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第1話_私の妹は、超絶怒涛に可愛い



■西暦1506年7月8日

 

 

 考えはまとまらないが、焦っても仕方ないので、混乱するままに書き殴ってみようと思う。しばらくすれば、落ち着いてくるだろう。

 

 日付は、間違いではない。

 馬車が現役で走っているような時代の、町外れにあるおんぼろ教会。

 そこで僕は、混乱する頭をなんとか落ち着けようとしている。

 

 鏡(というのもおこがましいような、金属製の板)を見ると、そこに映し出されたのは、不愛想な女の子。当然、僕の姿ということになる。

 年齢は、六歳頃。

 金色の髪は肩より先まで伸びており、ずいぶんと女の子らしい。

 顔だちは可愛らしく、将来的には美人さんになるだろうと予感させる。

 が、表情が不愛想極まりなかった。

 

 僕は愛を想う事などしないから、当然だ。

 愛とか勇気とか希望とか、鼻で笑っちゃう。

 ハッ、愛? 恋? 何それ、知らない言葉だね。

 顔の造形は良いが、なんとなく、前世(・・)の僕の姿を彷彿とさせる。

 精神はどうやら、外見にまで影響を与えるようだ。

 

 

 前世。

 そう、前世である。

 どうやら僕は、ふとした拍子に前世の記憶とやらを思い出してしまったらしい。

 

 前世といっても、未来の話だ。

 今より五百年もすれば、前世の冴えない僕が、夜通し星を眺めているのであろう。

 時間とか、どうなっているのだろうか。可逆性があるのか。それとも実は、蘇ったのは前世ではなく来世の記憶なのだろうか。それこそ、時系列が滅茶苦茶な話になってしまうが。

 

 

「ふむ」

 

 僕は顎に手を当て、これからどうすべきかを考えた。

 さてさて。前世の記憶というものがあったとして、それを周囲に吹聴すべきであろうか?

 

 前世の記憶と言えば、光の戦士だったり、世界を救っちゃったり、闇の力が左腕に封じられていたりするアレな傾向の物である。いや、別にサラリーマンだろうがお笑い芸人だろうが、はたまたダックスフンドだろうが、何でもいい。

 

 確信を持って言えるが、そんな事を周囲に漏らすべきではない。

 吹聴したら、どうなるか。火を見るより明らかだ。

 

 アイタタタタ、周囲からの冷たい目と生暖かい視線が痛い! 寒暖差で死ぬ。

 左腕に闇の力が封じられている? 捨ててきなさい、そんなもの。拾ってきちゃ駄目! そもそも、どうやって前世から今の体に持ってきたのか。謎すぎる。

 君、それ以上はいけない。その先に進んではいけない。将来、ふとした拍子に過去を思い出し、悶絶し頭を壁に打ち付け、奇声を上げながら地面をゴロゴロ転がるハメになるぞ!

 

 

 まぁ、前世の僕のことなのだが。

 

 

 なんなの? 光の戦士なのに闇の力が封印されてるの?

 世界を救った? 世界ってどこよ。

 少なくとも僕は、そんなワールドワイドには生きていなかった。

 子供の頃となれば、隣町にいくだけで大冒険だ。

 

 いらない恥まで晒してしまった気がするが、とにかく僕は、頭の中にある記憶が本当だったとしても、決してそれを口外したりはしない。墓の中まで持っていく所存である。

 

 

 うむ、だいぶ落ち着いてきた。

 毒にも薬にもならない、いや僕個人にとっては毒にしかならないと思える出来事を掘り返してみたが、存外薬になるものだ。

 

 ついでに、せっかくの教会なので、神に祈りでも捧げてみようか。

 現実からの逃避先として神様にすがるというのは、ふさわしいように思える。

 現実から逃げるのは素晴らしい事で、病みつきになってしまうほど甘美なものなのだ。

 

 思えば、僕はいつも逃げてばかりだった。

 嫌な事から逃げるためなら全力を尽くし、就職を蹴って仙人のごとく大学に居座り続け、とうとう天文学者にまでなってしまった。

 そうして星ばかり眺めていたら、人類滅亡の原因となる隕石の第一発見者となってしまったというのだから、皮肉なものである。

 

 逃げ出した先に、もっと怖いものが待っていた。

 逃げ出せないものが待っていた。

 

 ロケットすら用意できないなんて、僕の逃げスキルもまだまだだったかと絶望しながら、僕は自分の名前が付けられた巨大隕石の落下を見つめながら、死んだ。

 もし人類が生き残っていたとしたら、歴史書にこう記すのだろう。「イノオカセイジが世界を滅ぼした」と。

 すごく魔王っぽい。

 

 

「あ、あー。あー。マイクテスト、マイクテスト。アーメン」

 

 声を出してみる。

 甲高い、子供の声。

 なじみ深い声だ。

 前世の記憶を思い出しただけで、今の自分の記憶がなくなったわけではない。

 

 自分の名前が「アリス」である事は思い出せるし、自分を拾ってきた不良シスターの事も、この教会を実質管理している女性――便宜上、母親とも呼べる人の事も思い出せる。

 

 

「さて、どうしよう」

 

 広い礼拝堂の中。

 僕の声は、誰にも届くことなく消え去った。

 

 

 

 

 

■西暦1506年7月9日

 

 

 翌朝。

 

 前世の記憶が蘇ったり、女の子になったり、タイムスリップしたり、そんなトリプル役満な現実からどうやって逃げ出そうかと考えていたが、冷静になってみると、別に逃げ出す必要もないんじゃないかと思えてきた。

 どうあがいたところで、なるようにしかならない。

 性別とか、なにそれ。食べられるの?

 いや、食べられるかもしれないが。おいしく頂かれちゃうかもしれないが。

 

 でも、私が女性になった所で何かが変わるわけでもない。

 積み上げてきた歴史、生きてきた軌跡。長い時間をかけ歩いてきた道筋が、その人の人格を形作るのである。右往左往し、ひん曲がった道のりが、私の性格そのものだ。今さら少し足取りが乱れた所で、私のどうしようもない性格は、どうしようもなく歪み切っている。

 たかが女になった所で、この私が変わるはずもないじゃないか?

 

 

 さっそく一人称が僕から私に変わっているような気もするが、私だって譲ってもいい所は譲るのである。いらぬ軋轢(あつれき)を生むぐらいなら、周辺に合わせてやってもいい。

 

「酒はいいねぇ。神の与えたもうた、命の水だよ。素晴らしき恵みの奇跡に感謝を。アーメン」

 

 朝っぱらから酒をのんでいる修道服の女性。

 赤ん坊だった私を拾ってくれた女性である。聖職者にあるまじき行動と言動ばかりが目立つ不良シスターだが、たまにはシスターらしい行動もとるらしい。

 とはいえ、なにしろ年に一度あるかないかの奇跡であるため、育児をしてくれるわけではない。彼女は私を拾ってきただけで、完全な放置プレイをかまし、見かねた母(便宜上、そう呼ぶこととする)が私を育ててくれた。

 

 ちなみに母も、不良シスターの気まぐれにより救われた女性である。

 住む場所を失った彼女の寝床を提供してくれたのが、不良シスターだ。

 部屋を借りたいと願った彼女に対し、シスターは「いいぜ! 好きなだけ使ってくれ!」とロックンロールな回答をぶちかましたらしい。

 なんだこの野郎。かっこいいじゃねぇか。

 

 

「あらあら、駄目よアリス。もっと丁寧に洗わないと。女の子の肌は、デリケートなんだから」

 

 顔を洗っていると、母が口を出してきた。

 口うるさい所が本当に母親っぽいと思うが、なにしろ私には前世も今世も実の親がいなかったため、実の所はわからない。

 慣れない関係性に、むず痒さを感じる。

 

 私は適当に相槌をうち、朝食の準備を始める。

 母の手際とは比べるべくもないが、私はできるだけ家事を手伝うようにしていた。

 体の事とか、あるし。身重の女性に、無理はさせられない。

 

 

 身重。

 そう、身重なのである。

 母の子供が生まれるのである。

 これはもう、私の弟や妹と言っていいのではないだろうか。

 

 

 兄弟、姉妹。私にはとんと縁の無かった言葉が、現実のものに。

 良い事なのではないか、とも思う。

 私個人としてそれほど関心は無いが、世話をしてくれている母の喜ぶ顔が見たい気持ちはある。家事の手伝いぐらい、お安い御用だ。子供一人の協力でも、多少はマシになる事だろう。

 

 不良シスター? クソの役にも立たない。

 奴を台所に立たせた所で、貴重な食料と酒を無駄に消費するばかりである。

 

 

 

 

 

■西暦1508年3月23日

 

 

 妹(便宜上、そう呼ぶこととする)が生まれてからは、忙しかった。

 妹はすごい。どこにそれだけのエネルギーが蓄えられているのだと不思議になるほど、泣くわ暴れるわで大変だ。立って歩けるようになると、いろんなものに手を伸ばし、地面に叩きつけるように投げるのである。

 なぜだ。なぜ投げる。

 

 大変なら母に任せて逃げ出せばいいじゃないか、とも思っていたのだが。

 どうやら母は、妹──レティシアを生んでから、体調を崩しているらしい。

 妹の父親はどうしたのだろうとも思うが、なにやら事情があるらしく、子供が出来てからは会っていないようだ。

 不良シスターはといえば、相も変わらず放浪してばかり。仮に教会にいたとしても、子供の世話を任せるのは不安極まりないほどの不器用マン。

 必然的に、私が面倒を見る事になった。

 

「……ほれ、ご飯。食べる」

「ん」

 

 この子は、食い意地が張っている。

 食べ物を見る時の目は、獣そのものだ。

 とりあえず、苦いものと酸っぱいものさえなければ、美味しそうに食べる。

 

 

「勝負だ、アリス!」

 

 そうして、つかの間の平穏を楽しんでいると、私の平穏をかき乱す悪者が現れた。

 近所のガキ大将が、勝負を挑んできたのだ。

 目が合うと勝負勝負とうるさい男で、最初に殴り倒してからはストーカーのように私にまとわりついてくる。

 

 殴り倒すとまとわりついてくるとか、とんだドMである。

 幼少のころからこの状態では、将来的に空前絶後のド変態になる事は、間違いないように思われた。

 

 普段なら嬉々として相手をする私だが、今日はまともに相手をするのが面倒だった。

 よって、ねこだましを使って怯んだ隙に、寝技に持ち込み勝利をゲット。

 このガキは、タックルや抑え込みに非常に弱い。

 卑怯だとか叫んでいるが、何が卑怯なのかわからない。

 勝てば正義なのだ。

 

 

 

 

 

■西暦1508年9月10日

 

 

 我が妹、レティシアが自力で走り回れるようになると、私はレティをつれて近所のガキ共と遊ぶようにした。

 いや、だって。レティが将来ぼっちになったら、困るだろう?

 レティの将来を考えると、情操教育は大事である。

 私の情操教育? 不要だ。

 

 レティは、それはもう超絶にかわいい。

 レティを前にしたら、天使とて凡骨の烙印を押され、平服してしまうだろう。

 そんな、誰からも愛されるべきレティがぼっちなどありえない。

 レティは、かごの中の鳥ではないのだ。大空に羽ばたく翼を持っているのだ。

 

 レティを見守りながら感涙の涙を流していると、今日も今日とて、相も変わらずガキ大将が私に挑みかかってきた。

 アリス、アリスと気安く人の名前を呼びまくってくれる男である。

 レティ鑑賞の邪魔なので、ぶちのめして地面に転がしておくことにする。

 

 

 

 

 

■西暦1509年5月6日

 

 

「──」

 

 うっかり農作業に使う道具を忘れてしまったため家に戻ると、母の部屋から話し声が聞こえた。

 

 珍しい、お客さんか?

 挨拶でもするか、邪魔しない方がいいのかと迷ったので、少し聞き耳を立ててみる。

 

 

「──やはり、このまま静かに暮らすのが、あの子のためだと思うんです。ベルク卿にはご迷惑をお掛けしますが」

「迷惑などと思ったことはありませぬ。我らは、亡き先王に大恩がある。先王から託された貴方と、先王の娘。二人を守るのが我らの役目なれば。気取られてはなりませんゆえ、陰からの支援しかできませんが……不足があれば、なんとかいたしましょう」

 

 

 なんか、ヤバい話だった。

 

 いや、前々から疑問には思っていたのだ。

 母の知識量は、一般人のそれではない。

 文字の読み書きはおろか、歴史や政治にも詳しい。

 そんな人が、行く場所もなく教会を頼るなんて、普通ではない。

 

 

 母に教えてもらったところによると、この国は現在、王が不在だ。

 流行り病で王族が死に絶えたので、傍系が代理で治めている。

 普通なら代理などと回りくどい事をしないし、そもそも各地の貴族が利権を求めて戦争になるのだろう。

 だが、病は有力貴族にも大きなダメージを残した。混乱のさなかに付いた折り合いが「問題の先送り」である。

 時が経った今、先送りにした問題を解決するタイミングを、各貴族達は虎視眈々と狙っている。

 

 そこに、先王の娘──直系の王族なんてものが現れたら、どうなるか。

 その娘と婚姻した者。あるいは、レティの子が王になれる。

 がんじがらめになっている関係性に、一気に大鉈を入れられる切り札を放っておくわけがない。

 つまり、レティシアを巡っての争いが起きるというわけだ。

 

 

 

 ほへぇ、そうですか。

 それはいけませんね。

 このことは、口外してはなりませんね。

 ちょっと。母上とベルク卿とやら。迂闊ではありませんかね。

 誰かに聞かれたら、どうするのか。

 こんなボロ教会とはいえ、礼拝客が訪れることも……訪れることも……

 ない、か?

 

 

 

 

 

■西暦1509年5月6日 続き

 

 結論だけ言うと。

 我が妹は、本当にお姫様だった。

 まぁ、不思議ではない。

 納得のいく話である。

 

 こんなかわいい子が、普通の子なわけがないではないか?

 

 

 

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