真実へ立ち向かっていくということ
京介とラケルが風呂から上がると、もう既に食事の支度ができていた。自分の食器まで並べられていることには違和感がある。本当に食事まで振舞ってもらい、いいのだろうか。
アルの方も待っていてくれたらしい、これは悪かったなと思う。けれどどうしても淡々と食事に手を伸ばし始めるアルに、いつ話しかけていいのか全く分からない。話の糸口をいつまでもつかめずにいた。
別人のようなアルルカン。どこかで、昨日と同一人物だというとっかかりが欲しいものだ。
「タバスコ。そこにあるから使って。」
典型的なメキシコ料理の食卓だ、タコライスに簡単なサラダ。
タバスコを指差したアルに反応してラケルが反応し、手を伸ばしたがアルがそれを遮る。今度は京介がそれに手を伸ばし使う。ラケルは食卓に流れる微妙な雰囲気を察してか騒がなかったし、不思議そうな顔をしている。
タバスコを使う京介に、少しアルが目配せする。
「辛いの、好きなんだよ俺。」
「そ。」
静かな食事が続く、食器の鳴る音が無機的に響いた。そういえばあの風呂は、何か商売にでも使うのかと京介の方で聞こうとした時先にアルが口を開いた。
「この子はね、私がここに店を開く前からこの家にいるのよ。ずっと、いたんだと思う。あと、昨日は突然襲ったりしてごめんなさい、それでは済まないでしょうけれど。家でまで一日中殺し屋でいるわけにいかないから今は、そう…料理、口に合った?」
初めてまともな会話をしてくれたので、料理を食べようとして開けた口を開けたまま聞いた。驚いた。一旦フォークを置いて京介が答える。
「あ、ああ…昨日は驚いたけど、こうして生きてるわけだしな。別に、昨日も嫌な奴とか気持ち悪いとかは感じてなかったよ。あんた、自棄になってたし。あるだろ性格印象云々より、波長ってのが。
それで、ラケルだけどずっといたってなんだよ?あと、料理はうまいよ。楽しんでる、ものすごく。」
「この子のこと、嘘だと思う?」
「そのまま、何もなしにいたとは思わない。なにか、事情があったとか、そもそも人間なのかすら…
それで、昨日あんたの夢を見たんだ。カーバンクルとか、鏡の国とか言ってた。店に来た理由がそれだ。あんたのことも、ラケルのことも他人とは思えない。
俺はその、記憶がないから…」
食器を乱暴に落として、アルは俯いた。髪の毛が顔の前にかかり、目は見えなかったけれど京介は昨日の夢で見た悲しげなアルの目を思い出す。ローラがニューヨークのバーで見せた目とはまた違っている、本当に悲しげで暗い目だ。真逆と言ってもいいだろう。
だから、もしかすると二人の女性の求めているものは同じかもしれないけれど、どちらかに京介が加担するということはどちらかと敵対することかもしれない。そう京介は思う。
ローラは妹を殺そうとしている。その傍、この世界を本気で好いていて救おうと思っている。
アルルカンの目はただただ、子供っぽい。愛されるということを知らないような、この世界で何とか生きようとするけれど、自分の拠り所を探し続けている。
アルヘンティーナのこともある。だから、単純に三つの中からどれか選べと言われれば単純なのだろうけれど、そこに社会性が加われば選択肢は倍になる。それを選ぶことは、一向にできそうもない。
「あなた、知りたいの…?今のまま生きたほうがきっと幸せよ、この町から出て行って。自分の家族のところへ帰るの。それで、新しい生活を始める。初めから。
ううん、記憶喪失なのだから、ちょっとした家出で済むわ。同じ線にまだ戻れる。」
「自分が知れるかもしれない。目の前に、知れるものがある。って時に、引いたら男はお終いだよ。
それに自分にかかった呪いが、どういうものかも知らないしな。記憶喪失だけとは限らない、自分の存在ごと全て消されてるかも。家族の記憶からも、ね。どっちへ行ったて冒険だよ。
俺は、俺の目で見定める。そうさせてくれ。」
「そう言って、あなた死んだわ。全く同じセリフよ。私もあなたの後を追って、ね…
私は見たわ、あなたがカーバンクルの長に無残に食い殺されるところを…もう見たくない…!もう、愛しい人がいなくなるのは…」
「記憶に、縛られてるんだな。その、漠然とした記憶の縄に…ああ、人間誰だってそうだ。知らない無限の記憶に、縛られたまま生きていくんだ。
…
あ、あれ…?あ、あの。俺今なんて言った?」
一瞬、京介の目の色が変わったけれど、すぐに消えた。アルルカンは顔を上げ、涙を流してひどく青ざめた顔をしている。
「そうかも、しれないわね…あなた、人間が記憶に縛られてるって言ったのよ、それも普通の記憶じゃなくて、原始から続く無限の記憶に。
いいわ、話すから。話すから…ちょっと待ってね…」
アルルカンはまた俯き、泣いていた。しばらく時間の経つうち、京介は一度席を立ってラケルを寝室へと誘導した。
「お兄ちゃん?悲しい?」
「ううん、大丈夫だよ。おやすみ、ラケル…君は本当に、僕の妹だよ。」
と、言って布団にくるまったラケルを背に、また京介は食卓へと戻る。
また、少し待った。ものすごく長い時間が経ったような気がする。アルルカンは顔を上げて、ついに話し始めた。
「世の中の芸術家と呼ばれる人間全てと…あなた、私、私の立場上狙うアルヘンティーナという少女、あなたと共にこの街へ来たローラ・ジニエステ。全て異世界の人間よ…
自覚する人間、そうでない人間の両方が存在するけれど。私とローラは自覚している類の人間ね。あなたも、薄々と。
それで、あなたのお話だけれど。確かに私とあなた、深い交流があったわ。
あなたは「シュルレアリストの王国」という場所で王を務めた人間。私はその隣国、「鏡の国」の市民でありながら、反逆者としてとらえられ奴隷となった人間だったわ。複雑な事情があるけれど、あなたが鏡の国に疑問を持って対抗しようとした時、支えていたのが私なのよ。あなたは私を救ってくれた。だから、鏡の国の内政に疑問を持ち滅ぼそうとするあなたに加担したの。
でも、私たちには障害があった。それがカーバンクルたちの存在、それは争いを嫌い、安定を望む森の神。それを討伐すべく私とあなたが国外の森へと赴いた時、一緒に死んだのよ。それで、今ここにいる…」
「俺が、一国の王だった…?」
「そう。シュルレアリストという現実に対する反逆の心を持った哀れな人々を集めてね、あなたは王国を作ったの。異世界で。
そして、ブラックマーケット。知ってるでしょ?能力をこの世で得る場所。それはあなたが、生み出した特務機関よ。
未来の人間に現実へ報いるための、永遠に続く力を。機関を。
そういう目的だったの。現世における異能力、それはシュルレアリストたちの魂の顕現。それを現世の人々は皆、芸術と呼ぶわ。」
京介は押し黙り、固まった。未だ、突きつけられた現実への処理が間に合わない。
「ごめんなさい…色々、あるから。とりあえず食器片付けましょ。また私も整理して、明日話すわ。
それと…ラケル、本当にあなたの妹なのよ。それだけは覚えておいてあげて。」
「あ、ああ…」
京介とアルルカンは、食事を終えて食器の洗浄に入った。眠る前に風呂に入ってくるといったアルルカンは、京介に向かって少し微笑んだ気がする。




