 いきなり想像するには、少々ハードルが高すぎた。

 もう少しソフトな妄想から、順番に。

 

「デート。そう、まずはデートだ」

 

 物事には、段階というものが必要である。

 物事には、雰囲気に流されるという過程が必要なのである。

 だって、いきなり素直になれるはずなんてないから。

 ムードとか勢いとか、とにかくそんな諸々の手助けがなくては進めない。

 

「お祭り、一緒にいきたいな。はぐれないようにお互いをよく見ないといけないし、あわよくば手とか繋いじゃってもいいし、混んでるから体を密着させるのも自然だし」

 

 昨日は、妹のためユーリに浮気癖がないか調べるという名目で大胆になれたが、告白された今となってはとても出来ることではない。恥ずかしくて死ぬ。

 今のままでは、手を繋ぐどころか、目を合わせることすらできそうにない。

 別の名目が必要である。名目としては、ふさわしいものに思えた。

 

「プレゼントを選びたい。二人っきりで星を見たい。夜は寒いから、手を握りあって温めたい。肩を寄せ合って語りたい」

 

 妄想してみると、二人でやってみたいことが次から次へと、堰を切ったようにあふれ出てくる。

 欲望はどんどん広がり、過激な方向へと突き進む。

 言葉にするだけで、楽しくなってきた。

 自然と笑みがこぼれる。

 

「ふふ。ユーリも男の子だし、エッチなことはしたいよね?」

 

 昨日のユーリの顔を思い返してみる。

 私の体に目が釘付けで、あれはもうエッチのことしか頭になかった。

 次に同じような状況になったら、たぶん私は拒絶できない。

 というか、拒絶する必要なんてないのだ。ないったら、ない。

 興味が無いわけでもないし、ユーリが望んでくれるなら、自分の体ぐらい好きにさせてやればいいと思う。

 

「ああ、そっか」

 

 落ち着こうとしても、どうにも止まらない。

 ニヤニヤ笑いが、止まらない。

 なんだ、これ? 私はこんなにユーリが好きだったのか?

 自覚するだけで、心が爆発しそうで。

 体が熱くなって、今すぐユーリに会いたくなってくる。

 

「これが、恋──か」

 

 声が聞きたい。

 名前を呼びたい。

 名前を呼ばれることを想像するだけで、ドキドキする。

 目を合わせるだけで、きっと心臓が高鳴ってしまう。

 隣にいるだけで、幸せで心が満たされる。

 

 

 駄目だ。自重不能だ。

 頬の熱が引く気配はない。手の平で冷やした程度では、収まらない。

 きっと、顔が真っ赤に火照っている。

 次から次へと嬉しさが溢れ出てきて、止まらない。

 

 このままだと、まずい。

 欲望を発散しないと欲求不満が暴走し、ところかまわずユーリに抱き着いてしまうかもしれない。

 

 こういう時は、我が妹のレティシア様だ。

 レティに恋愛相談をしよう。

 恋バナだ。きっと喜んで聞いてくれるし、私も楽しいに違いない。

 

 

 明日まで待ちきれないのだが、起こしても怒られないだろうか?

 いや、むしろ起こさないと「なんでもっと早く言ってくれないの!?」と怒る。

 間違いない。

 

 話したいことが、いっぱいある。

 きっと夜中まで、寝る間も惜しんで話してしまう。

 この恋の灯火は、そう簡単に静まらない。

 

 しかし、妹の恋バナを聞かされるならともかく、私が妹に恋愛相談を持ち掛けるなんて。人生、何があるかわからないものだ。

 

 

 

 

 

 と、バタンと大きな音を立てて、礼拝堂の扉が乱暴押し開かれる。

 なんだいったい。思わずビクッとしてしまったではないか。

 幸せな気分が台無しだ。

 安普請の扉をそんな乱暴に扱って、取れたらどうしてくれる。

 

 そう思いながら入口に恨みがましい視線を送ると、なんだか危険な香りのプンプン漂う男たちの姿が。

 人数は三名。なぜか、大きな麻袋を持っている。人ひとりぐらいなら、すっぽり覆えそうな大きさだ。

 嫌な目をしている。暴力が大好きですと自己主張をしている目。

 その目は、まっすぐこちらに向けられていた。

 

 

 ……オーケー、オーケー。

 冷静になろう。

 まずはコミュニケーションだ。

 風貌が怖いだけで、神に祈りにきただけの人である可能性も、紙一重ぐらいあるし。

 

「あの、何か御用で」

「いたぞ、女だ。誰もいない。さっさとやろう」

「……聞いてたより、大きくないか?」

「知るか、関係ねぇ」

 

 あ、駄目だこれ。

 コミュニケーションとか取れないタイプの類人猿だ。

 

 私は大きく息を吸い込み、そして叫んだ。

 

 

「衛兵さーん! 衛兵さーん! 不審者です! たーすけてー!」

 

 

 ふはははは、馬鹿めが。この周辺には、ガチムチマッチョな衛兵さんたちが沢山いるのだ! 私は、衛兵さんのアイドル的存在に祭り上げられている。ちょっと悲鳴を上げるだけで、たとえ夜であろうが十名は軽く集まってくるぞ! 衛兵さんに掛かれば、なんちゃって暴力集団のお前らなど鎧袖一触。牢屋で臭い飯を食うがいい!

 

 私の声に狼狽えた男たちは……男たちは……

 

「衛兵には構うな。あっちは別の連中の担当だ。俺たちは、女を浚うだけでいい」

 

 あれ、狼狽えてない。

 なぜ。どういうことなの。

 

 ……あっ、扉の外にも不埒者の仲間っぽい奴らがいる。

 え、ちょっと待って。もっといるってこと? 

 めっちゃ狼藉者多くない?

 

「よし、押さえろ」

「来るな! それ以上近づいたら、お前達の命はない。そおーい!」

「うおおお!?」

 

 男たちが迫ってくる。

 私は手近にあったゴミ箱を、連中にぶちまけた。

 

 怯んだ隙に裏口から逃げ出そうとするが、あと一歩の所で腕を掴まれる。

 痛い。か弱く無力な女の子相手に、なんてことをするのだこの連中は。

 

「天誅!」

「ぐべっ」

 

 男の急所を撃ち抜く我が一撃により、一人が天に召された。

 しかし、時間のロスが致命的だ。残りの二人に追いつかれる。

 

「よっ」

 

 タイミングをはかり、踏み込む足を払う。

 これをされて、転ばない奴はいない。

 バランスを崩した二人目は、突撃した勢いのままにすっころび、礼拝堂の石壁に頭をぶつけた。

 死して屍拾うものなし。アーメン。

 

 最後の三人目が、私の腕を掴む。

 が、その掴み方はいけない。

 くるりと腕を回せば、あっさり外れる。

 バランスを崩したところで、足の甲を踏み抜く。

 悶絶し顎が下がった所を、頭で思いっきりかちあげてやった。

 

 

 ハ、なんだ。

 体格差があっても、意外となんとかなるじゃないか?

 これなら、子供の頃のユーリの方が手ごわかったぐらいだ。

 

 さて、復活する前にさっさと逃げ出そう。

 レティを連れて、詰め所まで行けば──

 

 

 裏口の扉をあけても、月明りが差し込んでこない。

 顔を上げる前に、私は床に転がされた。

 

 痛い。呼吸ができない。

 たぶん、殴られたのだと思う。

 

「おいおい、殴っちゃまずいっしょ。怒るぞ、あのエロ親父」

「逃げられるよりはいい。とんだ跳ねっかえりだ、この娘は」

 

 裏口の外には、二人の男がいた。

 正面に仲間を配置していたのだ。落ち着いて考えれば裏口にも人を配置していることぐらい気づけたはずなのに、無警戒にすぎた。

 

 なんとか立ち上がろうとするが、どうにも踏ん張りがきかない。

 そうこうしているうちに、後ろの三人が復活する。

 手負いの獣のように、息が荒い。怒り心頭といった雰囲気だ。

 高ぶった感情が伝わってくる。抵抗すれば、嬉々として私を痛めつけてくるだろう。

 

 

 だが、それだけならまだいい。

 最悪の事態は。

 

 

「──お姉ちゃん!?」

 

 

 こうして、レティが来てしまうことだ。

 眠ったままでいてくれたら、良かったのに。

 連中に勘違いさせたままにしておけば、レティに危険は及ばなかったのに。

 

 

 まずい。まずいまずいまずい。

 女性一人攫うにしては、過剰な人数。

 こいつらの狙いは、きっと。

 

「あ? 女が二人?」

「聞いていた話と容姿が一致するのは……どちらかといえば、あっちの小さい方じゃないか?」

「なんだそりゃ、人違いかよ。お粗末だなオイ」

「そう言うな。見慣れない奴が近づくだけで衛兵が寄ってくるほどの警戒だ。周辺住民への聞きとりすら、ろくにできなかった」

 

 レティを狙ってきたんだ。

 レティの出自が、どこかから漏れたのだ。

 

 こいつらは、レティの平穏を踏みにじるつもりだ。

 母の願いに唾を吐くつもりだ。

 怒りの感情が、私の中から次々と溢れてくる。

 だが、我を忘れてはいけない。私にできることなんて、少ししかない。

 

「んじゃ、こっちの色っぽい方は、俺たちで頂いちまってもいいってことか?」

「いや、万が一ということもある。こいつも連れていくべきだ」

「なんだよ、いいじゃねぇかあっちが本命だろ?」

 

 暗い感情を向けられるが、無視だ。

 コホッと一つ、咳をする。

 大丈夫、息を吸えるようになってきた。

 なら、声だって出せるはずだ。

 

「ボス、俺たちでやっちまおうぜ! こいつ、俺のタマを蹴りやがったんだ。滅茶苦茶にしてやらないと気が済まねぇよ。まず俺にやらせてくれ!」

「駄目だ」

 

 息を吸う。

 大丈夫、仲間割れしている今なら、隙がある。

 

「レティ、逃げて! 詰め所に行って、助けを呼んできて!」

 

 ただ逃げてと言っても、きっと聞いてくれない。

 だから、助けを呼んできてと付け加える。

 

 レティは、少し迷った様子だった。

 泣きそうな表情。でも、私と目が合うと、その瞳から迷いは消える。

 

 いい子だ。

 やると決めたことは、とことんやれと言い聞かせているのだ。

 

 

 レティは背を向けて、走り出した。

 これでいい。あとはお姉ちゃんが、レティの手助けをしてやればいい。

 体は痛むが、それぐらい、どうってことは無かった。

 

 私は、裏口の二人に組み付く。

 狭いところにいるのだ、二人まとめて組み付くのは難しくない。

 それにこうしていれば、私達の体が邪魔になって、後ろの三人もレティを追いかけられない。

 

「……本当に。とんだ跳ねっかえりだ」

 

 

 何度も殴られた。

 でも、手は離さなかった。

 意識が暗転するまで。

 意識を失っても。

 絶対に、手は離さなかった。

 

 

 

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