王女様、それが世界の形というものだから
小人が飛びかかる間際、ガラスのようなものがマーゴの身の回りを取り囲んだ。小人は跳ね除けられる。みゆきのものでもない、相手の美希のものでもない、自分のでも。ということはこれが胡桃のものだ、ということが理解された。
恐らく、守る能力。それ以外の何物でもない。
「へぇ、そんなもん持ってんのね。」
美希が胡桃を見つめる。
すぐにガラス張りの殻は崩れ去った。これが美希の力だろうか、それとも胡桃の守りが緩いだけなのか。マーゴの方は、ここまでするのだから美希の方になにか明確な攻撃の意図があるということが分かる。それにこたえているまでだ。
ブラックマーケットの情報がこの中のいずれかから、聞き出せたとしたらいい。その後で美希に銃弾を撃ち込めたとしたら、尚更いい。
なりふり構わず、一度マーゴは美希をめがけて発砲した。そこへ小人が瞬時に、驚くべきスピードで取り付く、銃弾はバラバラになって、地に落ちた。この防御で、美希の能力は徐々に分かってくる。
「破壊?脱構築?」
やがて、崩れ去ったガラス張りの殻は地面の上で棘に変わり、銃弾は消える。
「よく脱構築って思いついたじゃん、見る前に…馬鹿じゃないんだ。」
にしても、消え去った銃弾。美希の方は銃弾が単純な物質とは異なっていて、それそのものが能力の一種なのだということを悟った。再生されたり、形質を変化させたりしないということはそもそも能力を消す能力とか、その辺りだろうと考える。
マーゴは床に敷き詰められた棘のせいで動けない状態だ。すぐに美希は攻撃を、小人を操ってしかける。マーゴの方はそれをなんとか、限られた足場の中でかわすと、小人は棘の上に乗っかった。すると、棘はまたガラスに戻る。もう一度飛びかかってくる小人の攻撃を避けると、できた足場から普通の足場へと戻ることができた。
どうやら、そこまで正確な動きができるわけではないらしい。マーゴにとって、回避はそう難しいものでなかった。
「なんかやってたの?運動?武道?」
「いいえ。」
美希が短い口笛を鳴らす。
この状況で、攻撃できるのはマーゴと美希のみ。実質、マーゴにとって防御ボーナスはあるとはいえ、それは使えば自分を傷つけかねない。一対一の形だ。または本体に運動能力があるとすれば、二対一。
それを見極めるため、マーゴは鞄から悠に持たされていたハサミを取り出すと、美希の方へ突っ込んだ。
美希はマーゴと同じように、鞄からポケットナイフを取り出す。
「なんでお前そんなもん持ってんだよぅ!マーゴさん、僕の能力は逆手にとられちゃうから離れたほうがいい、降参とか…別にそんなにまでしなくても!」
胡桃が声を振り絞って叫んだ。ちらりとマーゴはそっちを横目に見やったが、止まらない。ハサミとナイフがぶつかって、金属音が響く。
「よく止まんない…男なんて拘束して突きつければイチコロなのに。」
「複雑な乙女心ってやつですわ、別に殺したりはしませんことよ。」
すぐにマーゴはハサミをひねってナイフを支えたまま、ハサミを開く。ナイフを挟み込むようにして押し込み、またひねり返そうとするが美希のほうが先にナイフを抜き去った。
一旦、美希の方が飛びのいて若干の距離をとる。それを見たマーゴが続けて二発発砲した、一発を足、もう一発を手に向ける。小人が瞬時に空中でその二つを叩いた、まるで踊っているようだ。またしても弾丸は消える。
「数撃ちゃ当たるってわけには、いかないのよ。」
女性同士の乙女心の絡み合いって、こんなに複雑なものかと胡桃は思っていた。一方、なぜかこの場にとどまることのできていたみゆきは動けずにいる。
精度は別として、スピードはある。美希が持っていた鞄を、チャックの開いたままマーゴの方へ放り投げた。紙や文房具の類が宙に舞う、マーゴにはこれが小人が空中で方向転換できるよう投げたものだとわかった。小人もそれを足場にして、宙で舞い始めた。なかなか、それがどこからマーゴへ突っ込んでくるのか分からない。
小人の体重では、宙に浮いたものが足場にされて不規則な動きをすることはないようだ。それでますます捉えるのが難しい。
止むを得ず、その攻撃を遮断するためマーゴは美希に向かってまた発砲した。
しかし、今度は少し特別製だ。物質はある程度離れ離れになりたいという力を持っているから、そこに魔法を込めて拍車をかける。能力を込めず発砲した弾丸は、空気抵抗が一定以上になった段階で弾ける。
できるかどうか、マーゴ自身も疑心暗鬼だったが、それはきちんと美希の目の前で弾けた。能力を込めないということにも成功した、無数に散らばった鉄の破片には流石の小人も対応しきれない。
破片は大方美希の体に刺さっていく。ただ、細切れになっているため傷口は浅い。
美希が床に這いつくばってうめく。小人は消えていた、なかなかに珍しい体験のため、ショックだったらしい。マーゴも、なんとなく自分の気分の浮き沈みや環境の変化に応じて能力が左右されるものだと知っていた。
マーゴは倒れた美希の方へ歩み寄って、ゆっくりと銃口を向ける。
みゆきはその光景を見て口をハッと手でふさいだ。
「殺すのかい…?」
そう言ったのは胡桃である。
「いえ、私の能力はこの弾丸の当たった人間の能力を消しとばし、更生させる能力です。決して、殺しはしませんわ。」
マーゴは淡々と答えた。戦闘中もしきりに蝉が鳴いていた、それがやっと全員の耳に入り始めた。それは皆が徐々に落ち着きを取り戻して、認識されるまでになった。
「もしかして、マーゴちゃん、私を撃った…?それで…」
「はい。それであなたは幸せになりましたわ、普通の高校生、女の子らしく生きて。」
「でも私、ここにいる…どうしてマーゴちゃんは私を撃ったの?」
「あなたが、執着していたから。悠に。あなたの顔が醜く歪んでいたから。」
みゆきの中には、なぜ自分がここに居合わせているのかという疑問と、なにかから記憶の底の糸を引っ張られている感覚があった。能力、ブラックマーケット。どこかで聞いたことのある言葉。
「でも、私の記憶は消えちゃったんだよね…?一部…それを覚えてないのに、今の自分があるって、なんか変だよ。」
「それじゃあ実弾で殺して欲しかったんですの?」
「私はただ…マーゴちゃんと喧嘩したんだったら、そのことも覚えておきたかった。」
「それでは私を恨むでしょう?」
「分からない…けど…ここでこうして、消された何か分からない記憶のことを思い出そうとしてる。どれだけ隠しても、隠し通せないことがある。のなら、なんで隠すの…?消しちゃうの?」
「みゆき。教えて差し上げます、私たちは記憶の生き物です。私たちは生まれた時から、いろいろな記憶を持って生まれます、そして次生まれるときも。それを突き詰めて完成させることは、できないんですのよ。
例えば記憶というものは溶けてしまって種類すら分からないチーズのようにです…
本当に例えば、あなたはテスト勉強を頑張って取ったテストの点数を全て覚えていますか?母親にキスされた回数は?失恋した時に飲んだウィスキーの本数、かけたナンバー、A面?B面?
どれだけの涙が、自己満足のために流したものですか?
ほら。」
マーゴは、銃口はそのままに、少し俯いた。みゆきは目を背ける、少し間をおいて、跪く。泣く。
マーゴは、とりあえず尽くせる限りの言葉で記憶というものについて話してみた。自分の「裁きの銃」というものは、そういうものだと理解していたからだ。全てが形をなくして、欠片のように自分にこびりついている。そして、自分はそれをずっとまとって生きていく。
そして、みゆきが自身との戦闘の後に描き得た絵も、そういう形のものだと信じている。
「あんたは…逃げてるだけだ。自分がその銃を撃てば、すべて解決すると思ってる。憎しみの波を、自分が向き合うことで解決できると知らない…!」
胡桃だ。
「それじゃあ野放しにするんですの!?今でも苦しんでいる人々、飢餓、病魔の厄介。全て捨て置いて、自分の手の届く範囲だけを救って生きていけと!?
世界に目を向けない人間は卑怯ですわ、その力を求めようとしない人間も!」
「確かに…殺してやりたいと思うほど憎い人間はいる、僕をいじめてる女二人。芸術を汚す、だから怒りが湧く。でもそれだけじゃダメなんだ、いつだって自分を責めないといけないんだ。自分ができないことで、自分の力に甘えたり人のせいにしたりしちゃいけない。」
「それじゃあ、あなたも忘れてしまえばいいんですわ…そんなふざけた考えを。」
マーゴはゆっくりと、銃口を胡桃の方へ向け直した。美希はまだ、息を切れ切れにして這いつくばっている。
「君の銃弾は、残り一発だ。もう五発撃ってる。僕を撃てば、もう撃てない。」
マーゴの銃を持つ手が震えていた。
「誰を撃てばいいのか、よく考えたほうがいい。さぁ、誰を撃つ!その銃で!」
手は鋭く見つめる胡桃の目の前に、カタカタと震える。
マーゴは考えていた、この世界の人間すべてを関わり合わせることができたのなら、平和になると。しかし日本に来て知った、関わり合えば憎しみは生まれる。憎しみは醜い感情だと思い知った、そのために自分は銃を向ける。
しかし、今ここに立って見て憎しみの形がよく見えない。簡単に邪魔者を排除するのなら銃口を向けるべきは美希だ。ただ、自分の信条に基づいて銃口を向けるとしたら、誰なのだろう。
答えが出た。
「撃て…ませんわ。」
マーゴは脱力したように銃を降ろす。それを見てみゆきがマーゴを抱きしめに走った、抱きしめた。
胡桃と美希は眠りについた。




