始(おわり)の終(はじま)り
ハルトは女心を解っていない、と私は思う。
彼は私を嫉妬深いヤツとでも思ったことだろう。
口にしなくても顔に書いてあった。
いくら私の正体がヒトでなかろうと、それゃあドラゴンだって嫉妬くらいする。
だってあのキツネ女、驚くほどの美人だったし。
彼があのキツネに心惹かれてしまったことは構わないのだ。
残念ながらあの美貌には敵う気がしない。
では何が嫌だったのか?
自分が本気を出せば余裕で倒せるはずだろうキツネに、それまで自分だけのものだったハルトを盗られる気がして、その恐れが自分自身のプライドを壊してしまったことが許せなかったのだ。
〈そりゃあ辛いよね・・・〉
「っ?!」
誰だろう、誰かが私の耳もとで囁いた・・・?
〈おっ、聞こえてるんだ?〉
(からかってるの?)
〈違うよ、君に助言というか、攻略法をね〉
(はぁ?)
その声はどこか馴れ馴れしく、しかし優しく語りかけてくる。
いつか聞いたような声だが、はっきりと思い出せない。
〈あのキツネは玉藻前。異国の者だよ〉
〈これから彼女の弱点を教えてあげる〉
(あなたは、一体何・・・?)
〈え、僕?僕は何者かって?〉
〈それは今はまだ、教えてあげない〉
〈その方が悪戯が愉しい〉
あれ?
今の喋り、やはりどこかで聞いた・・・?
・・・ダメだ、思い出せない。
そうしてまた、声は語りかけてくるのだった。
〈彼女の弱点はね・・・〉
《ミドガルド》神殿。
水晶の埋め込まれた八角形の机に両手を翳し、この一連の流れを視ていたイドゥン。
だが・・・。
「・・・っあ゛あ゛ああッッ!!!」
獣のような叫びをあげ、怒りに任せ机を投げ飛ばす。
「なんで裏切るのッ!?なんで従わないのッ!?なんでッ!?なんでなんでなんでなんでッッ!」
怒りが治まらない。
頭に血が昇り、しかしまだ昇ろうと血流が急く。
周りのものすべてが自分の敵に見えて、破壊衝動が揺り動かされる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
最早怒りがその天井を突き破るが如く、破壊に次ぐ破壊、破壊しようと怒りは消え失せなどしない。
部屋の仕切り布、絡繰り時計、花瓶に暦を記す粘土盤、ありとあらゆるものというものを壊して壊して壊し切った挙げ句、しかし怒りが治まらない。
息を猛獣の如く荒げ、眼はうさぎよりも紅く血走り、ボコボコと血管の浮き出た額には玉の汗が流れ・・・。
それは見る限り、この世のものとは到底思えない鬼の形相。
数分前まで穏やかに部屋の片隅で座っていたおしとやかな美麗な女性と同じ種の生物とは、やはり、どうしても思えない。
「・・・も゛ウ、どうデも゛いイ゛・・・」
ジワジワと、ヒトがヒトでなくなる。
終焉の刻が、始まりの角笛を鳴らした。




