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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
One Summer's Day(記憶の肖像)
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あなたの夢の、お話。二つ目

カランコロン、ドアの脇についた鈴が鳴る。一人の男は店に入った、乱雑な香りの、入り交じった香りがする。ちょっぴり、血なまぐさい香りもする。


ゆっくりと乾いた足音を立てながら、店内の奥にあるカウンターまで行く。店内は、木造の戸棚で一杯だった。その中に香水の瓶やら、石鹸やらが並べられる。


「おぅい!アルルカン!俺だ!」


「なによ、こんな夜遅くに…」


一人の、大人びた女性が真夜中なのに寝癖のまま、猫背で店の奥から出てきた。だるそうに暖簾を搔き上げて、カウンターの奥の方へ立つ。

彼女はカウンターに腕を投げ出すと、うつ伏せに倒れ込んだ。男の方に、それでふわりと血の香りがする。花の甘い匂いや、コーヒーのような苦い匂いもした。


男の方が、女の耳元にかがむ形で囁く。


「どうだった、龍神族の姫の体液…?」


「あのね、そのままの香りはいいけどよくないの。自然の香りとどうにも合わない、柑橘系と合わせるとドリアンみたい。今度はそういう、かけ離れた存在の香りを届ける時は生き血にしてくれない…」


「あぁあ。なんだよ、人が親切に持ってきてやったのに。もっとうまい組み合わせを、見つけるのが、お前の仕事だろ。生き血って、バンパイアの真似事でもしろってわけ?

つか、お前変な臭いするけど大丈夫なの?体調悪くない?」


「私の、仕事。なんでしょ。」


んふふと、女は顔を伏せたままで笑う。少しだけ、男の方も微笑んだ。少し、間が置かれた。それを崩すために男の方が動いた。背伸びをする、そしてポケットをさぐり、カウンターの上に取り出したものを置く。


「これ。生き血だよ、ほら、国境近くの密林の。カーバンクル。一頭仕留めた。肉もある。食べるか?」


男は小さなポーチの中から、ネズミのような動物の死骸を取り出した。


「いや、やめとくわよ。罰当たりそう。あなた、よく死なないわね…どれだけ森の神様を殺してきたの?毎週、そんな風なの持ってくる…」


「僕の名前は自由に生きるのに必要なだけ、血は。君の愛を得るのに必要なだけ。」


女は、男が手の内に尻尾を持って、ぶら下げていた動物の死骸をふんだくると、腹の辺りにかぶりついた。女の口周りが、真っ赤な血に濡れる。

一度食べて、味を確かめるとどんどんかぶりついた。涙を流し始めた。


「おいおい、そんなに罰当たりだって思ってる?」


「ううん、別のこと考えてんのよ…男ってバカね、なにか考えてる時、他のこと考えないわ。

いい香り…こいつのだし汁、鍋につけて取るじゃない。チョコレートと一緒に混ぜて、氷漬けにしたらきっと受けるわよ。バレンタインデーはそれで独占ね。」


「来年バレンタインデー、くると思う?」


「あなた次第じゃない…この国、もうなくなるかもしれないんでしょ。」


女は半分食べたカーバンクルの肉体を投げ飛ばした、戸棚のガラスが割れ、血が飛び散る。生臭いが、森の匂いを濃く残した香りが店内に充満した。

女はうつ伏せの体制から直り、頬杖をついて目を瞑る。香水の瓶が一つ割れ、得体の知れない芳香が合わさった。石鹸のような香りだ。液体はゆっくりと、戸棚の上から床へ雫となって流れ落ちている。


「ああ、鏡の国は、もう…あそこの王女姉妹は、あんたと…姉の方は厄介だけど、ちゃんとやれる奴がいる。王女二人が消えたら、もうお終いだ。あの国は。それで表と裏、できてんだから。

ちゃんとやってくれよ、妹の方が処刑されるように。」


「あーあ、あの子の香り、私好きだったんだけどね…それで、姉の方をちゃんとやれる奴って?」


「俺の妹だよ。まだ死んじゃいない。」


「なんだ、龍殺しの罪で殺されたって聞いてたのに。」


「腕利きの呪術師がいて、な…死んでないと言ったら嘘になる、でも、生きてないというのも嘘になる。」


女はがっくりと頭を下げた。


「ねえ、鏡の国が滅んだらどうなるの…?」


「罪が、消える。くだらなくて、わけのわからない罰も。

お前も、森の中へ入って自由に香水を作れるようになるよ。一番偉いキノコの神様だって、お前の手に入る。神様は、もう要らなくなる。俺たちの資源になる。

もっと、便利な世の中になるはずなんだ。もう蝋燭なんて使わなくても明かりが灯せるようになる、馬車なんて要らなくなる。全部、もっと楽に。」


「そ…ならいいけど…

でも、そんなに便利になったら、香水なんて使う人いるのかしら。私、よく考えるのよ、私の作る香りは全部、今のままの世界に支えられて初めて、価値あるものなんだって。

禁忌の香り、欲望の香り、それを芳香で隠すから。いい匂いなのよ。でも、隠すものすらなくなっちゃうかも。もっと潔白になって、今の人たちが欲しいものなんて、忌み嫌われるものになるかも。だってそうでしょ、欲望って?」


あなたが、私の体臭をもう嫌がるように。最後に、少しささやきが聞こえた。


「あそこは天国みたいな国だって言ったろ。どれだけ、あの安定に金がかかってるのか誰も自覚してない。地上に天国はいらない、神もね。

お前に渡した分の収穫は、奢りだ。仕事の前金とでも考えとけ。」


「ウィスキー、持ってく…?いいの入ったのよ、雪国にある神木を焦がして、熟成させたやつ…」


女は初めて目を開けて話した。


「いい。そんなもの飲んでると魔がさす。」


「魔がさすって、知ってるのね…王様が、酔っ払うわけにもいかない、かあ…」


男はサッと立ち上がって、無言のまま外へ出た。店内にもしていた雨の香りだが、外は大雨の夜だった。街灯などもなくて真っ暗だ。

店内には、香水調合師の女とずりおちたカーバンクルの死体が残る。乱暴に扉は閉められた。


ーーー


京介はローラと眠る場所を確保していたが、どうしても安心して眠れず、おかしな夢まで見たような気分だ。

すぐに寒い夜の中、布団を剥ぎ取るとトイレに駆け込む。嘔吐した。


落ち着いて便所を出ると、朝焼けの光がカーテン越しにほんのりと見えた。

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