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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
Ready With a Gun(その力は誰がために)
6/70

藤実京介は、車内か車窓の外か

藤実京介は新幹線の中だった。


彼は付き添いの女先輩に嫌気がさしていた。


これは京介が飽き飽きして、新幹線の中でまで立っていようと思うまでの話である。


「とてもいい天気ですね、大変な旅日和ではありませんか先輩。」


「はい…私も嬉しく思います。」


「それで、あなたは二学年なのになぜ付き添いなんですか?」


「その…それは…」


「ボランティア精神ですか?」


「はい!そう!それなんです!」


この先輩、水野晶子という女性は京介の通う進学校でこそ二学年でありながら生徒会長という肩書きを持ち、大変な憧れの的ではあったが。


この遠征旅行の出資者である萩原から駅のホームで部員のよしみと紹介された由から、京介はこの女がひどく気弱で上っ面だけの人間であると悟っていた。


京介はどうも虫が好かない女だなと思っていた。


電車に乗った当初は京介も笑顔を忘れず、他愛もないごく普通の先輩後輩といった話が続く。


「他の活動は良かったんですか?こんなに変な遠征にお付き合いいただかなくても…」


「いえ。このような行事は初めてですから…私も参加するべきと思っておりました、萩原先生よりこの企画を紹介頂いたときからです。」


「それは敬虔なお考えですね。僕も見習わねばいけませんね。」


「そんなことは…」


こんな会話でちょっぴり照れたり、照れ隠しに髪を直したりという仕草が京介は気に入らなかった。


きっと自分の風貌だけを頼りに人格の形成を行ってきたのだろう、晶子は確かに皆が綺麗だと呼ぶことはある顔立ちであったが、京介は彼女の発する言葉の一つ一つに苛立ちを覚えた。


京介はいつでも従順な優等生であるがため、中学の終わりまでは人に苛つくなどということはなかったのだが、どうしても高校生になってからはそれを抑えきれなそうになっていた。

彼は人が可愛いや綺麗と呼ぶ女性を嫌いだと思ったし、心の底では自分だけが綺麗と思わなければなんでもないという独占欲の強い男だった。


ところが、彼はその独占欲を隠すまでの恋人を、各地に持っていた。彼自身覚えているだけでも10人はいる。自分の中で、欲望を吐き出し、何か言い出すことがなくても女性というものは望む答えさえ与えておけば完全に自分のものなのだと藤実京介は考えていた。そして、それで万事円満になっていた。


例えば男性が痴話喧嘩の末に女性を刺し殺す。などという事件が起きたときには「僕は君を殺したいほど愛している。でもそんな男ではないよ、愛とはそういうものではないから。」なんていう一見くだらない、はぐらかしつつも相手の心理を正確につくのが十八番だった。


とにかく彼はそういう答えを出すのがうまかった。


「あ。先輩。富士山ですよ。」


「富士山!ところで金閣寺という小説がありますが…京介さんは富士山のようなものを燃やしたいなどと思ったことがありますか?私はちょっぴり、富士山が燃えたら素敵だなと…わけもわからなく思ったことはあるのですが…」


「いいえ…貴方のような美的感覚には疎いですから…僕もただ綺麗だと言われるから綺麗だと思う、そういう俗物なんですよ。先輩のことを羨ましく思います。」


京介は完璧に微笑んだ。


彼は幼稚園児の頃、最も年の功を積んだ老人を笑顔で騙したことがあるので、そのときの笑顔の感覚を忘れず、それさえ浮かべれば誰でも騙せるという確信があった。


そして京介は思った、水野晶子という女は自分の知識をひけらかすだけで、ちょっと人と違うことを考えれば尊敬を得るものだとひどく勘違いした女性なのだと。彼は湧き上がる吐き気と怒りをやっとの思いで堪えた。


京介はこういう女がいるのは経済のせいだとか、馬鹿な、法律の方面で働く人々のせいや、最も金のせいだと難しいことも考えたが、それは言ったところで反感を買うか「藤実京介」という人間がわけのわからない人間で恐ろしい。と思われることだと考えたので一切口に出すことはなかった。


「先輩、僕はお手洗いに行って参りますね。」


これはへりくだった皮肉のつもりだった。が、笑顔ではいと言われたことにはもう耐えきれず、トイレのある最寄りの車両を通り越して進んだ後、トイレにしては長すぎる時間を過ごした後に席へ戻った。


帰った時、思いがけず水野の口から京介の内心を突く言葉が発された。もしかすると、京介が思っているほどばかな女性ではなかったのかもしれない、仮にも彼女とて全校生徒の信頼を勝ち取り、その統制を取る身だ。


「京介さんは私のことを嫌っていらっしゃいますね。」


「いえ、僕にそんなことは…」


水野は窓の外を、頬杖つきながらしきりに見つめていた。京介の方を見つめるのが嫌だとでもいう風だ。

京介はその後に続いてかけられた言葉を無言のうちに聞いていた。


「私、本当は富士山が燃えるのなんて美しいと思わないんですよ。」


(ちっ。分かっていやがったか。)


「私、実を言うと小説の金閣寺にも感動したことはありません。」


(高校二年生が本気で金閣寺に感動できたら僕は土下座してもいいね。)


「でも美しいんじゃないかって思うんです、人が言っただけのものでも。旅をすると何かわかるような、変な希望を抱きませんか?京介さんにもそういう風に感じてもらたらな、と、ただ思います。」


(旅したって自分は変わらないじゃないか。美女が空から降ってくるでもすれば別だけどね。)


京介はまた、今度は真っ赤な目をして無言のまますっと席を立った。我慢の限界がきた。


「京介さん!」


それで新幹線が駅を三つほど通過しても、京介はずっと立ったままでいた。


時間が経つ。


ーーー


今度は盲目の男が立ったままの京介に尋ねた。

彼の持っていた先の赤い、盲目の人間が持つ、特有の棒がかつかつと音を立てて京介を苛立たせる。


「そこを…開けてくれませんか。開閉のボタンがわからなくて。」


京介はどうせ目が見えないのだからと思ってふてくされた表情のまま、自動ドアのついた便所を開けてやった。男は出てきたとき、「あなたにとってパンと自由と、どちらが正しいと思いますか。」と、京介に書いて渡した。


京介は、一本取られたと思った。


これが聖書の中の一文だということくらいは知ってた。男の方が彼よりもっと多くのものが見えていたのだ、自分の心を抉られた気持ちでまた、立ったままの位置に戻ると、くしゃくしゃにその手紙をポケットにしまって、そこにいたいというより動けないという気持ちで車窓から外の移りゆく風景を見つめ続けた。

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