湯浴み
京介はアル、ことアルルカンに言われた通りラケルと共に風呂場へ向かった。ラケルは、案の定とても軽い。
風呂場はどうやら地下へあるようだ、指示された通りの扉をくぐると階段があるのでそれを下っていく。なかなかに深い場所にあるなと、歩いていて驚いた。
階段を歩いていると暖かい風が上がってきて、もう一つの扉にたどり着くとそこが風の元で、風呂場なのだと分かった。
開けると、脱衣場が広がる。
ラケルが京介の腕の中で、降りたそうにもがいたので放してやる。
彼女は脱衣場を走り回り、衣服を脱ぎ捨てて風呂場へ続く扉を開ける。
「おいおい、ラケル。ちょっと待ってろよ。」
「はぁい…」
ラケルの脱ぎ捨てた衣服を、脱衣場にあった籠に入れて京介も同じ場所へ自分の衣服を押し込んだ。京介もラケルと共に、裸で風呂場へ入っていく。二つ、小さな乾いたタオルを持った。
「わお。」
「わぁ、お!」
風呂場は広大だ。風呂場といより、大浴場のような広さ。浴槽は四つ、一つが水風呂でその横にはサウナまで備わっているようだ。銭湯のような商売でもやっているのだろうか、体の洗い場まで数あり、体を洗うものまで充実している。どうやら、髪と体を洗うための石鹸はアルの作ったものらしい、湯気に乗って漂う芳香に上品さが感じられる。
ラケルはまた走り回ろうとしたが、京介が言って止める。
浴場はすべて石造りで、随所に熱帯で見られるような植物が散りばめられている。まるで、ジャングルの中にある秘湯みたいだ。湯を循環させて動いている、噴水のようなものもあり、どこから投影されているのか丸い天井には架空の星空が写っている。
京介は体を洗う場所へラケルを連れて行くと、洗ってやった。
ラケルの肌は、さながら新生児のようで柔らかい。髪を洗ってやると、脳天はふにゃりと沈み込む。その中に京介の指はめり込んで、奥の奥から心まで取り出してしまうような感触が京介の体を回り、震わせる。
「目はつむっていてくれよ。」
目をつむったまま、泡だらけになったラケルは何度も頭を上下に振る。何度か、石鹸を小さなタオルに染み込ませる間、京介は自分が初めてラケルの肌に触れていることに気づいた。努めて、触れようとしなかったものだ。
やはり、思ったより弾力があって、別に粉みたいに崩れ去ってしまったりしない。本当は、砂漠の砂でできた人の形みたいにラケルの姿を思っていたのである。
しかし、ラケルも生きている。それをすぐに理解してやれなかったのは、京介にとって悔しいことだったけれど、あれだけ突然の不思議な出会いをしたので当然とも言えるだろう。
ラケルはまだ、動くし言葉も解するけれど、生まれたばかり。
純粋すぎる、あまりにも人とはかけ離れた魂の容れ物。新しい死体をそれだけ、そのまま見るのとなんら変わらない感情が湧く。真っ白で、表面はさらりとしていて、化粧された肌の感触が手の内に入ってくる。自然すぎるほどに、目をつむっていて両の手を胸に当てる人間の体。
白雪姫。そうだ、真っ白な錦の雪に埋もれた、冷たい肉体。
京介はこの頃、自分の中でかぐや姫の運命についてよく考えた。お姫様、お姫様…考えると、ローラ・ジニエステの妹のことが思い出される。それもまた夢の肖像だ、顔も、声も思い出すことができない。思い出せるのは、想う肖像が確かにその人であるということだけ。
ラケルと京介は広大な浴槽へ入った。緑の匂いが鼻につく。観葉植物の葉が、熱帯のものらしく湯気にさらされて濡れた匂いだ。
京介は涙しながら、ラケルの体を湯の中で抱きしめた。涙は、すぐに湯気と共に消えていったから、ラケルの目には触れなかった。
抱きしめられる感触を感じて、ラケルは怪訝そうな目で京介を振り返る。
浴槽の中は本当に、自然に帰った匂いと、死という海の中へ身を置いたような湯あみの感覚で満たされている。
暖かい、暖かい…
京介の目は、擬似であったけれど天井にきらめいていた星空を目に焼き付ける。と、京介は眠りについた。
抱きしめられていたラケルも、京介の眠気に誘われて眠りについた。
ーーー
…
京介の中に首を吊った誰かの肖像が焼き付けられた。
天井から伸びた綱に空中で支えられたまま、死体になっている人の体。
ーーー
ひどく冷たい感触に、目をさます。目の前にいたのは、衣服を着て浴槽に入ってきたアルだ。水風呂から水を汲んできて、ラケルにかからないよう京介の頭にかけたらしい。
「なに、してるの…?」
「あ、ああ…」
不思議と、自分の裸体を女性に見られたかもしれないという羞恥心には見舞われなかった。冷えた体を朦朧とする意識のまま、少し温めるとラケルを起こした京介は大浴場から身を引いた。
なんだったろう、あの首を吊った人間の夢は。
記憶のない京介はまたしても、夢の形に。それが夢なのか現実なのか、記憶なのか、分からないまま悩まされる。
京介は着替える途中、自分の性器が少し濡れていることに気づいた。
ラケルは眠かっただろうに、脱衣場の周りをしきりに走り回っている。アルもそれを捕まえて着替えさせるのに苦労したようだ。
鏡を見たわけではないけれど、それを見つめる京介は自分の目がものすごく汚れたものであるように思う。暗澹とした感情が、京介の胸を覆って食い尽くした。




