シュルレアリストの国(あなたの知ろうともしない現実よりも現実らしく)
少年の声を頼りにブラックマーケットを抜けると、そこはシュルレアリストの国でした。
晶子は謎の国の中へ身を置いていた。そこにはふにゃふにゃした建築の家、ナマコみたいな形をする家が並んでいる。気泡をところどこに備えたその、家の数々はしきりに動きを続けている。ぐにゃりと姿を変え、文字を浮かび上がらせる。晶子が認識したのは、私のお母さんとフランス語で書かれた気泡の群れだった。
街の道路は全て砂でできており、実際どこを歩けばいいのか、どこが道となっているのか分からない。
晶子の傍には、男爵と少年がいる。死んで転生するという悪魔じみた作戦は成功してしまったらしい。確かに、晶子は夢の中で今生きている。
ただ、変な場所へ来てしまったというので多大な違和感が伴っているだけだ。
「ここは…?」
晶子は、少年に聞いてみた。それくらいしか、自分の置かれた世界を確認する手立てが見つからない。
「ここはシュルレアリストの国。現実を、もっと現実らしく生きようとする人々の集まりさ。でもちゃんと、権力もある。王様がいたんだ、今は不在だけどな。どこに行ったのかは知らない。
ブラックマーケットが真理と現実の間に置かれる世界だとすると、ここは真理の置かれる奥の奥の世界だ。だからシュールな光景が周りに広がってる。あー、俺の言ってることわかるかな…
つまりここは、ブラックマーケットの核心ってわけだ。この国を支配するのは真理の影。シュルレアリストってのは、真実をそのまま描けば人に伝わるはずがない。激しすぎるから。ってことを知ってるから、真理の影で真理を表現しようとするんだよ。そういう国だ、ここは。」
そう言われてみれば、影のような人間がとぼとぼと往来を行き来している。ブラックマーケットでは多くの喧騒が聞こえたものだが、ここにいる命は皆無言で歩く。
「ブラックマーケットは、ここの入り口なんだよ…」
少年が続けて、俯きがちにつぶやいた。晶子はそれに気づく。
「どうして…そんなに悲しげに呟くのですか…?」
「シュルレアリズムっていうのはね、現実だから現実。じゃなくて現実らしくないから現実。って言うことだからさ。
あんた家族の死体を突きつけられるのと、ホルマリン漬けの幼児の死体、突きつけられるのどっちがいい?後者、だろ。
そういうことなんだよ。だから悲しい。芸術は社会的に、現実になり得ないってことへの悲しみさ。」
「ところで話の腰を折るようで悪いんですがねえ、我々が見つけなきゃいけないのは真理の影。王、不在の世の中でこの世界の利権を牛耳る人物と話すことです。この世界の支配者は、この世界の支配するブラックマーケットを消す力も持っているでしょうから。
そのための情報収集を、しなきゃなりませんねえ。
あれ!?力とか利権って、この世界にあるんですか…」
「おい男爵、ふざけんなよ。お前の言う通りやるべきだが、国があるってことは力も利権もあるってことだ。もう探すぞ。全員ばらけろ。
この世界には、あのくそメフィストフェレスの心臓があることは確かだ。」
少年は晶子の肩を叩き、男爵は不敵な笑みを浮かべる。すると、二人は晶子の元から去っていった。つまり、晶子もこの世界でなんとかブラックマーケットを消滅させる手立てを、自身で見つけようと奮闘しなければならないということだろう。
晶子はすぐに、キャビネットを体に持って路頭に迷う女性を見つけた。それは近未来的な、中を浮く車のしきりに走る高架橋の下だった。そこは影に満たされている。
彼女は、正真正銘の丸裸で体の大部分がタンスになり突き出ている。彼女はウィスキーの瓶を持ち、飲んでは乱暴に口から離す。
この国に太陽はない。大きなランプが、空に浮かんで飛んでいるだけだ。まだ昼間の光加減だというのに、だいぶ酔っぱらっている。
「あのぅ…この国の王様って、どこにいらっしゃるんですか?」
言葉は、通じると知っていた。先ほど少年たちと話していた時、それを理解したような顔で通り過ぎていく人たちがいたから。人たちとは言っても、小さな目玉焼きの群れだったが。それを人と認識しても、この国ではよかったろうと思う。
「あぁ!?王様なんて消えたよ。どこにも居ない…私たちを見限っちまったんだ…」
「それじゃあ真理の影って…?」
「ああ、そいつのこと…あっちだよ、あそこにいる。まあ、つまり、あそこにいるってのはあそこにいる奴が知ってて、あそこに行けば会えるって。話…だから、あそこにいる…あいつはこの国の、どこにでもいる…それを知らないってことは、あんたまだ来たばっかかい…」
「ありがとうございます。行ってみます。そこへ行けば影に会えるんですね?」
キャビネットの体を持つ酔っ払いの女が腕を上げて指をさすと、その腕の中腹に光が当たる。すると、その腕は砂のように崩れ落ち、地面へと落ちると魚のように動き始めた。それは土の中へ、あたかもそこが水面であるかのように飛び込む。キャビネット女の腕は消えた。
そして、女は両手で自らの体を、ありったけの力を込めて震えが上がるように抱きしめると。連続して早く、頭を上下させた。うん、うん。と言っている。
彼女はうずくまったかのように見えたが、何か面白いものを見つけた子供のように、次は顔を輝かせて持っていたウィスキーの瓶を地に叩きつけ、光のある方へ高架橋の下から駆け出していく。完全に、彼女の体は消えた。腕と同じように、砂みたく崩れ去る。
そして、先ほど地に入っていた彼女の手が跳ねるようにして地上へ顕現すると、それは無数の蟻に姿を変えキャビネットの女の残骸である砂の上にたむろした。
なにか、蟻たちは美味しそうな食事でも囲んでいるようだ…
不思議な国、という驚きは晶子も隠せないでいたが指を指してくれた方向に、建築物があるのが分かった。家だったかもしれない、それとも店だったろうか。
これが、シュルレアリストの国。自分も、突然蟻の群れに姿を変えてしまったり、肉体を腐敗させて地に落ちてしまったりするだろうか。奇妙な不安が晶子の体を覆っていく。
しかし、そう感じることが晶子の体を蝕むようなことの起きる発端かもしれないと考えたので、一生懸命振り切った。
晶子はキャビネット女が指差した方向に歩いていく。木造の、中世の酒場にあるような扉を開けた。すると、そこはあっけらかんとしている。誰もいない。
しかし、少しいて見ると酒場のような内装の中で家具の数々が何度も形を変えていくのを見た。それは、時々部分的に空間になったり、そのままの家具の形をしたりする。一つの家具が、人の形を浮き上がらせた。机の上に、突っ伏した人の形が浮かび上がってくる。
晶子には分かった。この国の住民の大方は透明人間で、人間の動作は物質によって遮られるのでなく、物質が人間によって遮られる。だから、物質は人間の動きに合わせて形を変えているのだ。
例えば、人間がテーブルの上に手を置こうとすれば、手は置けず、机が置かれた手の形に合わせて穴を作る。
ここに、本当に真理の影っているのだろうか。
「あのぅ…真理の影さん!」
叫んでみた。家具の変形が止まる。とりあえず、声は認識されたらしい。しかし、すぐに返答は得られない。
しばらくして、酒場の、晶子の目の前の机の上に矢印が現れた。透明人間の人々が、晶子のために記してくれたものだろう。晶子は、それに従って今自分の入ってきた方角を振り向くと、遠くの方に霧から顔を出した大きな建物が見えた。
それは、灰色の背景の中で逆三角形をして建っている…上からは火山が噴火するかのように、人間の内臓のような赤い物体が飛び出す。それは、決して地に落ちようとしなかった。消えるわけでもない、逆三角形の建造物の穴の中へ横から、元来た穴から、下から、細く吸い込まれていく。
あそこが、真理の影がいるという王宮なのだと晶子は推測する。
その王宮はまた、幾何学的な模様をして壁のうちに血管のような模様までこさえている。天辺に近いところの壁に、丸い穴が見えた、あれは窓だろうか。そこで、何か真っ赤なものが光ったのを晶子は見る。
そこへ行かなければ、そう突如として思った。
晶子は感謝の意を述べ、走り出した。
しばらくして、酒場はごうごうと燃え上がる。それが、シュルレアリストの国における感謝への返事なのだろう。
家は四角いですか?王様の住んでるところって、お城ですか…?
いえ、違います。丸くたっていいじゃないですか。地震は起きませんか?家は燃えませんか?日常生活って、安定ですか。美しいものって、醜くないですか。障害を持つ人って、汚いですか。いえ、違います。この世界にあるものすべて、美しい歌を歌っていいんです。それでいいんです。
あり得ないと思う暇もないあり得ないもの、そんなことを受け入れなければ!それが、愛、愛の形…私は知っている!殺人鬼の愛を。仮面の告白を。木々の戦争を。海の中にある、木の香りを…
ホルマリン漬けのシャム双生児。
シュルレアリスム、あなたの知ろうともしない現実を、現実よりも現実らしく。
ーマーゴ・ジニエステ。異世界王女の心の叫び、より。




