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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
One Summer's Day(記憶の肖像)
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命の液体の緑色

カランコロン、ドアの脇についた鈴が鳴る。夢で見た通りの道のり、店の外見。Perfumeとおしゃれに書かれた文字の看板、京介は店へ足を踏み入れた。夢で見た通りの、店の内装。もちろん夢の中では知らない単語が頻発していたから、そこにいた男が自分だったのか、アルルカンと呼ばれた女性が本当にアルルカンだったのかは分からない。


ただ、昨晩見た夢の感覚で今の景色はものすごく懐かしく感じられる。


殺されてしまうかもしれない。そういう恐怖心はあった、現世と呼ぶべきなのか、その場では全く見識のない人間の店に入っているのだ。昨晩は殺されかけている、狂気的なまでに。


ただ、殺されてもいいのかもしれない。記憶のない自分に、他は何があるだろう。生への執着、それは認める。けれど、それを超えるなにかが京介の中に生まれている。


「あの…誰かいませんか!」


店の中は営い中と書いてあったにもかかわらず、閑散としている。京介の呼びかけも虚しく響いた。

その時、店の奥、カウンターの裏の暖簾の方から血なまぐさい香りが風に乗ってした。冬なのに、窓でも開けているのだろうか。夢の通りだ。けれど、アルルカンは姿を見せない。

その香りに誘われて、京介は暖簾をくぐって店の奥へと足を進めることにした。


暖簾をくぐると、血の香りはますます濃くなった。京介は思わず鼻を覆う。


幾何学的な模様の絵画や、ペンキで塗りたくられたボロいカーテンの残骸、古びて誇りを帯びている本、上品な香りの液体。色々なものが暖簾の奥には混在していた。

半分飲まれたウィスキーの瓶が、蓋をされていないままで真っ白なテーブルの上に置かれている。青白い光を帯びた水槽のようなものが、大小共にたくさん見受けられた。


一番大きな、水槽じみたカプセルは部屋の真ん中に、天井と床をつなげる形で柱のように置かれていた。近ずくと、エタノールの歯医者みたいな匂い。特に丁寧に扱われている感じは受けなかったが、手書きのインクでガラスの上に「ラケル」と書かれている。英語表記で、レイチェル、と読む。

京介はRachelと書かれていたものを、ラケルと読んだのだ。Leahの親愛なる妹と書かれている。どちらも旧約聖書に登場する名前だ、それでこれも、京介は「レア」と読んだ。


触れてみた、丁度いい温度加減だ。周りの窓は予想通り開け放たれていてゴウゴウと音を立てていたけれど、カプセルは暖かい。


これは、夢の中にはなかった光景である。元の目的はアルルカンを見つけ、話すことであったが今はこの不思議なアトリエに心を奪われている。少し、いてみようと思った。何かが見つかるかもしれない。自分の記憶のことも。


その時、朦朧とカプセルの中を見つめていた京介はその中に一つの目を見つけた。まん丸い眼球だ、それが開いたような気がする。命の鼓動、それに驚いて尻餅をついた。


周りの、重みのない瓶が揺れる。カランコロンといった、一つ倒れて、口から生ぬるく穏やかな液体を垂らした。血だ。

それが床に落ちると、一滴一滴蒸発して消えた。新緑の匂いがする、京介はそれがカーバンクルの血かもしれないと、ふと感じた。


しかしその感覚も途切れる、確かに拳の扉を叩くような音が聞こえたからだ。目の前の水槽、容器からしている。


「ラケル…?もしかして人間…?」


静かに京介は立ち上がり、ゆっくりとまた容器に手を添えた。手のひらに振動が伝わってくる。確かに、その中には生物がいて、京介を呼んでいる。または、自分を外へ出してくれる存在のことを。


「いいのか…?」


仮にも人の店だ。


けれど、これは生命の問題で、科学や香水の問題ではない。すぐにそこへたどり着いた京介は、拳を握って衝動的に目の前の容器を殴った。皮膚のようだ、ガラスとは違う。弾力があって、割れはしない。また振動が拳に伝わってくる。


「刃物じゃないと、ダメなのかな…でもそれは…どうなんだ…?」


帝王切開。


それって生命の倫理観に反してやいないか。そんなことを考えた。でも、目の前のものはあくまで容器だ、こんなにも強く生まれ落ちたいと願っている者があるというのに、捨て置くのは気がひける。


「ちょっと待ってろよ…」


真っ白なテーブルがあった。その上のウィスキーの瓶の横に、血の付いた小さなナイフを見つけた。

それでゆっくりと、容器に穴を開けて引き裂いていく。緑色の液体が京介の腕を徐々に伝っていった。温かい、本当に血のようだ。さっき溢れた香水のような匂いがする、植物の匂いだ。この容器を満たしていたものも、カーバンクルの血だったかもしれない。


開け終えた時、水の浮力から解放されて重力の影響を受けたように、一つの少女の体がぬめりと容器の中から出てきた。


いや、少女だったろうか。よくわからない、中性的な体つきをしている。


その、裸体で出てきた人間の形をしている命はゆっくりと目を開けた、横ばいの状態で、京介と目があう。

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