マーゴ・ジニエステの朝
「悠!悠!起きてくださいな、もう朝ですわ。もう私、朝ごはん作りましたから。もう学校、行ってますから!」
例のごとく、みゆきは白川家の家の前で待っている。マーゴは制服姿で悠を起こしに、子供達はみゆきと元気のいい挨拶を交わして出て行く。
暑い。蝉が鳴いているし、白川家にはもう南部鉄の風鈴が出ていて、叙情的な音色をさせている。まだ、風は爽やかな感じだ、太陽の強い明かりで木漏れ日は輝く。木や葉の香りは一段と強く、遠くに聞こえる渚の音がよく似合う。
「こんな暑いのに学校行くの…?私の家の人間はサボることも覚えなきゃ…」
悠はマーゴが布団を剥いだ後も愚痴をこぼしている。暑いことまで理由にして学校をサボるつもりらしい。
「いいですか、あなたはこの間、三連休だったんです!」
マーゴは制服を着せて仕舞えば悠も学校へ行く気になるだろうと思って、無理やり着替えさせにかかったが、悠はそれを拒んだ。朝は着替えるまでが大変なのである。
「いや!わかったよ、わかった、行くから!あんたが同性着替えさせるってなんか、嫌だ!」
すぐに起き上がって、悠は着替えを済ませた。
時間がなかったので、遅刻はいいけれど歩き食いは下品だからダメというマーゴの言葉を押し切り、マーゴの作ったサンドイッチを食べながら悠は登校することにした。あらかじめ淹れられていたコーヒーは、ステンレス製の水筒に入れて飲むことにした。マーゴも余ったものを、水筒に入れる。
もうコーヒーを気に入って、どうしたら美味しく淹れられるかまで考えているらしい。普通のコーヒーとは少し違う、上品な香りがある。お嬢様スキルなのだろうか。
彼女の中には、他の人を待たせて集団で遅刻はいけないし、一人で後を追うというのも嫌な感じがあったのだろう。
二人は急いで玄関を出ると、みゆきと合流する。
話しをしながら、歩き始めた。時折吹く風に、潮の香りがしたり木漏れ日が形を変えたりする。町の外観は古風な割に、緑が多かった。その外観故に中央部の地区からは離れていたけれど、観光地化もされ町の風景を残す計画もあり、ど田舎というわけではない。
まずは悠がサンドイッチを食べながら、口を開いた。
「あいつは一緒じゃないの?昨日は一つ屋根の下夜を共にしたんでしょ?」
「発言の内容も、タイミングも下品ですわ…」
「ううん、昨日は帰る途中なにかあって…忘れちゃったんだけど、その後は自分の家に帰ったよ。夜遅くなっちゃったし。なんか、でも町外れの廃墟に行ってた。よく子供の頃悠ちゃんに連れられて私も行ったところ。」
「うわ、忘れちゃったんだけど、って。しかも町外れの廃墟って… でもあいつそんなことしないし、なんか理由があったんでしょ。この頃物忘れする人多いんだよなー…ほら、あの駄菓子屋のおばあちゃんもこの頃多いって言ってた。まだぼけてるようなとこ、ないと思うんだけどさ。」
すぐにマーゴは、藤の町にいるかもしれない他の能力者の存在を疑った。昨晩会った、能のお面の男もそうだし、まだまだ分からない脅威が潜んでいるのだろう。
ただ、この町の能力者事情も不明だ。他人で能力者、マーゴが認識したのは未だみゆき一人なのである。
東京から来た二人は別として、とりわけ気にかかった人間は全てある程度の疑いをかけている。ただ、殺人などの問題に発展することはないということなので、どの程度問題となるのか疑問でもある。まだまだ、ブラックマーケットの核心部へたどり着くには長そうだ。
「物忘れ…この町にはそんな変なことが、頻発するんですの?」
「ああ、あるよあるよ。たくさんある。というより変な人が多い…?私が知ってるのだと、変なネタを出す赤提灯のおじさんはなぜか毎週金曜朝帰り、とか。時々熊の手とか蛙とか、カタツムリとか出ててさ、一ヶ月に一度くらい高級料理店に変身。しかも価格はお手頃。私はワニのステーキよりウミガメのステーキが好きだね、あとゴキブリのフライは妙な快感がある。ちなむとドリアンは食べちゃいけない、ドリアンを食べてリピートのために働こうと不登校になった人がいるから。
いや、そんなに変じゃないって見方もあるけど。みゆきは夜、岬の堤防から海に飛び込むのが習慣だよ。わかめまみれのみゆきは、夜の散歩で出会えたらラッキー…
まあこの町、夜の神様が見守ってる町だから。この間、昼間一緒に行った神社がそれのいるとこ、昔は大人に絶対入るなとか、言われたもんだよ。」
やっぱり、ブラックマーケットが定期的に開催されるという神社が元凶らしい。それにしても、確かに変な人はいるようだし、その神話の信憑性もいまいち否定できない。マーゴは実際に、その夜の神様の手ほどきを受けた人間なのである。
とりあえず、手当たり次第人の目につく変な人を当たってみるかと考えた。自分も死ぬことはないだろうし、何か手がかりが得られるとすればそこだ。
悠もなかなか変な人間だと思ってしまったのは、とりあえず内緒である。爽やかな夏、季節感を楽しみたい朝には不適切な話を悠はポンポンと出してくる。
「そういえば、マーゴちゃんの町はどんな感じだったの?変な人とか、いた?」
ちょっと、マーゴは思い出してみる。なかなか鮮明に、自分の国の風景は持っていた。
「そうですわね…私の同志で香水を集めるのが好きな女性がいましたわ、もう無類の香水好きで、出会いの場所は戦場ですの。あの火薬と、魔法陣特有の匂いの中私の匂いを嗅ぎ別け、戦闘中にも関わらず口説き抜かれて…
あと、姉が高い場所や冒険好きで。子供の頃よく、城内の衛兵たちの晩餐会に参加、酔っ払っては城の頂上に登って書類を散らかし魔法で燃やし、その中へ飛び込んで空を飛ぶ。そんな人でしてよ。」
マーゴは苦笑いだ。
「やっぱり飛び込む人いるんだ…でもみゆきとは格が違うね…」
「フライヤー…空への憧れ…そうだね、格が違うよね…」
二人は苦笑いだ。みゆきがその変な人の話でできた微妙な空気を、質問でかき分ける。
「それで、その、マーゴちゃんは魔法とか使えたりするの!?」
みゆきは趣味嗜好のせいで興奮している。童話好きのみゆきにとって生で魔法が見れるとしたら、願ったり叶ったりなのだろう。
「多分こっちの世界では使えませんわよ、あれって原理が人間の共通意識に語りかける音、動作、みたいなものですから… 共感覚、とか。こっちの世界で言う音楽で興奮する、何かをイメージする、映画を見て経験したように思う。感覚ですから。こっちの世界で新たに魔法体系を作り出すことはできるかもしれませんけれど、多分向こうの世界で使えた力は…」
「ね!ね!試してみてよ!」
「魔法も複雑なんね。なんかよく理解できすぎて怖いよ。」
「それでは一つ…あそこに遠い昔、象だった頃の記憶を持つ石ころがありますわ、それを元に戻してみせましょう。」
マーゴが何やらつぶやくと、石ころは象に変わった。
「あ。」
三人は顔を見合わせる。
「あのままにしとかね?生まれ落ちた命を消しちゃうのは、寂しいじゃん。」 「そうだね。すごいね。ぱおーんて言ってる。本当に象なんだね。」「出来るとは思いませんでしたわ…」
象は少し自分の置かれた状況に困惑したようだったが、すぐに海の方へ歩いて行った。朝日を浴びるその後ろ姿は、途方もなくかっこよかった。
「そういえばー。この間一緒に見た幼児向けアニメの魔法の言葉ってマーゴさん的には、いかがなもんなんでしょ。」
「私が抑揚をつけて、異世界の言葉に少し翻訳しなおせば超新星爆発が起こるかと…」
「は!?」
「ま、冗談ですのよ。」
「ですよねー…」
みゆきも悠も、マーゴのことを聞いて驚く。そんな二人を逆にマーゴはからかっているようだ、楽しく会話していたためすぐに学校へは辿り着いた。
授業が始まる。海岸を歩いているアフリカ象を見たという噂が広まっていたのは、また別のお話。




