動き出す、藤の町
「全く私の不注意で…すみません…」
「いやあ、高校生の家出くらい…この間まで中学生だったわけだし。とは思うんだが、金もそんなにないだろうし。だけどなあ…ま、君はそんなに気にすることはないよ。
なにか、心当たりでもあれば教えてくれたまえよ。」
萩原京子、晶子と京介を藤へ送り出した張本人である彼女も藤へやって来ていた。電話はつながらないし、消息不明と宿の料理長、鏡花の父親から連絡があったのでいなくなった二人を探しに来たのである。京子の言っていた知り合いとは、鏡花の父親のことだった。
鏡花と萩原が空きの客室で話をしている。
「いえ、心当たりはありません。」
「言う気がない?」
「はい…?」
「責めるわけではないけれど、分かるんだよ。長年教員をやっているとね、少年少女が嘘をついている時の声くらいは。」
「そうでしたか。」
鏡花はこれ以上、どこか特定の場所へ行ったという嘘をつくことも、ブラックマーケットの存在をほのめかすようなこともしなかった。一般の人間に能力だなんだと言っても伝わらないだろうし、言ったところで能力を持たない人間にどうこうできる問題ではない。ましてや、イッテシマッタ男爵や少年のことは犯罪者のように考えていたので、他の人を進んで巻き込むこともできない。
晶子が組織に加入したということはもう理解していたが、今どうなっているのか、どこまでブラックマーケットのことが分かっているのか知らない。連絡も取れないので、焦りは感じている。いつか帰ってくる時を待つばかりだ。
「それで、これは警察に相談したり、学校側で動いたりするべき問題なのかな?それくらいは教えてくれても構わんだろう。」
「いいえ。それは違います。飽くまで、彼と彼女の問題です。そして、この町の。」
「そうか。まあ、彼らの家族との話はついているけれど、できるだけ早く連れ戻してもらえると助かるかな。」
萩原は立ち上がりつつ話し、部屋を出た。
一人取り残された鏡花は、自分も何もしないわけにはいかないのだろうかと考え始めた。人間、二人の消失。よくよく考えてみれば大問題だ、家族の心配も計り知れないものだろう。晶子に関しては、自分が打診した動機があっての消失でもある。罪悪感があった。
マーゴ・ジニエステ。彼女の存在がこの町に異様なものを取り込んでいる。彼女によって、この町に根付いていたブラックマーケットや、謎の組織という問題が浮き彫りにされたのだ。
彼女を元の世界へ返すことができれば、問題は解決するのだろうか。それとも、狂ってしまった歯車はもう元に戻らないだろうか。
一体、世界の元の姿とは何で、問題はどうして問題なのか。それが一向に分からない。
自分の中で考えが堂々巡りになっていた時、部屋の扉が開いた。
萩原が三人の少女を引き連れて、入ってくる。
「何だか深妙な雰囲気になっているね。そういう時は、大人数で考えたほうがいいよ。少し、うちの生徒と接点があった人を連れて来てみた、君とは知り合いかな?田代さんに留学生のジニエステさん、白川さんだよ。」
鏡花は立ち上がり、お辞儀をする。
「初めまして、大倉鏡花です…ご足労いただきありがとうございます。」
「あの、大倉さんは先輩だから、私たちに敬語なんて使わなくても…」
初めに口を開いたのはみゆきだ、三人も自己紹介を済ませ客室の机を囲む。結局、言葉遣いは気にせず自由に話すことになり、席を外したほうがいいかと聞いて萩原はまた客室を出る。出て行った後、もう一度入ってきて喫煙所はどこかなと鏡花に聞いたのが、少女四人が話し始めるきっかけとなった。
「それで、あの藤実とかいう男が消息不明なのは聞きましたけれど、一体どこへ行かれたといいますの?ただの家出にしては、度が過ぎますわ。」
マーゴ自身は、これがブラックマーケットに関わる問題だということを察している。対して、みゆきと悠にはよく分からない問題だ。マーゴは何とか、鏡花と共通理解の元、他の二人を危険に巻き込まないよう話を進めなければならない。
「あのさ、でも普通のごく当たり前の家出なんじゃないの?帰ってくるまで待てばいいだけの話と違う?そうじゃない理由が、鏡花さんにあるように思うけど。」
「悠ちゃん…!少しは謹んで…難しい問題なんだってことだけ、理解しとこうよ。ね?
鏡花さん、私見ましたよ。晶子さんを、消えた日に。その後、町外れの廃病院まで行きました。そこで何をしたのか、晶子さんが何をしに行っていたのかは、覚えてないけど…」
みゆきには自分の記憶が消えたということで、今はマーゴがこの問題に密接に関わっていることは確信している。もしかしたら、マーゴが何らかの理由で誘拐したかもしれないということまで。考えてみれば、鏡の国の王女という肩書きで突如現れたマーゴ・ジニエステ。実は不審者以外の何者でもない。
鏡花は廃病院で会合が行われたのかと、知った。ただ、記憶が消されるというのは徹底している。晶子の記憶も、もしかすると変わり切っているのかもしれない。そんな彼女を取り戻したとして、何があるだろう。ただ、今は健全でいることに希望を託した。
マーゴへの切り札として組織へ招かれた晶子が、特別邪険に扱われることはないだろう。
「まあ、みゆきがそう言うなら…」
悠はしぶしぶと引き下がった。
「そういえば、今日私とみゆきは学校で襲われたのですわ。美希、という名の女性に、彼女にはなにか明確な目的があったようで。
ところで、私はこの問題の主軸、悠以外の三人は理解していますし隠しておくことはないのでは?」
「はぁ!?襲われた!?それで五限遅れたんだ…って、私だけなんか蚊帳の外?」
鏡花がマーゴの提案に頷き、この町に存在するブラックマーケットのこと。そしてマーゴやみゆきにとっても初耳の謎の組織のことまで説明した。悠は全ての情報をすぐには処理しきれず、黙り込んだ。
「そんな組織が…つまり、今日の美希という少女の私への執着は組織というのと関係あること、と捉えていいんですわね?」
「決まったわけじゃない。けれど、可能性は高いでしょう。」
「えっと…その組織、プラス美希さんがマーゴちゃんの命を狙ってて。その上にブラックマーケットっていうのがある、組織とブラックマーケットは微妙な対立関係。組織のところへ水野さんと藤実くんが行ったことになってる。のかな…?」
「いえ、藤実くんの方は晶子を呼び入れるための厄介払いとして。どこかへ飛ばされたのでしょう。」
「ど、どこかって…?」
「それは私にも…」
問答が続き、問題が浮き彫りになる中悠が口を開く。
「つまりさ、これは…その、組織とブラックマーケットっていう問題を解決するために起きた問題で、大人たちから見たら問題だけどこっちとしては問題じゃないわけ?
それにそのマーケットって、本当に問題なの?殺人事件が起きたりって、そういうわけでもないんでしょ?仮に起きたとして、人を憎んで殺すなんてどこにでもある話じゃん。
はたまた、本気で問題解決に乗り切るんだったらマーケットにこっちから特攻。とはいかないの?」
「それは…でも特攻は、マーケットにはいる手段を見つけるため、今晶子が組織に行っているんです。」
「つまり。本当の問題は私が異世界からやってきた、ということなのですわね。」
押し黙りそうになる鏡花に、マーゴは核心を突きつけた。言ってしまえば、そういうことになるのである。マーゴも俯いて、黙ってしまった。みゆきも、マーゴへの疑いは晴れたとはいえ自分の中の微妙な、細々とした恨みを拭い去れない。
「特攻できない理由は分かったよ。でもマーゴが日本に生まれ落ちてしまったから問題が起きる、それでも見捨ててすぐに殺してしまおうって、気も起こせない。
それって、人間は誰しも持ってる問題じゃないの?しなきゃいけないのは、問題解決とかややこしいことじゃなくて、この町の暗い部分に立ち向かっていく。って、そういうことだけだと思うんだよ。
誰かを殺してどうなるのか、誰かと一緒になって?何かを解決して。どうなるか分からないけど、何かしなきゃならないよね。だから、今水野さんと藤実さんの消失が問題になっちゃった、ってことはまずそこなんじゃない?水野さんを探せばきっと、次に何をするべきかも分かるよ。」
「そこまでよく分かってる人が能力者じゃないってのは、驚きですね…」
悠の取り上げた命題に、鏡花がまず納得した。
「それじゃ、四人でその廃病院へ行くのがまずだよね。」
みゆきも納得したようだ。
「ありがとう。」
四人で部屋を去る際、マーゴは悠に密かに囁いた。屈託の無い笑顔で悠はそれに答えた。四人は、夜の藤の町へ繰り出して行く。
外の喫煙所にいた萩原は、彼女らの背中を見守った。




