《暁の七日》三日目 嫉妬の日3
《ヨトゥンヘイム》、望月の丘。
見晴らしの佳いその上に、少女はいた。
「・・・」
彼女は頭上に燦然と煌めく満月をながめながら、足首の違和感を気にしつつ辺りを警戒していた。
月光に照らされて、少女の肢体は美しさを増し、彼女の持つ色素の薄い色白な肌は、冬にソメイヨシノの咲いたような可憐さを生み出していた。
彼女の意識が向けられた先には、どこかに繋がれていただろう切れた鎖の付いた枷が包んだ、華奢な左足が。
辺りには人ならざる者たちの、百以上の気配。
「・・・」
彼女のその状況を見て思われる事としては冷静。
焦るでもなく恐れるでもなく、冷静の二文字。
少女は、残酷なまでに落ち着いていたのである。
その時、腹を空かせていたのだろうか、咆哮を挙げ一体の巨人が少女に向かって来た。
体格でいうのなら少女の五倍はあろうかというサイズの、恰幅のいい巨人である。
「グルゥウオォォォォォオッッ!!」
「・・・?」
少女は銀髪を翻して、向かって来る巨人の方を向いた。そして。
《HASTA LA VISTA》
彼女はそう言って、笑った。
巨人は思わずそのほほ笑みの美しさに心奪われ、戦意や食欲、その他諸々の意識全てを奪われてしまった。
この世界に天使が降り立った、と思いさえした。
数十秒もの間、巨人はその場に立ち尽くしたまま丘の上の天使に見とれていた。
そして。
・・・ドスンッッ!!
巨人は倒れてしまった。
彼は知らなかったのだ。
彼女が発した言葉の意味を、彼女の正体を。
彼女の言ったこの言葉。
《HASTA LA VISTA》
そして彼女の特徴。
・見とれた者の命を奪う
・左足の枷、色素の薄い肌、銀髪
実は彼女は北国の冬の精霊だった。
しかも彼女、自我を持ち、言語を操る史上初の《ターニャ》なのだ。
彼女には名前もあった。
名を《レオナーク》という彼女は、とある森の中の監獄に入れられていた。
あまりに力が強すぎるゆえに、これまで日の目を見ることなく生きていた。
あいさつをしただけで相手の命を意のままに操れるのだ、同族の者たちから恐れられても仕方がないと思う。
古来、言葉は魔法であった。
文字を神から授かったものとして扱い、その全てを理解した者を賢者として崇めたり。
あるいは文字に《隠されたメッセージ》を見いだし、呪術的、宗教的な意味合いを含んだものとして考察し、改めていったり。
科学の発展した現代国家の《ミドガルド》においても、それは魔法である。
それは心を動かすのだから。
《レオナーク》はしかし、その魔法をコントロールできなかったがゆえに、命までもを奪ってしまったりしたのである。
本人は故意でなかったとはいえ、殺人は殺人。
監獄の中で十数年、魔法を忘れるまで入れておこう。
そのはずだったが、彼女は脱獄し、魔法を忘れることもなかったのだった。




