王女様、学校生活です
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
みゆき、胡桃、美希、マーゴと戦闘の後突然現れた女二人は授業に戻らなければならない。しかし胡桃と美希は眠っていたし、結局戻れたのはその二人以外の四人に限られた。
みゆきとマーゴが遅れて、教室に入る。
「いないですわね…五限って、なんでしたの?」
「え、ええとね…音楽。六限まで続けて。」
早く言ってよね、という感じもしながら、マーゴはみゆきに微笑みかけた。まださっきまでの戦闘の余韻が残っている。それはそうだ、マーゴが最終的に銃を降ろしたとはいえ、その理由もみゆきには明確でない、完全にみゆきは否定された後だ。
微妙な恐怖心や猜疑心、それがマーゴに対してある。
しかし、みゆきはきちんとマーゴにその旨を伝えず教室まで来てしまったことを謝った。
「おーけい、大丈夫ですわ。行きましょう。遅刻は付いちゃいますけど。」
「あの、ごめんなさい…」
「ううん、そういう意味で言ったのではありませんわ。」
二人は、もう授業が始まっていて静かな廊下を歩いた。マーゴは前をちゃんと向いていたけれど、みゆきの方はずっと下を向いていた。
ローファーの、木造の床を叩く音が無機的に響いている。
「あの、さっきの言葉…マーゴさんにとって記憶ってなんなんですか?」
「ごめんなさい、よく分からなくってよ…でも私にとって、記憶の範囲って前世とか、そういうものを含みますの。だから、それまで明確にしようとしたら、きりがないな。って。」
マーゴには、執着や能力というものが決して現世の経験だけでは語り尽くせないものだと思っていた。こと、フェティシズムに関して。
ブラックマーケットというものについて考えると、もっと複雑になる。無意識の欲望のこと。多分、人々は単純に自分の中に何かがあって、それを元に生きることが自信に繋がるのだと信じている。しかし、マーゴはその限りでない、わけのわからない記憶まで受け入れ、形のないものまで信じる力のことが誇りなのだと信ずる。それは自分の中に何かがある、というわけではない、それは曖昧すぎる。そういうふうにマーゴは考えた。
これは、転生前の記憶を持つマーゴ特有の考えだ。
マーゴはもうこんな話はしたくないなと思って、
「こんな話は、馬鹿げていますわね。」
と言って笑った。みゆきも強制されたような笑い方で、少し笑った。みゆきはマーゴの方が多くのことを感じてきた人間なのだと、本能的に恐れを感じた。それで、自分の記憶を消したことなどに関して怒ったり、突っ込んだ質問をすることは控えた。
二人はやがて音楽室の扉に辿り着く。開けた。
ゆっくりと二人の耳の中へ、合唱の音色が響いていく。
扉を開ける音を聞いたのか、ピアノを弾く音を途絶えさせる。ピアノを弾いていたのは盲目の男だった。同じクラスだったのかと驚いた。
マーゴはチェロが弾けると男から聞いていたけれど、ピアノも弾けるのか。脱帽だ。
ーーー
「お、マーゴとみゆきじゃん。これじゃあマーゴも私の寝坊、サボり、責められないよねえ。」
悠がいた。彼女は笑っていた。
マーゴはそれはもっともだと思ったけれど、先ほどまでいた屋上の雰囲気とは全く異なる空気に、微塵の違和感を覚えた。ここまで、学校という場所には雰囲気の相違が生じるものだろうか。
恋愛、憎悪、なんでもかんでもこの場所に凝縮されている。もしかしたら、社会も。
盲目の男がマーゴとみゆきに向かって、お辞儀をした。誰かということを、認識していたのかはわからない。
自分たちの席が用意されていたから、二人は合唱の輪に入ることができた。
丁寧に、歌詞の入った楽譜まで目の前に置かれている。これが学校というものの力なのだろう、そうマーゴは思った。指揮者の男子生徒が体を動かし始めると、盲目の男がそれに続く。
なんとかマーゴとみゆきも、合唱が始まるところから参加することができた。
歌っているうちに、二人は目の内に涙を浮かべた。
「あのさ、あんたらなんかあった…?私だけ除け者だったり…?」
間奏の次第、横にいた悠が二人にささやきかける。
「いいえ、ちょっとした記憶の問題ですわ。」
マーゴが、精一杯にささやき返した。本当に、そんな曖昧な言葉しか返せなかった。
合唱が続く。




