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第4話_告白されたけど、どう回答するのが正しいのか答えよ(配点:20点)

 

 

■西暦1514年1月14日

 

 

 十四歳って、子供だろうか。

 冷静になって鏡で自分の姿を見てみると、子供とはいいがたい気がしてきた。

 日々の変化はゆっくり進むので、自分だと変化を感じにくいものなのである。

 

 というか、あれだ。

 ぼかして言うのも面倒なので直接的に表現するなら、胸が大きくなってきている。

 

 膨らんできたなーとか、邪魔になってきたなーとは思ってたけど。

 これ、何かしないといけないんじゃない?

 下着とか、どうすればいいんだろうか。

 レティに相談すればいいんだろうか。

 

 

 

■西暦1514年1月15日

 

 

 レティに相談したら解決した。

 さすがは我が妹である。

 私の女子力が低いかわりに、レティの女子力は半端ない。

 二年前も、こうやって……いや。恥の歴史を、あえては語るまい。

 

 こういうのって普通、母親から教わる物だとおもうの。

 少なくとも、妹に教わる物ではないと思うの。

 姉として情けない。

 

 

 ついでに、体の手入れだの化粧だのの手ほどきもされた。

 レティ、いつの間にそんなスキルを?

 

 

 

 

■西暦1514年5月17日

 

 

 今日は、珍しく我が教会にお客さんが来た。

 朝の掃除をしようと礼拝堂に行くと、お祈りをしているお爺さんがいたのだ。

 

 爺さん、朝早いな!

 日の出から、まだ十分ぐらいしかたってないぞ。極寒の礼拝堂だぞ。

 死ぬ前の最後のお祈りとかじゃないよな?

 

 

 そう思って話しかけると、なんでも私と話をしたくて来たらしい。

 なんだろう。何かのセールスだろうか。

 

 や、そういうの間に合ってるので。

 幸運をよぶお守りとか、不幸を避ける壷とか、謎のパワーストーンとか。

 むしろ作って売りさばく側の人間なので。

 

 そんな話をしていると、お爺さんは笑って「元気な子だ。将来、たくさんの子を生めるだろう。何より美人だし、どうだ? 孫の嫁に来ないか」と言ってきた。

 なんなのだろう、このセクハラジジィは。殴っていいだろうか。

 

 

 掃除をしながら話をすること、小一時間。太陽が完全に顔を出し、礼拝堂に光が差し込み始めた頃。慌てた様子の衛兵と、豚をリスペクトしている事は間違いないであろう中年男性が駆けこんできた。

 なんでも、勝手に抜け出したお爺さんを連れ戻しに来たらしい。

 「残念、時間切れだ。また会おう、アリス君」と別れの挨拶を告げ、笑いながら立ち去るお爺さんは、少し寂しそうだった。

 

 

 ろくに礼拝する時間もとれないなんて、お偉いさんというのは大変だ。衛兵には「閣下」、豚には「ベルク卿」と呼ばれていたし、相当な身分の人なのだろう。

 

 

 

 ……ベルク卿?

 はて。どこかで聞いたような気がするが、どこだったか?

 

 

 

 

 

 

■西暦1515年1月15日

 

 

 十五歳である。十五の夜である。

 

 最近、レティとユーリがこそこそと話をしている模様。

 私に隠れて逢引か? お姉ちゃんはいらない子なの?

 

 いけない。このままでは、レティが毒虫に刺されてしまうかもしれない。

 ユーリ、君はいい友人だったが、妹に手を出そうとするのがいけないのだ……

 

 確かにユーリはイケメン、優しい、家柄もたぶん良いと三拍子揃っている。

 妹と釣り合うとまではいかないが、有力株であるのは否定できない。

 しかしユーリだ。年々イケメン度の上がっていく彼に言い寄る娘も、今後増えていくだろう。となれば、浮気しないだけの自制心を持つ真のイケメンでないと、レティが不幸になってしまう。

 

 ふはははは。私の妹が欲しくば、この姉の試練を乗り越えてからにするんだな!

 

 

 

 

 というわけで、ユーリに浮気癖がないか、試してみることにした。

 ユーリを自分の部屋に招き入れ、誘惑してみるのである。

 まんまと誘いに乗るような、欲望に支配されるクソイケメンなら、レティにふさわしくない。

 

 別に、全裸で襲い掛かるとかそういう話ではない。

 普段よりちょっと色っぽい仕草で、普段よりちょっぴり肌の露出が多い服装をするだけだ。

 

 おしゃれな服なんて持っていないけれど、こういうプライベートな空間ではピシッと決めるより、油断してそうな格好をするほうが釣れるものだと思う。私の個人的性癖かもしれないが、たぶん釣れるのである。

 

 

 現に、隣に座ったユーリは視線を右往左往。挙動不審きわまりない。

 こちらの言葉にも、心ここにあらずといった相槌を返すだけ。

 

 ふははは、当然だ。その位置からなら、私の胸元がばっちり見えるからな!

 私、けっこう胸大きくなったからな!

 このために椅子を別の部屋に移動させて、ベッドしか腰を下ろす所が無いようにしたのだ。

 ほれほれ、ここがええのんか? ここが見たいんか? 少し前かがみになったほうがいいか? どうなんだ、言ってみるがいい!

 

 私は、ぐいぐいと体を寄せていく。

 ユーリはもう、無言だ。

 頭を預けると、心臓の音がバックンバックンなっているのが聞こえる。

 私が頭を下げて目線を合わせないようにすると、ユーリの視線が胸元に集中するのを感じた。

 

 ひっかかったな、ダボがぁ! 顔を見られない状況なら、気づかれないと思ったか?

 もう、ガン見だ。興奮してやがる。こいつぁ女なら誰でもいい野郎かー!

 見た目はともかく、性格的には女らしさに欠ける私に懸想するなんて、女なら誰でもいいスケコマシ野郎ですかぁー?

 

「……あまり挑発されると、我慢できなくなる」

 

 絞り出すように、ユーリが声を上げた。

 

 それが、最後の警告だったのだろう。

 普段の私なら、引き下がっていたはずだ。

 冷静に、私の事を考えて警告を発してくれている。

 

 

 でも私は、狼狽えるユーリを見ているのが、少し楽しくなっていた。

 嗜虐心だろうか? それとも、いつも皆の中心にいたユーリが、自分だけを見てくれるのが、嬉しかったのだろうか?

 自分でも分からない。確かな事は、私を大事にしてくれているユーリの声を、私は聞き逃してしまったという事。

 

 ここまでやるつもりは無かった。

 少し肌をさらして様子を見るだけのつもりだった。

 けど、私は止まらなかった。

 

「我慢する必要、あるの?」

 

 私の言葉で、最後のタガが外れて。

 ユーリは私の腕をとり、ベッドに押し倒した。

 

 

「……え?」

 

 

 私は呆けた声を上げて、ユーリの顔を見上げる。

 逆光で影がさしているため見えにくいが、目がマジだ。

 息が荒い。振りほどこうとするが、体格差はいかんともしがたく、びくともしない。

 少し。というか、かなり怖い。

 

 ……おい、おいおい。ちょっと待ちたまえ。

 将来を約束された未来のイケゴリラに力づくで来られたら、抵抗なんてできないぞ。

 おまけにレティがいない時を狙ったから、教会には当然、誰もいない。

 こんなボロ教会に都合よく人が訪ねてくる事も、まず無い。

 

 あ、やばい。

 ユーリなら大丈夫だと、安心できると。私を怖い目にあわせたりしないと、どこか信じていたのかもしれない。

 根拠もなく。後先も、考えずに。

 冷静に考えてみれば、この状況で手を出さないほうがおかしいのに。

 

「あ、ちょ」

 

 うまく言葉が出てこない。

 ユーリに押さえられた手首が、ひどく痛む。

 自分の馬鹿さ加減に対する怒りと、ユーリの気持ちを弄んだ罪悪感で、胸も痛んだ。

 大事な友人を、傷つけてしまったのかもしれない。

 自分のせいで。この後、彼の心に更なる傷を残してしまうかもしれない。

 どうしようもなく自業自得で、自分勝手な自分ではあるけれど。

 ユーリを傷つけるようなことをしてしまうのは、嫌だった。

 

 

 ……抵抗しない方が、いいかもしれない。

 嫌がったら、きっとユーリの心に、消えない傷が残る。

 ことが終わっても、いつも通りの能天気な態度で接すれば、ユーリも変に気負ったりはしないだろう。

 

 それに。事実として、嫌悪感は薄い。

 最近の私を見る男どもの視線には辟易していたが、ユーリに見られるのは嫌ではなかった。

 だから、きっと。体に触れられても、大丈夫だと、思う。

 

 体は、震えているけれど。

 経験のない行為に、硬くなっているけれど。

 やってみれば、身構える必要もなかったと思うに違いない。

 瞳にたまった涙も、すぐに引いてくれる。

 

 

 

 涙があふれ、一筋零れた。

 

 ユーリの表情が、さらに強張る。

 彼は動かない。固まったまま、呼吸が徐々に戻っていく。

 

 悩み、後悔しているのがわかった。

 手首を握る力が緩む。

 拘束を解いたユーリは、私に背を向け、ベッドの上に座り込む。

 

「すまん」

 

 謝罪の言葉。それは、私が口にすべき言葉なのに。

 

「……ごめん、なさい」

 

 遅れて、私も謝罪の言葉を口にした。

 ユーリからの返答は無い。

 

 

 私達は背を向け合い、しばらく無言のままに過ごした。

 お互い、言葉をつむぐには時間が必要だった。

 やがて、会話をはじめる。

 ひどくチグハグで、つたないものだったけれど。

 それでも、言葉を交わしているうちに、いつものような関係性に戻りつつあった。

 

 私は、ほっとした。

 さっきのは、ちょっと調子に乗ってしまっただけ。

 いつものじゃれ合いの延長上であり、軽く流せる事。

 二人の関係性を壊すようなものでは、ないのだと。

 

「さっきは危なかった。アリスは、自分が人にどう見られているか自覚したほうがいい」

「自覚は、しているつもりなんだけど」

「していない。自重しないと、男に迫られるぞ。さっきは怖かっただろう?」

「いや、ユーリ以外にあんなことはしないし。本音を言えば少し怖かったけど、普段のユーリは怖いってイメージじゃないし。ユーリに迫られて嫌な気分になる女性なんて、いないんじゃないかな」

「君は……いや、いい。アリスは天然だからな」

 

 誰が天然だと。

 そう突っ込みたかったが、自身の行為を振り返ってみると、おバカとしか言いようがない。

 私はもしかすると、アホの子なのだろうか。

 

 

 

 

■西暦1515年1月16日

 

 

 翌日。

 ユーリが再び教会にやって来た。

 

「言おうかどうか、ずっと迷っていたんだが……はっきり口にしないと君には伝わらないようだから、言う事にした」

 

 そうして、爆弾を置いていったのだ。

 

「俺は、お前の事が好きだ」

 

 

 ……は?

 

 

 

 

 

■西暦1515年1月16日 続き

 

 

「……はっ!?」

 

 衝撃の告白から半日。

 私は、ようやく再起動に成功した。

 

「どういう事! いつから?」

「だいぶ昔からじゃないかなぁ」

 

 横にレティがいた。

 私がレティの存在に気が付かないなんて、なんてこと。

 

 

 私は、レティに恋愛相談する事にした。

 恋愛というか、なんというか。

 自分でもよくわからない。

 

 よくわからないのだが、いろいろ話をしているうちに「惚れた方が負け」という結論に達した。

 やった、アリスさん大勝利! 勝ったどー!

 

 ……何に?

 

 

 

 



ユーリもアリスも、恋愛相談はレティにする模様。



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