第3話_悲しい時ぐらい、隣にいてやってもいい
■西暦1511年7月3日
わが妹は、もしかしたら天才なのではないか。
だってどう考えても、何をやっても、同年代の子より優れているのである。
おまけにいい子だし、しっかりいう事を聞くし、天使のように可愛いし、地上に使わされた天使と言っても過言では(ここから先は、字が走っていて判別できない)
■西暦1511年7月16日
今日は、レティが料理を作った。
簡単なものではあるが、レティの愛情のこもった料理は、この世のものとは思えぬ美味しさだ。
わが妹は、やはり天才だった。
えへへと笑うレティは天使のようにかわいらしくて、おもわずムギューっと抱きしめ(ここから先は、延々とのろけ話が記録されている)
■西暦1511年8月1日
レティに「アリスお姉ちゃん、大好き!」と言われた私は、この可愛さを後世に伝えるべくこの世に生を受けたのだと確信するに至り(ここから先は、妹の可愛さについて解説した文書がしたためられている)
■西暦1511年8月5日
レティが(妹を褒めたたえる文章が羅列されている)
■西暦1511年8月8日
レ(妹への愛が語られている)
■西暦1511年8月12日
「最近、元気ないな?」
洗濯を終えて休憩していると、元ガキ大将が声を掛けて来た。
珍しい声の掛けられ方だ。いつもは、妙に挑戦的なのに。
気を使われているのだろうか。
体を鍛えることが趣味という、将来ゴリラになることが約束されたアルティメットゴリラ予備軍なドMゴリラではあるが、ガキ大将をやっていたこともあり気配りができないゴリラではないし、ゴリラだけあって檻から解放された時のパワーは大したもの。
なにか力になれないかと思っているのだろう。
「そう? 自覚はないけれど」
嘘だった。
ゴリラにすらバレバレな嘘だとは思うが、それでも自分は、人に弱みを見せたくないのかもしれない。
「そっか」
追及は、なかった。
代わりに、私の横に座るゴリラ。
……なぜ横に座る。
なんのつもりだこのゴリラ。
威嚇混じりの視線をガルルと送るが、ゴリラは華麗にスルー。
涼し気な表情が、なんだかむかつく。
もう一度、ゴリラことユーリ君に視線を向けてみる。
横に並んで座ってみると、着々とゴリラ化の進む彼の成長が見て取れた。
なにしろ、頭の位置が違う。
以前は私と同じぐらいの高さだったのが、今は見上げる高さだ。
ゴリラゴリラと呼んでいるが、ユーリも最近色気づいてきたのか。坊主頭をやめて、髪を伸ばしている。
すると、なんということでしょう。あっという間にイケメンに。
ユーリ、お前! どんな魔法を使った? 進化の方向性が、ゴリラからずれてきているぞ。
私が男にときめくなんて事があるはずもないが、もし成長した私に乙女心なるものが宿ったとしたら、危険かもしれない。
……宿るか、乙女心?
乙女心というものは、どこから湧いてくるのだろうか。
乙女とはいったい。
まぁなんか色々頭をよぎるものはあったが、しばらく横に並んで座っていると、なぜか気持ちが晴れやかになってくる。
こういうのも、悪くはないかもしれない。
ユーリもユーリなりに、今までとは違う形で元気づけてくれようとしているのだろうし。
……昔のユーリなら、元気づけるために喧嘩を吹っかけて来た所だ。
最近のユーリは、喧嘩をふっかけてこない。
それどころか、むしろ避けられているような気すらしていた。
近づくと、微妙に逃げるのである。肩でも触れようものなら一歩距離を取るし、目が合うと、視線を逸らす。
ははぁ、彼もお年頃か。か弱い女の子に喧嘩を売る自分を、客観的に見て恥ずかしくなったのだな。
そうに違いない。
あの生意気だったガキ大将も、成長するものである。
──私は、成長しているだろうか?
少なくとも、変わってきてはいると思うのだが。
■西暦1511年9月15日
最近、ユーリがまた私の周囲をうろちょろしている気がする。
まさか、レティを狙っているのではあるまいな?
色気づいたイケメンゴリラめ、許さん!
レティは超絶怒涛に可愛いので、その魅力にあてられるのも理解できるが、貴様は妹にふさわしくない。
ふはははは! 妹が欲しくば、この姉に勝ってからにするんだな!
まだまだ、お前には負けん。
■西暦1511年10月2日
レティ可愛い
■西暦1511年10月3日
れてぃ かわ
■西暦1511年10月12日
簡単な収穫作業は子供達に任されるのだが、最近、ユーリとペアを組まされる事が多い。私の言う事なら大人しく聞くからというのが、その理由だ。
どういう事なの。
私は、いつのまにゴリラ使いにクラスチェンジしたの。
そんな私の下僕扱いのユーリ君だが、どうやら、いい所のお坊ちゃんらしい。
執事服を着た男に「ユーリ様」とか呼ばれているし、父親の事を「父上」と呼んだりするし。
……ユーリ。お前、畑仕事してて良いのか?
勉強とか、するべきなのでは。
■西暦1512年3月20日
私が十二歳になった頃。
教会のそばに、衛兵たちの詰め所ができた。
自警団ではなく、騎士の称号を持つ者すら多い本職の兵士だ。
町はずれに作るには、分不相応な代物だ。
こんな所に作った理由はわかっているが、わからないふりをしたほうがいいのであろう。
レティのために働いてくれているようなものなので、私としても彼らをねぎらうべきではなかろうか?
いや、ねぎらうべきに違いない。
というわけで、私は週に一度程度、衛兵たちに差し入れを持っていくことにした。
数度も顔を出せば、次はいつ来るんだとせがまれ、道端で出会ったなら気さくに挨拶する関係性にレベルアップ。
アリスさん、大人気である。
ふへへ、私でよければいくらでもおだててやる。
汗水たらして、レティのために働くがよい。
■西暦1513年4月6日
私もユーリも、十三歳になった。
最近のユーリは、誰だお前はと言いたくなるほどイケメンに成長。
女の子達からも大人気だ。
それ自体は別にどうでもいいのだが、女の子達から私に向けられる視線に、嫉妬の色が混じりつつある気がする。
どういう事なの。
私は、しがないゴリラ使いだよ。
■西暦1513年5月2日
女の子こわい。
■西暦1513年5月10日
ゴリラ死すべし。
■西暦1513年5月14日
アリスさん大勝利!
やったー、勝ったどー!
■西暦1514年1月13日
この日は、雪が降った。
吐く息が白い。太陽はまだ沈んでいないが、空が分厚い雲と雪に覆われているため暗く、地上を影が覆い尽くしたかのようで少し怖い。震える体を押さえつけ、足早に家路を急ぐ。
と、途中で我が幼馴染のイケメン魔人ことユーリ君を見つけた。
暗い雪の日、人気のない場所に一人佇む男。イケメンでなければ、ちょっとしたホラーである。
どうかしたのかと問いかけるも、ろくな返答がない。
どうやら泣いていたらしい。
どうしたらいいか分からなかったので、とりあえずギュっと抱きしめておいた。
レティシアなら、こうすると落ち着くのである。
親しくない人にされても落ち着かないだろうが、私も一応幼馴染であるし、昔からユーリの弱みを知っている人間でもあるし。問題はない……よな?
しばらく私の体にすがりついていたユーリ君だが、やがて落ち着いたのか。
感謝の気持ちを述べて、私の体を解放した。
ただ、落ち着いたかと声を掛けるも「いや、まったく落ち着かなかった。心臓が爆発してもおかしくない」と返された。
なんだとこの野郎。
■西暦1514年1月13日 続き
さっさと別れようと思っていたが、肌に感じた冷たさが、私の後ろ髪を引いた。
こいつ、いつから雪に降られていたんだ? 体が冷え切っている。
ついでに、ユーリをハグしていた私の体も結構危険だ。
わお、やばい。風邪をひく!
重い病気にでもなったら大変だ。病気、ダメ、ぜったい。
すぐに体を温めねば。
遠慮するイケメンを無理やり家まで引きずっていき、風呂を沸かす。
風呂の準備をしていることを伝えると、「では、アリスの後に入らせてもらう」とのたまうユーリ君。
何言ってんだこいつ。
「時は一刻を争う。一緒に入ればいい」
「……は?」
妹と一緒に入れるように、私が自らの手で作った日本式のお風呂である。
我が教会では、大量の炭(その他、麦酒と開運グッズ)を造るので、無駄に薪を燃やすぐらいならお風呂にしてしまおうという発想だ。
スペースに余裕はあるし、二人ともまだ十四歳。
子供なら、一緒に入っても問題はあるまい。
一応、タオルで体を隠すぐらいはするし。
何も問題は、ない。
挙動不審なユーリを引き連れ、体を流し、暖かい湯に浸かる。
お風呂はいい。とても落ち着く。
冷えた手足が温まり、まるで体とお風呂が一体化したかのよう。
しばらく、無言が続いた。
別段、話をしたいと思ったわけでもない。
ただ単に、放っておいてはいけないと思っただけだ。
私は優しくないので、それ以上のことはできない。
ただ、一緒に居る事ぐらいしかできない。
でも。それだけのことが、救いになる事だってある。
「……父上が、死んだ」
話をしたくなったのか、無言に耐えられなくなったのか。
イケメンが、ぽつり、ぽつりと話をしはじめた。
「そっか」
私は、簡単に相槌を返す。
珍しい話ではない。
最大の親不孝をしないのであれば、誰にでも訪れる事。
彼にとって早すぎるそれは、ひどくありふれた不幸で、人の心をえぐるには十分な不幸。
私の心にも、ぽっかりと穴が開いたような感触が残っている。
これだって、もしかしたら人並みには程遠い喪失感かもしれない。
その後も、一つ、また一つと。ユーリは弱音を漏らした。
私はそれを受け止め、相槌をうつ。
しばらくして、ユーリはため息をついた。
もう大丈夫だ、落ち着いたと宣言し。
そして、最後の弱音を漏らす。
「……強くなりたいな。本当に、そう思う」
「ユーリは、十分強いと思うけど」
「どうだろう。俺はお前より、強くなっただろうか」
「それは、十年早いかな」
二人で苦笑し、顔を見合わせる。
小さいころ、同じようなやり取りをしたのを思い出したからだ。
思い出したと言えば。
いつぞや、ユーリもこうやって私を励ましてくれた。
母を失い沈んでいた私の横に座って、ただひたすらに、一緒にいてくれた。
そのことについて言及すると、ユーリは顔を赤くして目を逸らす。
人のために何かしようと思う事を、恥ずかしがる必要なんてないとおもうのだが。
「ユーリは、私に優しくしてくれたから。少しぐらい恩返しができたのなら、私も嬉しい」
そう言って笑い。
私達は、昔話を続けた。
二人でこうして話をしていると、なんだか昔に戻ったようで。
何も考えず、街中を駆け回った頃を思い出して。
自然と、笑い合うことができた。
色々と面倒な奴だが、この関係性は悪くないように思える。
こうして昔話に華を咲かせる事ができる相手は、貴重だ。
レティと一緒に居ると、どうしても気を張らないといけないし。私がこうやって肩の力を抜いて相手ができるのは、ユーリだけ。
軽く触れあわせた指先が、お風呂よりも暖かった。




