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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
シュルレアリスム(現実は現実でない)
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水野晶子。私のお母さん!その刹那。

「あなたは…あのぅ、それはピアノじゃないですよ。どうやっても弾けないものです…」


ここはシュルレアリストの国。「真理の影」という支配者のいる王宮へと向かう途中、道端で壊れてしまったピアノを頑張って弾こうとする生命体に出会った。これは、かろうじて人間の実態を留めている。晶子にも、それが人間のようなものだと知ることができる。


ただ、それは身体中包帯でぐるぐる巻きで、性別など知れるよしもない。


「弾けない…!?」


「はい、ほら。音が出ない…」


晶子はそのピアノに近づき、人間の肩へ手をまわすと鍵盤を指でそっと押してみた。

無音。

壊れているのは明らかだ、ピアノは蔓に覆われ、錆びている。黒く塗られているところも、たくさん禿げている。


肩へ手を回した時、人間の身体中がただれていて、イボのようなものが無数にできていることを知ることができた。なにかの、病人だ。


その人間は突然泣き出した。


「私は…私は…母親です!遠い国にいる娘に、なんとか自分の音楽を届けようと思うのです…!自分の中では、美しい音楽が鳴り響いているというのに…この王国には、それを鳴らすための楽器がない!今、あなたの言葉によって思い知らされました…」


この人間、女性は音楽を心のうちに持っている。というのに、響かせる手段がないので人に聞かれ、認められることはない。

寂しい時の中を、ただひたすら自分の夢のために壊れたピアノと共に生きようとする病人だ。


「私にそれを伝えることは…できませんか?どこの国に娘さんがいるかとか、分かりさえすればきっと。」


「私は…水、水が大好きでした。きっと娘も水の好きな子に育っているはずです…そして、生涯一度も、自分の病を理由にして娘に姿を見せることはありませんでした!自分は現世においても酷い病の持ち主で、その姿は無残に歪んでいたのですから…あの子が私の姿を知ったら。と、思うと…


すると、自室に引きこもっていたある日、こんな場所へいたのです…


神様の思し召しだったのでしょう。しかし、産んだ娘に、生まれてしまった自分の罪を償うことは叶わなくなってしまった!だから、歌うのです、音楽を奏でたいのです…どこにいるかも分からない、自分の家族へと愛を伝えるために…」


「母さん…」


晶子にははっきりと理解できた。目の前にいる人間が、自分の一生涯決して会うことのできなかった、母親なのだと。しかし、ここで再会を祝うのは無粋だ。もしそうしてしまえば、自分もこの世界の住人として縛られることとなってしまうかもしれない。


「水野、晶子さんですね…あなたの娘さんは…」


「ああ、そんな名前だった気がするわ…どこか懐かしい…あなた、どうしてそんな名前を口に出すことができるの…?」


「芸術家だからです。伝えてみせましょう、あなたの歌を、必ずあなたの娘に。」


シュルレアリストの国。それは、自らの知ろうともしなくなってしまった、知るべき忘れ去られた現実の国。

自分の母親は醜い姿をした病人。その現実に、晶子は直面したのである。そして、その現実の裏で母親が死後も深く自分を思い、愛してくれているということまで。

母親が目の前にいると分かっていても、再会を祝ったりすることは運命が許さなかったけれど。晶子は悩む。どう返事して、別れるべきなのか分からない。言葉を発してしまうことは、ものすごく無粋だ。


目の前の人間は。たった今出会ったばかりの人間。

そう割り切る。抱きしめた。そして、大粒の涙を晶子は流した。


「あの…あなた?どうして、私なんかに…私の病気が移りますよ!皆、この病気にかかったものを醜いと罵ります、あなたは社会の笑い者となってしまうのですよ…!?」


「喋らないでくださいッ!」


晶子は、ただただ目の前の病人を抱きしめ続けた。晶子は、母親であるけれど見知らぬ人間から、家族愛というものを知った。

水野家の呪い。ずっと一人で生きてきた晶子には分かっている、家族というものが、自分で決められるものでなく自分で壊し、新たに作り上げなければならないものであることも。

それは、単に自分の持って生まれた運命に、生きる中で立ち向かって行かなければならないという残酷な事実だ。


「私、必ずあなたの今、生きる世界に戻りますから…死ななくたって、よかったのに…!死んで欲しくなんかなかったのに!でも、必ず…あなたの死後の命に、きっと私も触れに行きます。

一緒に、水を見ましょう…

水野貞子母さん…」


ピアノの前の、包帯に巻かれた女性は一瞬驚いた顔をし、微笑むと晶子のことを強く抱きしめ返した。彼女は姿を消す。高架橋の下で見たキャビネットの女のように、砂のように消え去った。


晶子は自分の涙をぬぐい去り、また、「真理の影」がいるという王宮に向けてひた走る。

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